第36話 至福

「世界は俺が支配した。全てを闇に染めてやろう」


 「……」


 「ははっ!どうした?最後の悪足掻わるあがきを見せてくれ」


 「……」


 「ふんっ、ぐうの音も出ないようだな。では黙って見ていろ。これで終わりだ!」


 

 男が腕を振り下ろすと世界は闇に覆われていく。


 

 「はーーーーーははは!見ろ!絶景だな!これでやっと――」


 

 パチン


 

 「へ?」


 

 沈黙を守る男が動くと、その情勢は一挙に反転した。


 

 パチン


 

 「いや、ちょっと待って――」


 

 高笑いの男にもはや打つ手は無い。


 

 パチン


 

 「あっ!?あーー!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 

 最後に絶叫を上げ、男は魂を抜かれたかの様に崩れ落ちた。






 

 「なにやってるの」


 

 部屋に入ると胸を張るローエングリンと、項垂うなだれるドアノブが目に入った。


 

 「これはご主人様!わザわザお出で頂き恐縮デあります!」


 「気にしなくていいよ。絶叫が聞こえたんだけど?」


 「はい!今、この愚か者に二十八度目の敗北を味わわせたところデす!」


 「ふ~ん。あぁ、オセロね」


 

 盤面は白で埋め尽くされている。勝負は一方的だったようだ。


 

 「くそっ……やっと勝てると思ったのに」


 

 ドアノブが悔しそうに呟くが、残された石からはその惜敗の痕跡は見えなかった。


 

 「ドミニク様、我々の為にこの様な至高のゲームを与えてくダさり、感謝の言葉もゴザいません!」


 

 「あぁ!負けっぱなしだが、これは神ゲーだぜ!お陰で退屈しねぇ。旦那にはここの治療といい、頭が上がらねぇな。」



 あの『フード』の獣人の自爆によって、ローエングリンとドアノブが負傷した。


 ローエングリンは爆発の寸前、咄嗟とっさに風の障壁を張ったが、自分よりも他の者の防御を優先した為、爆風を抑え切れなかったらしい。


 一番近くにいたドアノブも、その煽あおりを食ったわけだ。


 そして今、彼らは魔王軍の医務室で寝食を共にしている。


 ドアノブが「退屈だ、退屈だ」と五月蝿うるさいらしいので、オセロを差し入れた。不揃いの石と、木の盤に線を引いただけの簡素なものだが気に入ったようだ。



 「愚か者!」


 

 ローエングリンのダミ声が響く。


 

 「あぁん?」


 「旦那ではない、ドミニク様だ!言葉に気をつけろ!」


 「一緒じゃねぇか!」


 「一緒では無い!いいか!ドミニク様はいズれこの軍の中心……いや、頂点を極めるお方。同ジ空気を吸えるダけ感謝しろ!」


 

 えぇ……こいつの俺の評価、高すぎっ?


 

 「マジかよ!?まさかそこまでのお方だったとは……」


 

 俺も初耳だ。お前も信じるなよ?


 何だかむず痒くなってきたので、コホンと一つ咳を入れて話題を変えることにした。


 

 「経過はどうだい?予定ではあと三日で出られるはずけど」


 「はい!至って順調デあります!」


 「こっちも問題ないぜ……ありませんぜ!」


 「そっか、じゃあもう暫くの我慢だね。ほら、差し入れ」


 「おー!こいつはありがてぇ!毎日同じもんばっかで飽き飽きしてたんだ。さすがドミニク様っ!」


 

 こいつらの好みなんて分からないので、中身はネネリに選んでもらった。ちらっと覗いたが、何かの肉と薄く切断した木の幹が見えたが……。


 

 「おい!軽々しく尊いお名前を口にダすな!」


 「どうしろってんだよ!?」


 

 二人がまた諍いさかいを始めた。仲が良いのか悪いのか……。長引きそうなのでお暇いとましよう。


 

 「あ~、じゃあそろそろ失礼するよ。ネネリには今の練習を続けてもらえば良い?」


 「はいっ!引き続き魔法の極小化を練習頂くよう、お伝えくダさい!」


 「了解~」


 

 ひらひらと手を振りながら部屋を出る。後ろからは感謝の絶叫が聞こえてるが、奴には一度TPOというものを教育する必要があるかもしれない。


 医務室を出たところで、襲われた冒険者のゴブリンと鉢合わせになった。確か名前は……トッテだったか。


 

 「どうも」


 

 軽く会釈だけして去ろうとすると、トッテが勢いよく跪ひざまずく。


 

 「この度は我々の命を救って頂き、感謝の念に堪えません。ドアノブが回復してからお礼に上がるつもりでしたが、この様な場所でお会いするとは」


 「私は何もしていないよ」


 「ふっ……ローエングリンさんのお話、聞かせて頂きましたよ。ゴブリンの間では『力あるゴブリンはその牙を見せない』といいますが、貴方様に相応しい言葉です」


 

 うん?爆発の前の話か?それとも他に何か吹き込んでいるのだろうか。


 

 「あぁ……そうなんだ」


 「このご恩には必ず報います。この身に代えても」











 「お帰りなさいませ。ご主人様」



 部屋に帰るとすぐにネネリの声が掛かる。どうやって察知しているのかは知らないが、毎回必ず目の前に彼女はいる。


 恭しくお辞儀する彼女を見て、ふざけて作法を教えたことを反省した。


 なにせ城にいる時はメイド服だからな……つい。


 

 「ただいま、ネネリ。そんなに畏かしこまらくていいよ」


 「はい。でもご主人様、私これが好きなんです」


 「そうなの?へぇ……」


 

 本人が好きならば仕方あるまい。是非続けてもらおう!



 「戻ったばかりだけれど、行こうか。」


 「はい!……どちらに?」


 「7課だよ」


 

 確かめなければならない事がある。俺達の魔力量だ。 

  


 「お二人はお元気でしたか?」


 「あぁ、うざいくらい元気だったよ」


 「そうですか。良かったぁ」

 


 7課までの道中、ネネリと並んで歩く。彼女はタンゴ族への出張から、頻繁に話かけてくるようになった。とても良い兆候だ。



 「あの……次は私もご一緒して宜しいでしょうか?」


 「もちろん」



 そんなキラキラした目をされてノーと言える訳も無い。元々そんな予定は無かったが明日にでも行こう。いや、帰ってからもう一度行くという手もあるな?



 「有難うございます!」



 彼女はそう言って顔を綻ばし、少しだけ……身を寄せてきたような気がする。悪魔にはあるまじき良い香りが俺の脳を麻痺させた。



 「ご、ご主人様!?」


 し、しまった……。


 いつの間にかネネリの手を握っている。


 ……やってしまったことは仕方が無い。時間は戻らないのだ。多少強引な男の方がモテるという話もある。行けっ、俺!


 握った手に少しだけ力を込めて、ネネリを引き寄せた。


 二人の距離が更に縮まり、彼女の肩が腕に触れる。


 それきり会話は無くなってしまったけれども、後悔は無かった。


 俺の手を握り返す感触が、かすかに伝わってきたから。







 対勇者部7課の部屋の前で魔力を解放する。


 ……。


 応答が無いな。


 もう一度魔力を出したがやはり反応は無い。


 仕方ない、とノックしようとドアに近寄ったその時――


 「あーーーーっ!」


 男の大声がする。その声から危機感は余り感じないが、医務室に続いてまたか……と多少げんなりしてドアを開けた。


 「また壊して!どーするんですか!?高いんですよ、これ!」


 ツォンが何かをぷらんぷらんしながら怒っている。


 あの握力測定器のような形状は……魔力計か?


 「知らん知ら~ん。これが脆いのが悪い。」


 ツォンの前にいるのは人型の少女だ。腰にかかる程の長い銀髪は、彼女が軽く首を振るだけでさらさらと流れる。ネネリのメイド服に似た……けれども肩まで露出させたそれは、少女が少しだけ背伸びをしているようで可愛らしい。


 どうやら彼女が魔力計を壊してしまった様だが、悪びれる様子はまるでない。ツォンの怒りをどこ吹く風で受け流し、明後日の方を見ている……あ。


 ――目が合った


 その瞬間、彼女は少しだけ笑った……気がした。


 「よし!これでもう用は無いな。帰る!」


 「えっ?あ、ちょっと~!」


 ツォンの静止も聞かず、少女は駆け出した。タタタッっとこちらへ向かってくるが、その瞳は俺を捉えたままだ。


 擦れ違いざま、彼女はばちこ~んと歳不相応のウィンクを放って去って行った。


 何だったんだ?


 「はぁ……。やぁ、ドミニク君。」


 ツォンは涙目になりながらも声をかけた。


 「こんにちは、ツォン課長。あれは一体……?」


 彼女が去ったドアの方を見遣りながら聞いてみる。


 「……なんなんだろうね。ホントに」


 「はい?」


 「困ったお方だよ。魔王様も」


 「へぇ、マオーサマーさんね」


 変わった名前だ。常夏の国出身だろうか。


 「いや、魔王様さんだとおかしいよ?魔王様だよ」


 「……ん?魔王様……魔王様!?アレが!?」


 「うん……残念ながら」


 いやいやいや、それこそおかしいだろう。


 「でも!玉座の間で見た時はもっと厳(いか)つい感じで……」


 俺の疑問に答える前に、ツォンは溜め息をつきながらかぶりを振った。


 「あれは幻影だよ。偽りの姿を投射してる。僕が作ったから間違いないよ。」


 「幻……影?」


 「そ。客が来た時用のね。本物は寝ながらお菓子でも食べてたんじゃないかな?」


 な、なんだって?あの緊張感は一体……。


 「じゃあ、アレが本当に?」


 ツォンは再度大きな溜息を吐いて、言った。


 「第3魔王『ユユ・ノート』様だよ……残念ながらね」

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