第40話 殺意

 浮かせた予算もそこそこの額になったので今日はいろいろ奴隷を買った。


 試してみたいことがあるからだ。人事部の業務からは逸脱するかもしれけれども……。


 魔王トップがあんなのだから、まぁいいか。


 仕事に対して緩く……柔軟に考えることは良いことだ。




 昼からはネネリの魔法を見る約束だったな。昨夜のことは……一旦忘れよう。正直、眠いんだ。一睡もしてないから。この上興奮までしたら倒れるかもしれない。だから忘れる!




 ネネリの魔法を見るといっても、俺に何かできるわけじゃない。彼女の上達振りをチェックするくらいだ。おれ自身はまともな魔法が使えないからな。


 そんなわけで彼女の魔法を確認したら、自分の魔法の練習をする予定。



 「お帰りなさいませ、ご主人様」


 「ただいま、ネネリ……うん?」


 「どうかされましたか?」


 「顔が赤いよ。熱、あるんじゃない?」


 「えっ……あの……これは……だ、大丈夫です!」


 「今日は練習やめとく?」


 「やります!やらせて下さい!」


 「そ、そう?ならいいけど。無理しちゃだめだよ」


 「はい!有難うございます!」



 えらい気合が入ってるな……。やっぱり魔力量が上がったことが嬉しかったのか?


 何にせよ彼女が自信を持てれば言うことは無い。




 部屋で昼食を食べて、ネネリと二人、城の中庭に来た。


 ただっぴろいここなら魔法を使っても問題ないだろう。



 「ご主人様、それは?」


 「うん?あぁ、これは俺の練習相手で、対勇者部から借りてきた。かかしっていうんだけど」


 「そうなのですね。初めて見ました」


 

 ネネリは興味深そうに眺めている。


 なにか目標があると魔法を具現化させやすいかもしれない。そう思って用意しておいた。


 

 「では……よろしくお願いします」


 「うん。やってごらん」



 ネネリが魔力を集中しはじめる。


 集めた魔力をかかえるように、両手を前に出した。


 

 「『こおり』」



 差し出した両手の中に、きらきらと光る氷の粒が現れた。


 現れては消える無数の氷の粒。


 それは手の中で雪を降らせているような光景だった。



 「『かぜ』」



 突如、穏やかに降っていた雪が嵐に舞う。彼女は手の中の嵐を徐々に圧縮して、小さな球体の別世界を作り出した。



 「できました!」


 「凄いよ、ネネリ。驚いた」


 「ありがとうございます!」



 本当に驚いた。『こおり』と『かぜ』の魔法を既に使えるということは聞いていたが、同時に使ってあんな応用まで……。


 天才かもしれない。いや、天才だろ。


 これは負けてはいられない。俄然やる気が出てきた。



 「じゃあ俺もネネリに負けないよう、練習しようかな」


 「そんな……でも、がんばってください」



 かかしを立てて、対峙する。


 既にコンセプトは考えてあるのだ。




 俺の力は元世界の影響を受けている。


 それも最も新しい記憶の、会社……仕事での出来事が反映されやすいのではないか。


 そんな風に仮説を立ててみた。



 できれば攻撃魔法が欲しい。今使える『くれえむ』は、拘束と精神攻撃の魔法で直接的なダメージは期待できない。


 俺も戦力として相手を倒す、魔法っぽい魔法が欲しい。できればド派手なやつが。



 以上のことから、仕事と攻撃のイメージを合わせ具現化した魔法を思いついた。

 

 それがこれだ。



 「『りすとら』」



 そう、サラリーマンとして最大の恐怖、リストラ。その負のイメージで相手をばったばったと倒せると確信している。


 ほら、出たよ。なんか死神っぽいのが。




 かかしの背後に現れた幻想の死神は、その肩(部分)をポンポンと叩くと落ち窪んだ目――無いはずの瞳を輝かせた。


 骸骨がケタケタと笑い、大鎌を振り下ろす。


 ぽーんととんだ。かかしの首が。



 「ご、ご主人様。今のは一体……?」


 「新魔法だよ。試しにやってみたらできたね」


 「凄すぎます……」



 いやぁ、我ながらびっくりだ。こんなエグい魔法になるとは。


 しかし、これで俺も戦力になるだろう。もう課長におしおきを受けなくてすむ。


 よし、もう少し練習しておくか。



 「『りすとら』」



 ぽーんとかかしの首がとぶ。


 あれ?おかしいな。今のは腕を狙ったんだけど……。



 「『リストラ』」



 ぽーんとかかしの首がとぶ。


 まさかこれは……。



 「『リストラ』」



 ぽーん。


 あ、だめだこれ。


 首しかとばない・・・・・・・


 こんなの、絶対殺してしまうじゃないか。


 また使えない魔法を生み出してしまった。






 

 「良く来たな」


 「呼ばれれば来ますよ」



 ラウネー課長が頬杖をつきながら話しかける。

 

 朝から課長の呼び出しを受けた俺は、彼女の部屋を訪ねたのだった。



 「魔王様から話は聞いたか?」


 「えぇ……色々と」


 「そうか。ならばこれからはその力を存分にふるってもらおう」


 「はぁ……」


 「さしあたってお前に頼みがある」



 でしょうよ。読めてましたとも、ええ。


 

 「なんでしょうか」


 「今度、社内でのプレゼンがある。新しい商品を開発する為のな。」


 「プ、プレゼン……ですか?」



 俺は二重の意味で驚いた。魔王軍わがしゃにそんなものがあったこと、そしてそんな単語が課長からするっと出てきたことに。


 

 「そうだ。勇者が増えるにつれて軍の経費も増えるばかり。主に対勇者部しゃぶの連中なんだが……ちっ」


 「あそこは花形ですからね」


 「だからと言って金を使いすぎなんだよ!……まぁそれを言っても始まらん。そんなわけで金を稼がねばならんのだ」


 「なるほど、それで私は何をすれば?」


 「会場設営だ」


 「は?」


 「……プレゼン会場の準備だ」


 「具体的には何を?」


 「会場を抑えて、プレゼン用の資料を配布して……あとは飲み物の準備かな」


 

 なんだそのリアルな仕事は。そもそも何故俺が?



 「それは人事部と関係あるのですか?私の業務とは思えないのですが」


 「会場準備は持ち回り。今回は我々の番というわけだ。お前を選んだのは……得意だろ?そういうの」


 

 ぐっ、なんていうくだらん理由だ。しかもあながち間違っていないから困る。



 「はぁ……わかりました」



 ここで反論しても仕方が無い。なにせラウネーこいつは上司なのだ。



 「任せたぞ。それとな、例の奴等なんだが……」


 「例の奴等?」


 「あぁ、あのローブの連中だ」


 

 ローブの連中……ドアノブ達冒険者を襲った謎の集団は、リーダーらしき獣人が自爆した時に全員保護してある。


 但し、あの時から強制的に眠らされており、話は聞けない。話出して自爆されても困るからな。


 対勇者部の爆弾処理班の様な部隊が彼等を連れて行き、その後どうなったかは知らなかった。

 

 

 「死んだ」


 「え?」


 「全員死んだ。見張りが気付いた頃には眠るように逝っていたらしい」


 「それは……」


 「何らかの魔法、または能力だろう。あいつらは結局、死ぬ運命だったんだ」


 「そんなことが可能な魔法や能力があるんですか?」


 「さぁな。ただ、奴らの死体からツォンが証拠を見つけた」


 「証拠って、何か持っていたんですか?」


 「いや……残っていたんだ。聖力が」





 ☆

 




 「おかえりなさい、ご主人様」


 「ただいま」


 「……どうかなさいましたか?」


 「どうして?」


 「いえ、なんとなくご様子が……」


 「あははっ、大丈夫だよ」


 

 うーん、とわざとらしく伸びをしていつもの椅子に座る。


 いけない。ネネリにも分かるようでは。


 それくらい動揺しているんだ。


 落ち着かないと。



 目を閉じるのは逆効果だった。


 あの顔が思い浮かぶ。


 俺を切り裂いたあの顔。


 あの笑い顔が。


 あの声が。



 ロン・アンベルト。


 次にもし会う事があるのなら


 


 ――お前は殺す

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