第34話 教団

 『イカイの大穴』――遥か昔……全ての魔族が生まれる前からそこにあったとされる、巨大な洞窟。


 魔族領と人族領を分かつ山脈のふもとにぽっかり口を開けたその穴は、何者も拒まない。


 幅百二十メートル、高さ六十メートルを超える入り口は、どんな巨人をも受け入れるだろう。


 しかしそんな『イカイの大穴』を訪れるものは居ない。


 何故ならば、そこには何も無い・・・・からだ。穴に入って一本道を一キロメートル程行くと、そびえ立つ壁。行き止まり。


 新たな発見も財宝も行く先さえも無い。魔族は皆、それを知っていた。


 


 そんなわけで魔族にとってその場所は、何も無い穴が在る・・・・・・・・……そんな程度の認識ということだ。


 だが俺からすると「はい、そうですか」と片付けるには、その名前は重すぎた。


 『イカイ』……彼らは首を傾げていたが、『異界』という言葉以外に思い浮かばない。それは俺が異世界から転生したからなのだろうが。


 異世界に繋がる何かがあるのだろうか?別の世界……もしかしたら元の世界に帰ることができたり……ふはっ、ないない。それはない。


 いや、帰ることはできるかもしれない。


 だけど帰るという選択肢は無い。



 初めは魔族の世界なんて……と落胆していたのは事実だ。しかししばらく過ごしみて気持ちは変わった。この暮らしを、悪くないと思っている。


 ネネリが傍で笑う。


 課長はハラスメントを乱発するし、部下はキノコという有様だけど、決して嫌いではない。城や町での魔族との交流も少しずつだが増えてきている。


 嫌気がさしていた元の世界とは比較にならない。今更帰るつもりは端から無いのだ。


 ならば……考えても仕方ない。


 俺はそう結論付けて、『イカイの大穴』はただの穴だ――という認識を強引に刷り込んだ。



 

 「ただの大穴ですか……この場所に近づけさせたくない理由があると思ったんですが。ではどうして襲ってきたんでしょうね?」


 「さあな。ま、こいつらに聞けば早いだろう。」


 ラウネー課長はそう言うと、『フード』を一人引き摺ってきた。まだ気を失っている様で、手足がズルズルと地に道跡を残している。


 「こいつがリーダーだったな」

 

 『フード』を無造作に打ち捨て、皆に確認する。


 「まちガいありません」


 逃走用の黒煙を至近距離で浴びた為、一際フードが黒ずんでいる。それが目印だった。


 「では顔を見せてもらおうか!」


 ニヤつく課長は実に楽しそうだ。いい性格している。


 躊躇ちゅうちょ無く布を払うと、そこには獣人……ネコ科だろう……の顔があった。


 「見覚えは?」


 「いえ、ありません」


 課長の質問にドアノブは即答する。


 「ふむ。全員確認するか。」


 結局、『フード』全員の顔を冒険者と一緒に確認した。


 獣人、悪魔、鬼、爬虫類、昆虫、エルフ。全く統一性の無い顔が次々現れる。


 「おいおい、一体何なんだよ、こいつらは。」


 「それをこれから聞くんだろ。マミヤ」


 「はい」


 阿吽の呼吸でマミヤが進み出て、『フード』に手をかざした。魔力を帯びた手を、寝そべった『フード』の胸に当てる。魔力治療というやつが始まるのだろうか?


 暫くして、ドンッという衝撃と共に、『フード』の体が跳ねる。


 「っ……こはっ!……はぁ…はぁ…うぅ……」


 「目を閉じて大きく二度、深呼吸しろ。」


 男に考える暇(いとま)を与えずに課長が命じる。胸倉をつかまれた男はわけも分からず言うとおりにする。


 「ゆっくり目を開けて……私の目を見るんだ」


 「…………ヒッ!!や、やめ……」


 何を見たのだろうか?獣人の体は恐怖で激しく揺れている。


 「真実のみを話せ。死にたくなければな」


 「こ、殺さないでくれ!お願いだ!お、俺達は命令されただけなんだ!」


 あらあら、聞かずともあっさり教えてくそうだ。名探偵の出る幕は無いな。


 「誰の命令だ?」


 「教団の命令だ。俺達はハロル教の信徒なんだ。」


 「ハロル教?知らんな。」


 ラウネー課長は全員を見渡すが、顔を縦に振るものはいなかった。


 「そうだろうよ。俺達は細々やってきたからな。ほんの少し前までは……」


 

 そう言って獣人の男は怯えながらも語りだした。彼らは『悪魔神ハロル』の教えを信奉する団体で、小規模ながらも永い間その教えを紡いできたらしい。


 しかしある日を境に教団は変わった。組織のトップ……教祖が入れ替わり、体制は様変わりする。信者は徐々に増え、彼らには『フード』を着用することを義務づけた。特に戦闘に長けた者を集めたグループができる。


 その頃から『妙な奉仕』も増えた。何の為かわからないまま、冒険者を襲った今回の様に。


 

 「……教祖の名前は?」


 「わ、わからない。知らないんだ!信じてくれ!」


 フーっと大きなため息が漏れる。


 「ではお前達は、誰の命令で何の為に動いているのかもわからないのか。」


 「違う!俺達はハロル様の為に……ヒッ!許してっ…」


 獣人の勢いは一瞬も持たなかった。


 「調子に乗るなよ?役に立たないなら……」


 「いや!待って!そ、そうだ!確か、一度だけ教祖が幹部に呼ばれたことがあった!」


 「それを早く言え!なんという名前だ?」


 「名前かどうかわからないが確か……アル……いや、アベ……」


 不意に、嫌な予感がする。肌がチリチリと何かを警告するかのようにひりつく。


 何だ?


 「アベ…アベ…アベベベ…」


 「おい、ふざけて……!?」


 獣人の魔力が急速に増えていく・・・・・。いや、これは……増えているというより、流し込まれているような……


 小刻みに震え、焦点の合わない目を揺らしながらも、魔力の上昇は止まらない。しかし、男にはその魔力を繋ぎ止めるだけの『器』は無かった。


 「ア、ア、アベベベベベベベベベベベベベベベベベベベッベッベッ!」


 「散れ!」


 ラウネー課長が叫ぶ前に、俺はネネリを抱えて跳んだ。


 直後、御しきれない程の魔力を溢れさせた獣人は、黄金の閃光を放ち……爆発した。

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