第2話

 /壱


 動け、動け、動け。僕がそう思えば思うほど、僕の身体はそれに応えてくれる。

 動け、動け、動け。その度に、加速する。頬を撫でる風は随分と心地よい。疲れて熱を発し始めた頬を撫でる冷たい風は、僕を応援してくれている様で、なんだか嬉しさを感じる。

 疲れるという事が何なのか、いつの間にか忘れた。もう、かれこれ数十キロは走った筈だけど、不思議と息切れはしない。

 ただ、僕に備わった異常なまでの身体能力の限界を超えているのを、僕はきちんと理解している。そう、もう身体が休め休めと言っているのをきちんと聞いているのに、僕は、頭は、心は、まだ走れる、まだ行けると言う。結局僕は頭と心の言葉に耳を傾けてしまっている。


 一歩ごとに、地面を靴型に陥没させる。そして、足を地面から離す際に、力を込めて踏み出す。靴型の陥没は爆発する様に爆ぜ、綺麗でいて無骨な丸い陥没となる。

 ……お陰で、僕が通ってきた道には必ず一定の間隔でこの陥没がある。それってつまり、僕が何処を通ったのか丸わかりということ。そのお陰で魔物がやたらめったら追いかけてくるけど、特に問題ないので結局陥没を作りながら走る。魔物共の走力では、追いつけない。

 時には幅が数百メートルにも及ぶ川を飛び越えて。時には、落ちたら一生出られないであろう深淵に続くかの様な崖の上を飛び越えて。僕は走る。


 そう言えばさっき、最上級危険指定魔物ランクSSSS天霊龍ルス・プリーザリウスっぽい奴もいた様に見えた、でもそんなに強くは感じなかった。まぁ、代わりにランテン山脈の一部分が消失して新しい道が開通したが、まぁ今は気にすることではない。後で地面を無理矢理隆起させてでも、元通りにすればいい。


 ……とは言っても恐らく、この戦いが終わると同時に僕は、それはもう泥の様に、いや、それすら通り越す程の睡眠欲でぐっすり寝ることになると思う。

 終わりの戦いを直前にした事による緊張──戦っている時の緊張があるからこそ、身体の悲鳴を聞いていないふり出来る。つまり、緊張が解けてしまえば、僕は身体の言葉に逆らえないという事だ。下手したら戦いの終わりと同時に僕は死ぬかもしれないけど、まぁ、その時はその時。皆の蘇生能力に期待する他ない。


 僕は、広い、本当に無駄なくらいに広い草原を走る。かさかさと草が揺れる。目的地は、大国ケルテヒューマネイトの首都であり、僕が生まれ育った大都市、タルテトだ。実は先程からタルテトを視界に収めているが、街中から黒い煙が空に舞い上がっている。やばいという事は、理解できた。嫌でも。


 僕の名前は、カイネ。


 ──正式な、勇者だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る