プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning１✨

一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆

一球目◇顧問になってくれませんかッ!?◆

①清水夏蓮パート「……できない、かなぁ？」

◇キャスト◆

清水（しみず）夏蓮（かれん）

篠原（しのはら）柚月（ゆづき）

田村（たむら）信次（しんじ）

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　茨城県　笹浦（ささうら）市。

　卯月の春 麗（うら）らかな朝を迎えた今日からは、各校で一学期が始まる日。主に出会いの行事であるが、その裏では元クラスメイト、担任だった先生との別れも共存し、喜怒哀楽に満ちた一日となるだろう。

　また学年を上げた在校生たちは、新たな学期に向けて意気込む様子が見てとれ、登校中は英単語手帳を開きながら歩いたり、早朝に学校に到着して部活動に励んだりと、それぞれ異なるが確かな努力姿を解き放っている。

　受験やテストのため、大会やコンクールのため、そして自分自身を変えるためなど、生徒たちの心には多種多様な想いが抱かれ、桜舞い寄る希望の下、胸を高鳴らせていた。

「はぁ～……今日から二年生かぁ～」

　しかし、一人の女子高校生――清水（しみず）夏蓮（かれん）は不相応なため息を漏らし、悩ましい表情で通学路を進んでいた。高校二年生の平均身長に満たないショートボブが揺れないまま、愚痴のような独り言を漏らし続ける。

「高校の勉強って、本当に難しいんだもんなぁ～。文系にはなったけど、理系科目が全然だからだし……」

　二年生になれば文理のクラスに分けられるが、勉強嫌いな夏蓮は消去法で文系を選んでいた。数学の公式はもちろん、覚えることが多すぎる化学さえ元素記号すらままならない。中学校の内容がどれほど簡単なものだったのかと、卒業して一年を経（へ）た今やっと理解していた。

「やだなぁ～……新学期」

　友だちと会えることぐらいが楽しみの一つで、他は勉学や進路といった苦悩で溢れている。また新学期ともなるとクラスが変わってしまい、再び話友だちを探さなければいけない。朝から良いイメージが浮かばない学園生活を、垂れた頭（こうべ）に想像していた。

「新しい友だち、できるかな……？」

　生まれもった引っ込み思案で弱きな性格は顕在で、何をやっても嫌な思いをさせられ、素直に心を向けられないことが多々ある。

　こんな自分を変えてみたい。

　もちろん何度も思ってきたことだが、変えるきっかけが皆目見当たらないまま、今日まで来てしまった。不安ばかりが募ってしまい、呼吸を繰り返すことさえ苦しく感じる。

『――何か、おもしろいことでもあれば、私（わたし）は変われたりするのかな？』

　心中で思い、歩みを止めて天を仰ぐ。しかし晴れ晴れと眩しい青空は反って見苦しく、すぐに下を向いてしまう。共に肩も落とし、期待を望めない未来にため息を着こうとした。

――「かれ～ん！　おはよぉ～！」

「あ、柚月（ゆづき）ちゃん！　おはよ～!!」

　ふと振り向き、笑顔を浮かべることができた。

　視線の先には、小学生当時から仲のよい友だち――篠原（しのはら）柚月（ゆづき）が、こちらにゆっくりと向かってくる。スラッと伸びた体型で、カールの効いたセミロングを上下させる彼女は、読者モデルとも形容できる女子高校生。そんな彼女の歩く姿は、まるでファッションショーを生で観ている気にもさせる。

「早速だけど、良いニュースが届いたわよ！」

「良いニュース？」

　決して走らず嬉しいままに登場した親友に、夏蓮は首を傾げてしまう。一体何があったと言うのだろうか。

「さっき、咲（えみ）から連絡きたんだけどね。ほら、これ見て！」

「咲ちゃんから？」

　まだ存在する親友の一人であり、部活の朝練で先に登校した中島（なかじま）咲（えみ）の名が挙げられると、柚月は自身のデコレーションされたスマートフォンを取り出し、点灯させた画面を見せつける。　

　どうやらSNSアプリ“SHINE（シャイン）”の会話履歴画面のようで、咲とのやり取りが映し出されていたが。

「“四人いっしょ”って書いてあるけど」

　不思議なままに画面へ呟くと、柚月から華々しく告げられる。

「――夏蓮に私（あたし）、それに咲、そして梓（あずさ）も！　私（あたし）ら四人、同じクラスなんだってぇ！」

「…………ほ、ホントにイィィ～～～～!?」

　小さな独り言を漏らしていた少女の歓喜は、周囲の生徒から視線を集めるだけでなく、空飛ぶヨシキリたちをも驚かせていた。

　しかし、夏蓮が叫ぶのも仕方ない。なぜならこの四人――清水（しみず）夏蓮（かれん）、篠原（しのはら）柚月（ゆづき）、中島（なかじま）咲（えみ）、そして舞園（まいぞの）梓（あずさ）――は、かつてソフトボールをいっしょに励んだ仲なのだから。

　“最ッ高の絆で結ばれた仲間たち”なのだから。

　◇顧問になってくれませんかッ!?◆

「ウフフ～ウッフ～！」

　朝から良いニュースを聞けた夏蓮は笑顔を止められず、柚月の隣で下手な鼻歌を奏でていた。

「やったよ～！　私（わたし）今、世界で一番幸せだよ～!!」

「もう大袈裟（おおげさ）ねぇ。相変わらず子どもっぽいんだから」

「だって、事実だもん！」

　親友と同じクラスになれたことは、内気な者にとっては何よりも嬉しかった。あれほど嫌っていた学園生活が、今はとてもきらびやかに思える。

「柚月ちゃんといっしょ。それに咲ちゃんともいっしょ！　そして梓ちゃんまで!!　もう夢のようだよ～！」

「はいはい。善（よ）きかな～善（よ）きかな～」

　呆れた返しだったが、夏蓮は気にせず軽快なまま進んでいく。

　小中高と共に歩んできた四人であるが、今回のように同じクラスになったことは一度もない。まるで大きな運命すら感じさせる、春の新学期となったのだ。

「運命、か……」

　夏蓮はふと歩く速度を下げ、微笑みをアスファルトに向ける。

「ねぇ、柚月ちゃん……？」

「どうしたのよ？　音痴娘の鼻歌、私（あたし）好きなんだからもっと続け……」

「……できない、かなぁ？」

「はぁ？」

　言葉尻を被せて困らせたが、夏蓮は先ほど目視できなかった青空に、僅かな微笑みを浮かべながら上げる。

「――私（わたし）たち四人で、もう一度ソフトボール、できないかなぁ？」

「…………」

「……はっ！」

　ふと歩みを止めてしまった柚月に、すぐに気づいて振り向く。しかし、苦い顔の彼女からは目を合わせてもらえなかった。

「ご、ゴメン！　変なこと言って!!」

　怒らせたかもしれない。きっと機嫌を損ねたに違いない。そう思いながら、何度も頭を下げて謝り続けた。夢中だったとはいえ、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。

「ホントにゴメン!!　な、無かったことに……」

「……無理よ、絶対に」

「へっ……？」

　今度は言葉尻を被され呆気に取られたが、柚月は弱々しいため息共に漏らす。

「――もう私（あたし）ら（●）はさ、ソフトボールやれるような人間じゃないでしょ……」

「そ……そう、だよね」

　陰鬱な空気は夏蓮にも移り、二人黙って立ち竦んでいた。

　彼女たちがどうして、ソフトボールをやることができないのか。

　それは、当校にソフトボール部が無いことも考慮できるが、真の理由は各々四人に秘められている。

　それも綺麗に異なった、四つの辛い現実が故に。

　だからこそ夏蓮たちは、同じ中学になった時からソフト部を創ろうとはせず、それぞれの道を歩むことにした。

　中島咲は、尊敬する先輩と共に女子バレーボール部へ。

　篠原柚月は、運動不要な美術部へ。

　そして舞園梓と清水夏蓮は、今日まで部活動には入らなかった。無論、二人の理由は異なる。

　決して四人の仲が悪くなった訳ではない。同じクラスになったことで喜んだ夏蓮こそ証拠である。

　それでもソフトボールができない理由が、彼女たちに潜在する。

『――私（わたし）たちはもう、諦める道しか無かったんだから……』

　嫌な沈黙が続いてしまう、元ソフトボーラーの夏蓮と柚月。経験した熾烈（しれつ）な過去を思い出しながら、ついにはため息も出せず俯いた。

「……ん？」

　何やら遠くの方から物音が聞こえ、ふと顔を上げた。男声の嘆かわしいものだと感じ、気になって踵を返す。

「ゆ、柚月ちゃん……」

「うん、聞こえる。こっちに向かってくるみたい……」

　柚月も認識したらしく、不思議ながら共に曲がり角を見つめる。徐々に男の叫びは鮮明となる中、革靴の乾いた音も響いてきた　

　社会人の人もたいへんだと思った刹那、二人で眺めていた曲がり角から、スーツ姿の若い男性が突如姿を現す。

「――ウオォォ～～!!　遅刻だぁぁ～～～～!!」

「え゛っ？」

「へっ」

　目が点となった夏蓮と嘲笑（あざわら）った柚月には、社会人男性の物凄いスピードで駆けていく姿が映し出された。

　次々に登校生徒を追い抜く独走劇が繰り広げられるが、大きく揺れるネクタイと短髪すら靡（なび）かせるフォームは、いかにも絶望的な余裕の無さが窺（うかが）える。

「ゴメン!!　退（ど）いて退（ど）いてぇ～～!!」

　生徒たちに叫ぶ若者はドンドン駆け進み、ついに夏蓮たちの目の前を通り過ぎようとする。

　しかし、そのときだった。

「おっ！」

「ほへっ……？」

　目が合うと男は急停止し、正面から背を丸めて目線を揃え始める。

「な、なんですか～!?　別に不審者だなんて思ってませんから!!」

　思わず本音を垣間見せてしまった夏蓮だが、男は微笑みを絶やさぬまま見つめ返し、汗を浮かべた額を向けていた。

「――悩み事かい？　良かったら、ボクに教えてくれないかな？」

「え……どうして……」

　目の前から問われた現実に目を見開き、ハッと息を飲む。　

　この見知らぬ男性は何故、唐突に聞いたのだろうか。疑問と驚きで声を出せずにいたが。

「あれ!?　君は確か、しみ……」

「……あのッ!!」

　何かを思い出しながら言葉を続けようとした瞬間、夏蓮の背後から柚月が飛び出す。先程とは全く異なる、厳しい顔色で男に詰め寄る。

「朝からナンパとか、やめてもらえます!?　警察呼びますよ!?」

「ええ!?　ボクは決してそんなつもりじゃ……」

「……それに！　あなた遅刻するとか言ってたじゃない！　 早く行かないとマズイんでしょ!?」

「あ゛あぁぁ～～!!　そうだったぁ！　教えてくれてありがとォォ!!」

　柚月の立派な立ち振舞いのおかげで、男はすぐに走り去り、曲がり角を通ったところで姿を消す。ドジというべきか、彼の愚かな印象が強く残された。

「はぁ～呆れた。だから男なんて嫌いなのよ」

「……」

　眉間に皺を寄せた柚月が苛立つ様子が窺える。が、一方で夏蓮は曲がり角をずっと眺め沈黙していた。

「な～にボーッとしてんの？　さては、あの男に惚（ほ）れたかぁ～？　この箱入り娘めぇ～」

「そ、そんなんじゃないもん！　し、しかも、私（わたし）は箱入り娘でもないってばぁ!!」

　柚月の得意な悪ノリに襲われ、。赤頬の声を唸（うな）らせたことで我に帰る。よくあるやり取りの一つだが、どうしても言い返す気持ちにさせるのが篠原柚月クオリティーだ。

「フフ、どうだかねぇ～……ほら、私（あたし）たちも早く行くわよー？」

「あっ！ 　柚月ちゃん待ってよ～!!」

　先に歩き出した華奢な背を、幼げな駆け足が追いかける。

　二人は再び通学路を進み、次第に自分らの高校――笹浦第二高等学校へと近づいていた。暖かな陽にも迎えられ、次第に見慣れた校門が姿を現す。

　徒歩の生徒たちも増えて辺りが賑やかになる中、親友の二人も学校やテレビ話等で盛り上がっていた。

　しかし、夏蓮は声を交わしながらも、黙々と考え事も続けていた。

『――あの人、どうして私（わたし）が悩んでるってわかったんだろ？　それに、名前まで知ってる感じだった……』

　先ほどの遅刻社会人男性に他ならない。まるで自心を見透かされた気がしていた。全く出会ったことのない、面識もない赤の他人だというのに。

　だが彼のおかげもあって、現在は柚月と楽しく登校できている。失言で招いた重苦しい空気のままだったならば、きっと二人揃って下を向いていたことだろう。暗雲を取り払った点を鑑（かんが）みると、台風の目と称することができる。

「柚月ちゃん？」

「ん？」

「……ううん、やっぱ何でもない。これからも、よろしくね！」

「なによ突然？　当たり前でしょ」

　きっと楽しい学園生活を、親友の四人で送ることができる。

　そう思いながら入った校門はいつもよりヤル気を引き起こさせ、初めて快く通ることができたかもしれない。しかし、このときの夏蓮はまだ知らなかったため、呑気にも笑っていられた。

――人生を大きく変える壮大な物語が、今から始まることを。