第29話 かえりみち

 オルトルートとエルザの縁談が決まったことで、同時にその日の宴も決まった。


 晴れやかな話題がタンゴ族達を寛容にしたのだろうか。先程までは誰も話しかけようとしなかったローエングリンも、皆の輪の中にいる。妹は彼の稼ぎが一角ひとかどになるまでは族長が預かってくれることになった。臭いは嫌いだがあれでも仲間だ。うれい無く旅に出て欲しい。


 翌朝、帰り支度を終え荷馬車に乗り込もうとした俺達を、大勢のタンゴ族が囲んだ。すっとバジルが歩み出る。


「この度は本当に有難うございました。これは細やかながら我々からの感謝の印です。どうぞお受け取り下さい」


 そう言って小指程の筒を差し出す。


「これは?」


「『魔力水』です。一人分ですが、何かのお役に立てば幸いです」


「そうか。有り難く使わせて貰おう」


 課長はそう言って筒を胸に閉まった。


 あんたはどこに仕舞っているんだ。それに、あれで一人分?一リットルは飲まされた気がするんだけど……。


 俺の疑念をよそに、バジルは笑った。


「ドミニク様も有難うございました。娘も幸せになって……何とお礼を言っていいか。次は偉くなっていらっしゃるのでしょうね」


 そういって笑顔になったタンゴ族達に見守られながら、俺達は村を後にした。

 




 カタカタとで揺られながら森の小道を行く。


 タンゴ族の村からは大分離れ、鬱蒼うっそうとした森林からは抜けたものの、太陽の光は木漏れ日でやわらかなままだ。


 ふと自分が吸血鬼だったことを今更ながら思い出すが、なんとも無いということはなんとも無いんだろう。


 そんなことをぼーっと考えていると、隣に座ったネネリがポツリと呟く。


「ご主人様は……やっぱり凄かったんですね」


「え?……そうかな?」


「ドミニク様は恐ろしいお方デす。あの様な魔法をお使いになるとは」


 何故か反対隣に座ったローエングリンが答える。


 俺とネネリの貴重な会話を横取りするなよ……。あと、近い、臭い。


「結局『ほのお』や『こおり』は使えなかったし、ネネリの方が凄いよ。いきなりあんなの出すんだから」


 ローエングリンを無視して会話を進める。


「ネネリ様の才能も素晴らしいものガあります。是非鍛錬を!」


 何故お前が答える。


「そんな……きっと何かの間違いです。私が魔法なんて……」


 あぁ……ネネリの悪い癖だ。彼女は極めて魔力量が低いという生い立ちから、自信というものが全く持てないでいる。自分を「クズ」と言い切るくらい無能だと思い込んでいる。


 だけどそれは間違いだ。悪魔なのに天使の様に愛らしい彼女は、そこに存在するだけで俺を癒してくれる。そして彼女はとても健気で、一生懸命だ。いつも何か役に立てることが無いか探している。


 そんなネネリを「無能」という者がいたら、例え魔王でも俺は立ち向かうだろう。



 この癖は直さなければならない。彼女には自信を持ってもらいたい。


 俺は……そんな彼女を見てみたいのだ。



「いえいえ!あの大火球は才能の証明!鍛錬に励めバ必ず一流の魔法使いになれます!」


 う、うるさいなぁ。人が真面目に考えている時に。いや、待てよ……そうだ。


「ローエングリン君。きみがネネリに魔法を教えなさい。……ついでに私にも」


「「え?」」


 二人が同時に声を上げる。


「オルトルートさんに負けたとはいえ、君も魔法の上級者。教えることもできるだろう?」


「も、もちろんデす。ドミニク様のお役に立てるのデあらバ、身を粉(こ)にしてデも!」


「そうか。じゃあ頼んだよ……あ!ネネリに魔法を教える時は必ず私がいる時だ。私がいない間にネネリに近づいてはいけない。わかったね?」


かしこまりました!」


 そう言ってローエングリンは敬礼する。


 不本意ながらキノコの扱いが上手くなった様だ。

 

「ご主人様……」


「一緒に頑張ろう、ネネリ。」


「……はい。宜しくお願いします」


 ネネリに笑顔が戻った。




 そんな様子を白けた目で見るラウネーに、マミヤが囁く。


「私達も練習しますか?課長」


「私はやらん!」


「そうですか」


 マミヤのため息は木々のざわめきに消えた。

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