第27話 なんちゃって
ネネリの周りに人が居なかったのは幸いだった。一メートルに迫ろうかという火球が、彼女の前で燃え盛っている。
「へ?」
族長が目を丸くしてその光景を見ている。いや、族長だけではない。俺達……そして当人であるネネリも信じられないという顔だ。
「ご、ご主人様、出ました!?」
「あ、あぁ……出たね」
出たというか……デカくない?火の玉。
「ま、まさか……初めての魔法でこのような……ありえない……」
バジルが何事か呻いている。
俺も呆けたように火球を見ていたが、ハッと気付く。ネネリは魔力量が極端に少ない。そんなネネリがこんなものを出して無事なのだろうか?
「あ、あの……私、魔力量がとても少ないのですけど……大丈夫なのでしょうか?」
同じことが心配になったのであろう、ネネリもバジルに尋ねる。
「え?あ、あぁ、魔力は魔法の呼び水に過ぎません。魔法を使ったからといって、減ることはないのですが……」
「そうなのですね。良かった」
ネネリがほっと肩を落とすと同時に、火球は消えた。
「し、しかし魔力が少ない?そんなことが……」
バジルは未だぶつぶつと呟いている。火球が消えても周囲は騒然としていた。
ふーむ、ネネリが無事なのは良かったとして、魔力量は魔法を使うことに対して関係ないのか?
ならば俺も魔法を使えるはず!もう少しバジルからヒントを貰おう。
「バジルさん、バジルさん。私も魔法を使うにはどうしたら良いですか?」
「そ、そうですね。先ほどもお話した様に、魔法は想像力の結晶です。何か過去の体験……例えば火で火傷をしたとか、水で溺れそうになった等の具体的な記憶を絡めると良いかもしれません」
「ほうほう、過去の体験ね」
「あとは言葉ですかね。『ほのお』というのは唯の言葉に過ぎません。ご自身の最も想像しやすい言葉を使うと宜しいかと」
「あ、そうだったのですね」
つまり、イメージを想起できるのであればどんなにしょぼい『ほのお』や『こおり』の魔法を、『カイザーフェニックス』とか『エターナルブリザード』と命名することも可能ということか。
「あとは、魔法を使う前に集中して魔力を高めるのが良いかと」
なるほどなるほど。よーし、大体わかった。今度こそやってやる。何せあんな物を無理やり飲まされたんだ。俺がどれだけキノコが嫌いなのか、課長は全く分かってない。あの臭いを嗅いだだけで吐きそうになるのに直に……おぇっ、気持ち悪くなってきた。
いかんいかん、思い出せ、あの怒りを。あの課長の楽しそうな顔を。うん、良い感じにイラッとしてきた。
さぁこの怒りを魔力に……魔力に……魔力に!
ジワジワと俺の体から魔力が立ち上がる。それはドス黒い煙のように俺の身体に纏わりつく。
おおっ、何か出た。いいぞいいぞ。この調子。
ふっふ、さしものバジルもびっくりして言葉もでない様だ。ん?課長まで呆けた顔をして…俺だってやればできるっての。
あとはこの高めた魔力で魔法を……。
魔力を右手に集中させ、瞑目する。
「あ、あの……ドミニク様?それはちょっと……」
バジルの声は聞こえるが頭には入らない。
俺の具体的な記憶といえばこれしかない。思い出せ……。俺が最も辛かった記憶を。あの、長く苦しい、拷問の様な時間を。身動きのとれない不条理を。
円形に集中した魔力がたわみながらも次第に大きくなってゆく。
「危険では……」
思いを魔法に変えて……放つ!
拘束しろ!
「くれえむ!!」
目をカッと見開き叫んだ。
…………。
その声は一際静まり返った族長の家で木霊する。
溜めた魔力は既に霧散している。
「な……なんちゃって」
誰の反応も無い。
ひ、酷いことになってしまった。この空気、どうしよう?
周囲を見渡すと、バジルは口を開けたままぷるぷると震えている。ラウネー課長は呆けたままだ。マミヤは無表情で動かない。ネネリまで……ぐすん。
しかし、いくら何でも皆でこの反応は酷いのではないだろうか。しかも長い。いや、俺が悪いんだけどさ……。
「す、すいません。調子に乗りました。だからもう許し――」
「「「「ぷはぁーー!!」」」
謝罪を始めたところで、全員(マミヤ除く)の大きな息継ぎが入った。
「え?」
理解できない俺をよそに、族長はゼイゼイと息を切らしながら訴える。
「ドミ……ニク様。なんという…………魔法を……使われるのですか」
「ふ、不発魔法?」
「不発なんてとんでもない!恐ろしい魔法です!」
バジルがそう声をあげたのをきっかけに、周囲も一斉に騒ぎ出す。
「なんだ今の?一歩も動けなかったぞ!」
「あぁ……それに加えて、この疲労感は一体……」
「俺は何かイライラしたぞ?」
「私は悲しい気持ちになりました……」
何だか分からないが、評判が悪いことは分かる。皆の視線が痛い。
そんな中、ラウネー課長とマミヤは何やらヒソヒソと話をしていた。
「あいつ……そしてネネリも。本当に魔力量が低いのか?」
「はい。そのように伺っております」
「しかし、あの魔力の高まりは……。一度ツォンの所へ行った方が良いか」
「ネネリ!大丈夫!?」
「はい、ご主人様。少しだけ、悲しい気持ちになりましたが他はなんとも……」
「ごめんよ~!」
課長の話など知る由もなく、俺はネネリに必死に謝るのであった。
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