第32話 パワハラ
――まずい
――非常にまずいことになった
フードの集団が我々に恐れを無し、煙幕を張って逃走しようとした。
それまでネネリの護衛という最重要任務に就いていた俺だが、課長の呼び声で「ついに出番がきたか」と意気揚々と前に出てまでは良かった。
なにせ、課長はヒーローのように
魔力を右手に集中させる。
どんな
まるで辺りを包む闇を支配するが如く、右手掲げ唱えた。
「『くれえむ』」
魔法と化した負のイメージが放たれ、確かに敵を捉えた感覚が伝わる。
この魔法は相手を拘束しストレスを与えると同時に、使用者にちょっとした充足感……まるで支配欲を満たすような……を与えるようだ。
我ながら最低の魔法だと思うが対象が魔法にかかっているかどうかの判断材料には使える。
やがて黒煙が徐々に晴れると、そこに残る人影が見えてきた。
どれどれ……フードが七人に冒険者が五人と。うん、全員いるな。
魔法使用中は俺も動けない。後は任せた!
ラウネーさん、ローエングリンさん、行くのですっ!
……。
あれ?誰も動かない。
「課長……?」
ま、まさか……。
おそるおそる振り返ると、そこには地を這う姿勢のまま硬直した課長の姿があった。その顔はストレスに耐えているのか、それとも別の何かに耐えているのかピクピクと血管が浮き出ている。
まずい、ひじょーにまずい。そんな状況が今だ。
敵に向けて放ったつもりの魔法が、俺を中心に効果が出てしまっている。結果、魔法を使っている俺含め
このままではいずれ魔法が解けて元の木阿弥。何の為に出てきたんだ、俺。
魔法が解けた瞬間、ラウネー課長の怒りのハイッキクが飛んでくるかもしれない。今のうちに覚悟を決めておこう。
そう思いぐっと奥歯に力を入れたその時、『フード』の一人の背後からマミヤが現れた。突然現れた彼女は瞑目して魔力を右手に集中させる。目を開いた後無表情にトントンと二度、『フード』の肩を叩くと、彼等はまるで力が抜けたかの様に崩れ落ちた。
マミヤは淡々とその作業を七回繰り返す。
「終わりました」
彼女がそう言うと同時に、魔法も解けた。
た、助かった……。マミヤさん……姿が見えないと思ったらあんな所にいたのか。その後の妙な技といい、デキル女は違うね。
あちこちで「っぷはーー」という息を吐き出す音が聞こえ心苦しい。
課長がお怒りなのは明らかなので俺は振り返らない。
すると息を切らした冒険者の中で、じっと俺を見つめる者がいることに気付いた。
オークの男だ。その眼光は鋭く、何かを見つけたかの様な……獲物だろうか?はっきり言って怖い。
やはり先刻の魔法が悪かったのだろうか。謝るなら早いうちに!
「どーもすいま――」
「あんた!やっぱりあんたか!」
オークの男がドスドスを近づいてくる。
「え?」
「俺だよ!ほら、『エスト』で頭突きを食らった……」
「頭突き?……あ。っあー!あの時の!」
「そう!いやー、まさかこんな所で出会った上に、助けてもらうとはな。礼をいうぜ。」
「え?いえいえ、大したことはしていません。」
本当に。
「はっは!馬鹿を言うな。俺達が動けなくなったのはあんたがやったんだろ?」
「え、ええ。まぁ……。」
「くっ……あの時『エスト』でおっぱじめなくて本当に良かったぜ。あの時はそんな凄そうに見えなかったからな。なにせ俺達の前で土下――」
「おい」
思わず低い声が出てしまった。しかしこれ以上は言わせるわけにはいかない。後ろにはネネリもいるのだ。ここはまた、アホ(元世界の課長)奥義に頼るか。
「それ以上は言わない方が良い」
「あ、あぁ。悪かった。」
「わかれば良いんだ」
俺はできるだけ、威厳をこめて言った。オークの恐縮具合から察するに、中々の名優なのかもしれない。なんとか演じきったぜ。
「おい」
背後から声がかかる。俺以上に威厳のあるこの声は……。
「楽しそうだな」
阿修羅が近づいてくる……
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