第3話

 /弐


 ……報告があったのは、今から五時間前。


  僕達は魔王討伐を目的に魔国デモンドネイトの首都、ダルメトに来ていた。タルテトからは、直線距離でも確か五十キロ近くはあった筈だ。

 ダルメトは比喩ではなく、天を穿つ尖塔が数百と並ぶ、これぞまさに針地獄だと言いたげな街だった。その中心には一際巨大な尖塔があり、他の比べ物にならない禍々しさが、その尖塔にはあった。その最上階に魔王はいるという報告を受けていた。

 魔王は残虐で、残酷で、無慈悲で、無情な存在。我々“人間族ヒューマネイト”の宿敵であり、滅ぼすべき対象だ。


 だが、その時予想外が起こった。

 その街には、


 魔王も、“魔族デモンドネイト”も、誰一人として。唯一いたのは、魔物と呼ばれる知能の無い奴らだけ。はぐれた犬みたいに、街の中をうろうろと歩き回っていた。魔物は魔族としてカウントはされない。

 何でだ、何で。

 そう思っていた僕達の元に届いたのは、タルテトからのメッセージ。


 〈はぁっ……はぁっ……不味い、このタルテトが現在襲われている! 敵は魔族、他には位の高い魔族もいる様だ……恐らく、魔王もいる。それらしき影を見た、恐らくほぼ確実に、だ。……もう、お前達が戻って来るだけの時間を稼げない……すまない……タルテトは……もうすぐ滅びる〉


 あまりに突然だった。

 このダルメトに来ているのは、僕と同格の仲間全員と、さらにタルテト軍のほぼ全員だ。つまりは、タルテトにはもう戦力という戦力は残っていないという事だ。


 〈どうか……我々の仇を、うってくれ……よろしく、たのむぞ──“勇者ブレイヴァネイト”よ……何だ、何だお前は……おい、待て来るな待て! やめっ……〉

「おい、どうした?!」


 その後には、悲鳴と、断末魔と、誰かの嗤い声と、肉を掻き切る音が鳴り響いた。


 そこにいた全軍は、その短い言葉を聞いて誰もが絶句していた。

 そしてその直後には、項垂れる者、泣き崩れる者、怒りを放つ者が殆どだった。唯一と言ってもいいほど冷静だったのは、僕と同格の実力者だけだった。

 けれど僕は、冷静にはなれなかった。


 僕がこの世界に産まれてから、僕を“勇者”として育ててくれたタルテトを捨てる事など、到底不可能だ。

 僕は皆に止められながらも、それを無視してタルテトに向けて走り出した。


 それから五時間後、僕は眼前にタルテトを望んでいる。

 黒煙を吹き上げ、悲鳴をあげるタルテトを望んでいる。

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