第38話 闇の中で

「あ~痛たたた……」


 涙目の魔王がベッドの下からヨロヨロと起き上がる。

 

 大きく肩を露出した服がズレたことで、更に危うい格好になっていた。


 「あ、お前達。よく来たな」


 そんなことは全く気にするそぶりも無く、ユユは声をかけてきた。


 「ま、魔王様。お召し物が……」


 「ん?あぁ、コレか。この程度気にするな。私とお前の仲じゃないか」


 「は、はぁ……」


 まだ二回しか会っていないはずだが、そんな仲だったのだろうか?


 「なんだ。やはり覚えていなかったか」


 「はい?何のことでしょうか?」


 「ちっ、ならもう少し引っ張るべきだったな。せっかく『魔力計』も壊したのに……」


 「え!?あれはわざと壊されたのですか?」


 「さてな。えーと、何だっけ?」


 ぐぬぬぬ……ちょっとイラッとしてきたぞ。


 「魔王様と私の仲がどうとか……」


 「あぁ、そうそう。お前を復活させたのは私、という話だ」


 その事実はあっさりと告げられた。


 「え……」


 「お前に私の血をくれてやったのよ。感謝しろ」


 「俺が……魔王様の血を……?」


 「あぁ、あの時のことは思い出すとゾクゾクするぞ!お前はこの私の首筋にむしゃぶりついて……」


 「ちょーーーーっと!ちょっと!お待ちを!」


 「なんだいきなり?」


  危ない危ない。すぐに話題を変えねば!


 「その話は後で詳しくお聞きするとして……、吸血鬼にその様な力、復活やパワーアップの様な力があるのですか?」


 「うん?まぁ、無いな。普通」


 「な、無いのですか?」


 「正確に言うと、使えないというべきか。吸血鬼が血から養分以上の力を得るためには、自分より上位存在の肌を歯で抉らねばならん。そこから特殊な液が出て、血をエネルギーに変えるらしいぞ。ツォンが言っておった」


 「なるほど……しかしそれならば他の吸血鬼にもできるのでは?」


 「馬鹿者。自分より上位の者に通用するか?文字通り歯が立たんわ。普通はな。」


 「あ……じゃあこの歯のおかげで……」


 「そうだ。死んだ異世界人が馬鹿みたいに硬い歯というのを聞いてな。試してみたら復活しよった」


 そう言ってユユは楽しそうに笑う。


 なんということだろう。すっかり忘れていた俺の唯一のチャームポイント、『最硬の歯』に命を救われるとは。


 「しかも私の力が混じったせいで、魔力とは別の力に目覚めるとはな。お前は本当に運が良い」


 「別の力……だから『魔力計』は零だったのか」


 「その力は魔力と異世界のことわりが混じった異能だ。使い手はお前の他はおらん」


 「異能……」


 「だが命を助けたのは私だ。調子に乗ってもらっては困る。」


 「はい」


 「お前はこれまで通り、いや、これまで以上に私の為に・・・・働くのだ!」


 「は……ははっ」


 「でなければこの映像を全社に流す」



 ブーン……と球体の画面が作動して新たな映像を映し出した。


 『課長、やっぱコレ壊れてません?』


 そこにあったのは魔力零の数字に涙目になった俺の姿。


 「ぷぷっ!」


 第3魔王が吹き出す。


 あぁ、魔王こいつが敬われていない理由が完璧にわかった。



 


 「その小娘は……ネネリとか言ったか」


 用が無いならもう帰ろう……そう思ってきびすを返そうとしたところで声がかかった。


 お前の方が小娘だろう、とは思っていても言えようはずもない。

 

 「はい、そうです」


 ネネリが静かに答える。その声は僅かに震えていた。


 「寄れ」


 おずおずと進み出るその表情は硬い。こんなのでも魔王は魔王、緊張しているのだろう。


 ユユは視線を足元から顔へ、ネネリの全身を舐める様に見ると、更に命令した。


 「私の目を見ろ」


 「はい」


 ネネリがユユの目を覗き込む。カッと見開かれたその瞳は吸い込まれそうな程の黒だった。一瞬、ほんの一瞬だけユユから恐ろしいまでの魔力が放出される。


 「ひっ!?」


 ネネリの驚愕が限界を超えて、思わず悲鳴が漏れた。


 「ふ~ん、そういうことか」


 「あ……」


 再び口を開いた魔王は、既に元の緩い表情に戻っていた。


 「こいつも特異体質か。ちっ、しかもこれじゃあ離せん」


 「ま、魔王様?」


再びネネリの顔をまじまじと見るユユ。


 「まぁ、ちーっとばかし顔は良いが2、3年もすれば私のほうが……」


 ネネリを睨みながらぶつぶつと何事か呟いている。


 「魔王様、今ので何かわかったのですか?」


 一人の世界に入った魔王を呼び戻すべく、声をかけた。


 「ん?あぁ、こいつはな……」


 そこまで言ってユユは口をつぐんだ。


 「いや、やっぱりやめた」


 「はい?」


 「言いたくない」


 「なんですかそれは」


 「私の勝手だろう?」


 「まぁ、それはそうなんですが……」


 「わかったらもう帰っていいぞ」


 そう言うとユユは再びベッドに寝転んで背をむけてしまった。


 「……わかりました。失礼します」


 憤然としない気持ちで扉の近くまで来た所で声がかかる。


 「その小娘は……近くにおいておけ」


 最後に盛大な舌打ちが玉座の間に響いた。







 床について一日を振り返る。


 ローエングリンが五月蝿かったこと。


 ドアノブはオセロが弱いこと。


 ゴブリントッテの好感度が異様に高かったこと。


 やはり、また・・死んでいたこと。


 おかしな能力を持ってしまったこと。


 魔王が残念だったこと。


 ネネリの魔力量上昇については……良く分からなかったが、ツォン課長が調べてくれるだろう。



 一日の間に色々あったな。そんなことを考えていると、隣のベッドからもそもそと音がした。


 暗闇をゆっくりとネネリが近づいてくる。


 ベッドの隣で立ち止まったのを確認して、体を起こした。


 「ネネリ、どうしたの?」


 「ご主人様……あの……」


 闇で表情は伺えないが、その声は彼女の不安を表していた。


 「眠れない?」


 「その……怖くて……」


 魔王ユユの目を見てから、彼女の様子がおかしい事は気付いていたが、そこまでとは……。魔王の魔力にあてられたのか。


 「おいで」


 そう言って彼女が少しだけかがんだところを抱き寄せる。


 「あっ」


 「大丈夫だよ」


 震える背をゆっくりさすりながら、囁く。


 「……はい」


 しばらくそうしていると、彼女の体温が伝わってきた。


 「ネネリは暖かいね」


 「ご主人様は冷たいです」

 

 「嫌?」


 僅かに時間をあけて彼女は答える。


 「いえ……好きです」


 腕の中で俯く彼女の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

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