第37話 魔王

アレが魔王。


 どうみても少女にしか見えない姿と振る舞い。玉座の間で凄まじいプレッシャーを受けた身としては俄にわかには信じ難い。疑問が次々と湧き出る。しかし口に出たのはあまりにどうでも良い質問だった。



 「女の子なのに魔……?」


 「そうだけど、それが何か?」



 元世界の常識に縛られた俺の疑問を、ツォンは真顔で一蹴した。「それが何か(問題でも)?」と問われれば、こう答える以外は無い。



 「いえ、なんでもありません」



 トップが女の子なんて色んな意味で結構な事ではないか。元世界の一部の人も泣いて喜ぶだろう。



 「ちなみに……魔王様はおいくつで?」



 次に出た質問は更にどうでも良いものだった。



 「えーと、僕の飼ってたビッグフロッグちゃんが死んだ年だから……十四歳かな?」


 「へ、へぇ」



 これでロリババアという線も消えた。本物の少女ということだ。だから何なの?と問われれば返す言葉も無い。



 「魔王様いつもあんな格好で出歩いていらっしゃるのですか?」


 「そうだね~。暇だからあちこち出歩いて悪戯いたずらするのが趣味なんだ。ほら、コレ見てよ?」


 

 持ち手がとれかけ、ところどころ融解した無残な姿の魔力計をツォンが差し出す。


 

 「用も無いのにひょっこり現れたかと思ったら、この有様だよ~。量っちゃダメって言ったのに」


 「魔力量を量るとまずいんですか?」


 「そりゃまずいよ~。魔力計は魔力五百以上は計測できないんだから。まぁそれでも普通、こう《・・》はならないんだけどねぇ……」



 魔力量五百を優に超えるというのか……、流石さすがは魔王。それでいてあまり敬うやまわれていない理由も何となくわかった。


 最初に魔王に会った時にラウネー課長の挨拶が軽かったのもそういうことか。


 

 「なるほど。……あっ、そういえば私達も魔力量を確認しに来たんでした」


 

 突然の魔王登場に、用件を忘れていた。だけど肝心の魔力計がこれでは……。


 

 「そうなの?あぁ、心配しないで。予備はあるから」


 

 そう言って部屋をの奥へ消えるツォン。戻ってきた時には、傷一つ無い魔力計を手にしていた。


 

 「くれぐれも壊さないでね?高いんだから……」


 「大丈夫ですよ。そんな魔力ありませんから。じゃあまずはネネリ、やってごらん」


 「はいっ!」


 

 ネネリが緊張した面持おももちで魔力計を手にとる。彼女にとっては余り良い思い出が無い道具だろうから無理もない。



 「いきます」



 一度大きく深呼吸してから、ネネリは魔力を手に集中させた。


 魔力計がカタカタと震え、目盛りが動き出す。



 十……二十……三十……


 

 「……え?私の魔力は十六――」


 「ネネリ、集中して」


 「は、はい!申し訳ありません。」



 ネネリには注意をしたものの、目は魔力計に釘付けだ。目盛りの上昇は止まらない。


 

 九十……百……百十……


 

 あ、あっさり俺の魔力量を抜かれてしまった……。明日から「ネネリさん」と呼んだ方が良いだろうか?


 

 百五十……百六十……


 

 ついに目盛りが止まった。その数百六十一。自己申告した魔力量の十倍である。


 

 「ご、ご主人様……これは何かの間違いですよね?」


 

 彼女は何故か涙目になりながらこちらを仰ぎ見る。


 視線をツォン課長へ移すと、彼はゆっくり首を振って応えた。


 

 「いやぁ、壊れてはいないはずだよ。さっき自分で試したからね。それにしても……君の魔力量が十六というのは本当かい?」


 

 ツォン課長が眼鏡を掛けなおして尋ねる。その目は今日一番の輝きを放っていた。



 「はい、奴隷商と確認したので間違いないと思います」


 「ほほ~、それは面白い!是非詳しくその辺の話を――」


 「ツォン課長!」


 

 課長がぐいぐいネネリの方へ近づくので、急いで間に入った。


 

 「その話はまた後で……。次は私です」


 「おお、そうだった!でも、約束だよ?」


 

 離れてはくれたが、その顔は実に楽しそうだ。魔力計が壊れたことはもう忘れただろうか。




 何故ネネリの魔力が激増したのかは不明だが、事実は事実。魔力計は嘘をつかない。これで彼女の生き方も変わってくれれば言うこと無し。


 あとは俺。ネネリの魔力量が変化したのだから、それ・・は俺にも起こり得うるはずだ。最近異様な力が出せていることは自覚しているし、きっといける。


 

 魔力計を受け取り、集中する。


 さあ、目覚めろ!俺の力っ!


 

 ……目盛りは動かない。


 

 来たれ!魔力っ!


 

 ……目盛りは動かない。




 「課長、やっぱコレ壊れてません?」


 

 ついに目盛りは、零から動くことは無かった。



 


 ツォン課長の入念なチェックを終えた魔力計を再度試して見たが、結果は同じだった。


 零。


 果たしてそんなことが有り得るのだろうか?魔力解放どころか、立ってもいられない状態なんじゃ……。


 ん?魔力解放?


 

 「ツォン課長、これは魔力ですよね?」


 

 課長の部屋に入る前と同様に、魔力・・を解放する。自身の力が立ち上っていることを確かに感じる。


 

 「うん……う~ん?魔力っぽいけど……言われてみると何か違うような」


 「魔力っぽい?ぽいって何ですか。違うんですか?」


 「ちょ、ちょっと直ぐには分からないよ。調べてみないと。」


 

 ツォン課長の眼鏡は小刻みに震えている。少し顔を近づけ過ぎたかもしれないが仕方ない。なにせ俺にとっては死活問題なのだから、多少必死にもなる。



 

 とりあえず、俺とネネリは後日再検査となった。準備に時間がかかるようだ。


 

 「有難うございました、私達は課長ラウネーに報告へ上がります。」


 

 そう、元々魔力量を量ってこいと指示したのはラウネー課長なのだ。結果は言いたく無いが報告に行かねば。


 

 「きみはラウネー君と仲が良いね~。朝から彼女の部屋に――」


 

 素早く口を塞いでツォン課長のスーツの襟を摘む。そのまま部屋の隅に強引に引っ張って行く。


 

 「課長」


 「ちょっふぐっ、なにっ?」


 「これ、欲しくありませんか?」


 

 俺はできるだけ声を落としながら、ある物を差し出した。


 

 「こ、これは!?」


 「『シャープペンシル』というアイテムです。勿論、異世界製です。」


 「なっ、なっ!」


 「ここを押すだけで、自在に文字が書けます。」


 「おほーー!」


 「しかも、反対のこの部分。この白い部分で擦こすると、文字が消えます」


 「しゅ、しゅ、しゅごい!」


 「欲しいですよね?これ」


 「欲しい!!欲しいとも!!」


 「では今の話……ラウネー課長の部屋にいた話は忘れて下さい」


 「そ、そんなことで!?勿論忘れるとも!もう忘れたよ!」


 「それは良かった……それと、今後何かあったら力を貸してくれませんか?課長は魔道具作りの天才だとか」


 「そんなことは……私の力なんかで良ければ喜んで貸そうとも!だから……」


 「ええ、これはあなたのモノです」





 「ご主人様?どうかされましたか?」


 「いや、なんでも無いよ」


 

 俺達は静かに7課の扉を閉めた。


 背後からは「うひょーーーー!」という男の絶叫が聞こえる。


 やはり彼らにはTPOというものを教育する必要があるかもしれない。 







 ラウネーの部屋には先客がいた。アルデフローだ。実際にはそれ程長い期間では無いが、ずいぶん久しぶりに見た気がする。


 「アルデフロー課長、お久しぶりです」


 「お前達か。調度良かった。」


 「調度良かった?」


 「ああ、その前にまずは報告を聞こうか」


 ラウネーへ報告するよう、軽く顎で指図する。


 「はぁ……。では。え~、ネネリの魔力量は百六十一へ増加、私は……零でした」


 「クッ……零とはっ」


 ラウネーが思わずという感じで苦笑する。イラッ。


 「いやぁ、すまんすまん。しかし本当に零とはな。驚いたよ。」


 「課長はご存知だったのですか?」


 「いや、今聞いたところだ。アルデフロー課長からな」


 「え?どういうことでしょうか?」


 俺は再びアルデフローに向き直った。相変わらずその表情は読めない。


 「お前の魔力が零になったことは、お前が生き返った・・・・・ことに深く関わる。あぁ、勿論二度目・・・の復活のことだ」


 「二度目……やはり私はあの時、ロンに殺されていたんですか……」


 「ああ。そしてこの先の話は私から出来ない。魔王様に直接お会いしろ」


 「ええ?魔王様には先程お会いしたのですが?」


 「なるほど…そういうことか。ならば尚の事、直ぐにでも行くのだ」


 「はぁ…わかりました」


 何が「そういうこと」なのか全く分からないし、たらい回しにされている気分だが、上席命令とあらば仕方無い。行ってやろうじゃないか。


 「それと……」


 部屋を出ようとした時、ラウネーから声が掛かった。


 「ネネリの魔力量増加については我々もわからない。引き続きツォンに調べてもらえ」


 「わかりました」


 短く答えて部屋を辞した。



 

 二度目の玉座の間。あの凄まじいプレッシャーを覚悟して開いた扉の先には……ベッドがポツンと置かれていた。


 そのベッドに一人横たわる少女、ユユ・ノートはこちらに背を向け、片腕を枕にしながら何かを観ている。


 視線の先には球体のテレビ画面の様な物があり、チラチラと瞬(またた)いているのがわかる。


 俺は意を決して声を掛けて見た。


 「魔王様!お忙しいところ申し訳ありません。!」


 「おう、こっちへ来い」


 ユユは振り返りもせずに答えた。


 ネネリと二人、静かに彼女のベッドの前で跪(ひざまず)く。


 「突然の訪問、本当に申し訳ありません。」


 「今良いところなんだ。ちょっと待て」


 「ははっ」


 ユユはごそごそと傍にある袋に手をいれたかと思うと、何かを取り出して口へ運ぶ。ポリポリという子気味良い音が玉座の間に響いた。


 「ほら、観ろ!ここからが面白いんだ」


 そう言って球体の画面を指差す。


 画面には魔族の軍と人の軍の戦い……戦争だろうか?が映し出されていた。


 画像は次第にズームしていき、とても厳つい顔をしたデーモンをアップに映し出した。指揮官だろうか?画面越しからでもはっきりと、他の魔族との格の違いがわかる。それ程の存在感を放っていた。


 「『エグゾーダス』」


 凄まじい魔力を集中したデーモンがそう唱えると、辺りを火の海が覆い、一瞬にして数百人の人間を飲み込んだ。阿鼻叫喚の地獄絵図である。


 「くっ……くぅぅぅ……見た?見た?」


 ユユは懸命に笑いを堪えた様子で聞いてくる。


 「す、凄まじい魔法ですね?」


 「ちっがーう!ここ!ここだ!」


 ユユがパチンと指を鳴らすと画面がさらにズームして、デーモンの顔がドアップで映し出された。


 「観ろ!こいつっ……このドゥガンの顔……ぷっ……出てるだろ?」


 「え?何がでしょうか?」

 

 「ここだ、ここ!ほら、出てるよ。……鼻毛」


 たしかに鼻毛は出ていた。

 

 「鼻毛出しながら……ぷぷっ……決め顔で『エグゾーダス』って……」


 「は、はぁ」


 「ぷっ!はっ…あははははははははーーあーもう堪えられんっ!何度観ても笑える!」


 そう言って第3魔王ユユ・ノートはベッドの上でのた打ち回る。


 |魔王軍(わがしゃ)はもうダメかもしれない……


 散々転げまわった挙句、ベッドから落ちて涙目になった彼女を見て俺はそう思った。


  

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