第28話 波動

 魔法の練習が終わり、バジルの家で一息つく。


 結局俺は他の魔法を使うことはできなかった。魔力操作と同じく元の世界の影響を受けているのだろうか。それでも使える魔法がいびつ過ぎると思うんだけど……。


 この世界で魔法は地・水・火・風・闇・光の六系統に分類されるが、俺の放った拘束ストレス魔法「くれえむ」は闇魔法となる様だ。タンゴ族の知る限り過去に使用者はいない……らしい。


そう教えてくれたバジルが近寄ってくる。


「ローエングリンの策を見破った鋭い洞察力とその後の寛大なご配慮、そしてあの魔法……ドミニク様は本当に凄いお方ですね。ラウネー様も安心して後任を任せることができましょう」


 「ま、まぁな。私の部下なんだ。このくらいは当然だ」


 課長はフフンと胸を張る。


 ラウネー……調子に乗るなよ?あの時(嘔吐)の恨みは忘れん。


 「いやぁ、本当に将来が楽しみですね。きっとご出世なさる」


 バジルが揉み手をしながら満面の笑みで滲みよる。


 うーむ、既視感が凄い。元世界を思い出す。


 「いえいえ、私などはには今の職位も分不相応ですよ」


 「またまた、ご謙遜を。そんなところがまた……おぉ、そうだ!しばしお待ちを!」


 そう言ってバジルはドタドタと部屋を出て行った。忙しい人だ。


 暫くして戻ったバジルは、その後ろに彼より一回り小さなタンゴ族を連れていた。


 「これは私の娘のエルザです」


 そういって娘……エルザを紹介する。エルザは恭しくお辞儀した。


 「どうも、ドミニクです」


 これは……良くない展開ではないか?


 迫りくる危機を感じながらも、何とか挨拶する。


 「どうですか?娘は。身びいきかもしれませんが、村の中では美しいと評判なんです」


 「そ、そうですね」


 ぜ、全然違いがわからん……。


 「そうでしょう。もしドミニク様のお目に適うのでしたら――」


 「バジルさん!」


 「ヒッ!?」


 俺の突然の怒声にバジルが目を剥く。


 「冗談でも言っていけないことがありますよ」


 俺は低く声を落としす。懐かしきアホ(課長)の恫喝を完全にトレースできている。


 「い、いえ、冗談など……」


 バジルは腰を抜かしたかのようにへたり込みながら狼狽えている。


 「まだ言いますか。あなたは御嬢さんの気持ちをまるで考えていませんね?」


 「は、はぁ」


 「彼女を見て下さい。震えているではないですか」

 

 全員の目が一斉にエルザに向けられる。  


 彼女は急に皆の視線が集まり「ヒャッ」と目を逸らし俯くが、その傘は確かに震えていた。


 「どうです、バジルさん。彼女のこの姿を見てもまだ話を続けますか?」


 「えっ?あ、いや、私は……」


 バジルは目に見えて狼狽えている。よーし、もう少しだ。


 俺はそっとエルザに近づき囁く。


 「私はこの様にタンゴ族とはかけ離れた姿。あなたのお気には召さないでしょう。そして課長代理とはいえ、軍では新参者です。そんな訳のわからない者よりあなたに相応しい方がいるのではないですか?」


 エルザがハッと顔を上げる。


 「そう、例えば――」


 素早く周囲に目を走らす俺。するとこちらを食い入る様に見る者と目があった。


 「オ、オルトルートさんとか」


 「「え!?」」


 エルザとオルトルートが同時に驚く。


 ……どうしよう、つい目があったから言ってしまった。オルトルートにはこれからゴマをすっていく予定だったのに。


 「ま、まぁ例えばの話で……」


 「どうしてですか!?」


 オルトルートが怒声を上げながら近づいてくる。彼にすれば族長の娘などどいう厄介者を突然投げやられ、迷惑極まり無いはずだ。怒るのも当然といえよう。


 「いや、ちょっと目が……ごめ――」


 んなさい!と謝ろうとしたその時、オルトルートが叫ぶ。


 「どうしてわかったんですか!?」


 「な、なにが?」


 俺が困惑していると、スッとエルザが進み出た。そして彼女は初めて沈黙を破った。


 「私達……付き合っているんです」


 



 彼らは長い間付き合っていたらしい。親が族長ということでオルトルートが慎重になってしまい、話をするタイミングを逸してきたようだ。

 

 それを思わぬ来訪者(俺)にエルザを掻っ攫われそうになり、動揺したところで突然指名されたオルトルートが思わず詰め寄った……ということらしい。


 こうしてオープンになった今、タンゴ族達は歓迎ムードだ。バジルも部族一の魔法使いが娘の相手なので文句のつけようが無い。話は縁談にまで進んでいる。


 「ドミニク様、本当に有難うございました。貴方のおかげでこうして族長の許可も頂いた。ですがドミニク様はどうして私達のことがわかったのですか?村の者ですら、誰も気付かなかったのに……」


 皆の祝福の輪の中からオルトルートが尋ねる。


 「え?は、波動を感じまして」


 「波動……そんな我々の知り得ない力があるのですね。やはりドミニク様は底が見えないお方だ」


 「本当に。娘がもう一人いないことが悔やまれます」


 バジルは何を言っているんだ。エルザが一人娘で本当に良かった。


 こうして俺は転生後最大の危機を脱し、オルトルートに恩を売ることに成功した。 


 

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