第42話 新魔法
中庭には温かい日差しのせいか、先客の魔族がちらほら見える。十分な広さがあるので全く気にならないが。
「わっ!ひろーい!」
「お日様ぽかぽか……ここでお昼寝したい」
子供たちは中庭がお気に召したようだ。
駆けだした彼らをよそにネネリは魔法の練習に入る。彼女の前にはローエングリンが対峙していた。
ローエングリンが杖をふるうと火の輪が中空に出現する。
しかしそれは……あまりにも小さな魔法だった。
指輪程の大きさしかない火の輪は、目を凝らすとその中心に更に小さい火の玉が燃えているのが見える。
あんな小さな火の輪をどうするというのか。
「ネネリ様、この中心の火の玉を消してみてください。ただし、周りの輪を消してはいけません」
「なっ!?」
思わず声が漏れる。こんな小さな穴を射抜く……しかも周りの炎を消さないという制約つき。その難度は計り知れない。
だけどネネリに迷いは無かった。
「わかりました」
小さく頷いて集中を始める。
彼女はまだ杖を持っていない。空の手を静かに差し出す。それは優しく誰かの手をとるような、美しい仕草に見えた。
ネネリの細い腕、指先が火の輪と直線上に並ぶ。
――ジッ
それは一瞬。儚(はかな)い音だけを残して、火の玉は消えた。
周りの炎は微塵も揺るがない。
「ネネリ……凄い!本当に凄いよ!あんな小さな的をどうやって?」
俺には何が起こったかわからなかった。気付いたときには火は消えていたんだから。
「ご主人様が練習に付き合ってくださったお陰です。今は『こおり』を使いました。あの中で」
「あの中って――輪の中で氷を作ったの!?凄すぎる!!」
これは褒めることしかできなよね?ローエングリン試験は満点だろう。えへへ、と照れるネネリの笑顔には芸術点もあげちゃう。
ほら、ローエングリン、ネネリを褒め称えろ!
……うん?どうした?そんなぷるぷるしちゃって。
もしかしてネネリのあまりの才能に自信喪失とか?うん、ありえるな。
ローエングリンはこう見えてプライドが高い。そのプライドを支えているのは魔法。それが崩れ去ったら……奴は立ち直れないかもしれない。
仕方無い。非常に遺憾だが、ここは俺がフォローしてやるか。それも上司の務め。
「ローエングリン、元気――」
「ほぉぉぉぉぉぉっおっおっおっ!」
「えっ?」
突如奇声を上げるローエングリン。なんなんだこいつは。
「|私(わたくし)は感動しておりますっ!私のっ
「あぁ……そ」
「ネネリ様はっ……うぐっ……次の段階にっ行けるデしょう!」
「次の段階って何だ」
「『小を極めしは大へ』。次っは……想像をふくらませるのデっす!」
「そうか。わかった」
キノコが喘ぐのは完全に無視して必要な情報を手に入れた。
さぁネネリ!やってみよう!
「想像をふくらませる……む、難しいです」
「ん~。あっ、あれだ。ローエングリンの火蛇とかオルトルートの氷の剣みたいな。あんな感じでとにかく凄そうなモノを思い浮かべればいいんじゃないかな?」
「は、はい!凄いモノ……凄いモノ……あっ」
「何か浮かんだ?」
「はい、一つだけ。やってみます!」
ネネリが
目で見える程の魔力が体から立ち上るのが見えたかと思うと、何かを呟いた。
中空に炎が現れる。それは小さな炎だったが、とぐろを巻きながら徐々に大きくなっていく。
やがて二メートル程の大きさになった炎は、勢い良く上空へ飛んでいき――
「火の……鳥?」
炎の翼を大きく広げ、天を仰ぐ火の鳥。声にならない声を上げるその姿は、生まれたばかりのひな鳥を思わせる。
ネネリを見ると、本人もびっくりしたのか呆然としていた。
「で、でちゃいました」
「ネネリ……やっぱり君は天才だ。間違いない!」
「デすから私は申し上ゲたのデす。ネネリ様は天才ダと!」
先程の魔法は見逃した子供達も、この魔法には気付いたらしい。
いつの間にか傍に来ていた。
「魔法だよ!ネネリおねーちゃんすごい!」
「きれい……生きてるみたい」
ファムは興奮し、ウルウはうっとりとした表情だ。
いいなぁ。
ネネリは凄い。そして可愛い。
だけど……俺もあんなふうにチヤホヤされたいぞ!
「ネネリがんばったね。お疲れ様。次は……俺だな」
「ありがとうございます。ご主人様も頑張ってください!」
「あぁ、頑張るよ。さぁローエングリン、俺にも何かアドバイスを!」
「では……新魔法を見せて頂けますか?」
「え?だけどあれは……」
「そこから何か次の魔法のヒントガ得られるかもしれません!」
「なるほど……一理ある」
無かったことにしたかったけど、そういうことなら仕方無い。
とくと見るがいい!
「『りすとら』」
結果――ドン引きされました。
ファムは怯え、ウルウにいたっては泣き出してしまう有様。
だから言ったじゃないですかー。
「おい、何かわかったか?わかったよな?かなりの代償を支払ったぞ?」
「は、はい!もちろんデあります」
ほう……さすがタンゴ族。あれだけで何かを掴んだか。
まぁ「何もわかりませんでした」なんて言ったら、ただじゃおかなかったが。
「ドミニク様のこれまデの魔法をみるに、負のエネルギーが強いデす。新魔法は正のエネルギーを意識しては如何デしょうか?」
「正のエネルギー?」
「何か良いことをイメージするのデす。それで御自身の力に変える……例えバ腕力を上ゲたり、素早く動けるようになったり」
「なるほど……それは面白い!気がつかなかった」
思えば相手を攻撃することしか考えてなかった。だから自然とネガティブなイメージになっていたんだが。
逆転の発想。
何か良いこと、良かったことを思い浮かべるんだ。
うーん……難しいな。嫌なことはすぐ思いつくのに。
……いや、あった。
あの時は嬉しかった。
あの時はそう……天にも昇る気持ちだったかもしれない。
そうだ、アレを思い出せ。
……よし!掴めた!
「『しょうしん』」
体が浮いた。
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