第33話 深淵

「ハァ……ハァ……ぐっ……ちくしょうっ」

 

 ラウネー課長からの教育的指導パワーハラスメントを受けた俺は、四つん這いになって息を切らす。何故この格好なのかは聞かないでくれ。


 「大丈夫ですか?ご主人様」

 

 「あぁ……だいじょ……うっぷ!」


 うぅ……危ない。ネネリの前でぶちまけるところだった。なんとか飲み込んだぜ、セーフ。


 「あぁ!ご主人様!お口がっ」


 ハンカチを取り出し俺の口を拭うネネリ。アウトだった。


 くそっ!とんだ醜態を晒してしまった。奴(ラウネー)より先に俺がヒィーヒィー言うことになるなんて……。


 ラウネー課長はストレスを発散できたのか、すっきりした顔で冒険者達の事情聴取をしていた。フード集団はマミヤが何処からか持ってきたロープで縛り付けてある。


 「しかしドミニク様はなゼ我々にまデあの魔法を……」


 後ろでローエングリンがぶつぶつ言いながらうろついている……と思ったら急に立ち止まった。


 「……そうか!そういうことダったんデすね!」


 「どうしたんですか?」


 ネネリが俺の口元をふきふきしながら首を傾げる。


 「ドミニク様が何故我々にまデ魔法を使われたのか……わかりました!」


 ……え?わかっちゃったの?俺が教えて欲しいくらいなんだけど……

 

 「ローエングリンさん、教えて下さい!」


 ネネリが食いついてしまった。


 「勿論デす。ドミニク様は……我々を守ったのデすよ。」


 「守った……どういうことでしょうか?」


 するとローエングリンはネネリの質問には答えず、明後日の方を向く。その先にはマミヤがいた。


 「マミヤさん。あなたは何故動けたのデすか?」


 突然の質問にも動じることなく、推測ですが……と前おいてマミヤは答える。


 「ドミニク様の魔法は精神に作用する魔法のようです。ゴーストたる私には精神干渉は効きません。」


 「そうだったのですか……でも、それが守ることに?」


 ネネリの疑問は膨らんだようだ。


 「ええ。あの場で動ける者はゴーストのマミヤさんしかいなかった。しかし……本当にそうデしょうか?相手に精神干渉無効の者ガいたかもしれない。ゴーストそのものガいたかもしれない。」


 「あっ!でもそれは……」


 「そうデす。わからない・・・・・。ダからドミニク様は我々を行かせなかったのデす。反撃の可能性を警戒して」


 「なるほど。魔力で消し飛ぶ以外、死の不安が無い私に適任の役だったわけですね。ということは、まさかあの時から……」


 マミヤは表情を変えずにメガネを吊り上げることで驚きを表した。


 「おそらくは。」


 「ど、どういうことでしょうか……」


 ついていけないネネリは今にも泣きそうだ。


 「タンゴ族の村デ全員に魔法をかけたのも布石ということデす。誰に魔法が効いて、誰に効かないか……恐らくあの時既に、マミヤさんガ動けることを看破されていたのデしょう。」


 「えぇ!あの時の魔法にそんな意味が……」


 「そうデすよね?ドミニク様。」


 バッとローエングリンが振り向く。


 「あぁ……そんなところだ」


 俺は虚空を見つめながら同意する。


 「やはり!真に恐ろしいお方デす」


 ローエングリンは驚きながらも、言葉とは裏腹に胸を張る。その表情は誇らしげだ。


 「さすがですね、ドミニク様」


 「ご主人様……やっぱり凄い……」

 

 ……何か知らないが良い方向に行った。あとはさっきの醜態を早く忘れてくれることを願うばかりだ。




 しばらくしてラウネー課長が戻ってきた。冒険者達もぞろぞろ付いて来る。事情聴取は終わったようだ。


 課長は前置き無く状況を説明し始めた。俺達が聞いても問題無い、あるいはその方が良いと判断したということだ。


 彼らはエストで『依頼』を受け、ここで休憩をとっていたところを突然フードの集団に襲われた。


 依頼を受けたのはオークのドアノブという男。彼が知人のゴブリンを誘い、四人の冒険者を雇ったという。


 「待ち伏せですか」


 そう呟いたマミヤにラウネーが答える。


 「だろうな。ただの盗賊にしては獲物も格好もおかしい。フードを被るには顔を知られたく無い理由があるということだ。」


 「『依頼』が関係している……ということでしょうね。その『依頼』はどんなものですか?」


 ドアノブに聞いてみる。


 「あぁ、ただの薬草の採集だよ。えらい報酬が良くってな。だが必要な薬草の量も多くて……それでこいつらを雇ったのさ。」


 「薬草の採集……?」


 そんなことが襲撃と関係あるのだろうか?まだ何か情報が足りないのかもしれない。


 「その薬草はどこで?」


 「あぁ……ちょっと待ってな。」


 バタバタと荷物から何かをとってくる。バサッと広げたそれは、地図だった。


 「ここだ」


 そう言って、アデラートの町らしき絵からやや西を指さす。


 「へぇ……これがこの世界……」


 「うん?どうした?」


 「いえ、なんでもありません!」


 こんな広域の地図を見るのは初めてで、思わず声が出てしまった。


 さてさて、ここがアデラートで……目的地がここ、と。


ん?この黒い点は何だ?


 「これはなんですか?」


 「何って穴だよ。」


 「穴?」


 「おいおい、知らないのか。ここは『イカイの大穴』だよ」

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