第26話 魔法習得
結局、帰りはローエングリンが同行することになった。ちなみにオルトルートは半年後に正規採用される。今回の視察では影が薄かった彼だが、今後は幹部候補生としてエリート街道を突き進むだろう。
今からごまをすっておく必要があるかもしれない。
俺達は事の顛末を報告に族長の家を訪ねた。
族長、バジルはローエングリンを連れて帰ると伝えると、
「何から何まで……、ご配慮感謝致します」
と、あらためて礼を述べた。
彼らにとっては、例え短い間でもローエングリンの扱いに困るわけだから、なるべく早く軍に行ってもらった方が有難いというわけだ。俺は不本意だが。
当の本人、ローエングリンは俺の背後に控えている。……近い。
「ローエングリン君、ちょっと近くないかい?」
「申し訳ございません。全ては何かあった時に御身をお守りす為。お許しを!」
「あ、そう……」
無駄に忠誠心が高い。そんなことよりしいたけ臭いんだけど……。
それに、ここは仮にも族長の家だからその発言は不穏当《ふおんとう〉じゃないか?ほら、何かバジルの傘がピクピクしてる。絶対怒ってるぞ、これ。
族長はコホン、と咳払いをして話始めた。
「軍の皆様方に頂いた大恩、少しでもお返しさせて下さい」
「ほう、どうやって?」
ラウネー課長がニヤリと笑う。その笑みに、バジルも笑みで答えた。
「魔法をお教えしましょう」
族長が少し準備をすると言って待つこと十分程。いつの間にか族長の家には大勢のタンゴ族が集まっていた。
「お、お待たせしました」
バジルが息を切らせながら帰ってきた。
「では、魔法をお教えしましょう……とは言っても、お教えすることは何もございません」
「はい?!」
俺はズルッとこけそうになる。
「これは失礼。正確にお話すると、魔法は教えてすぐにできるようなものではございません。タンゴ族でも、習得には十年以上かかります」
「じゅ、十年?では我々はどうやって魔法を使えるようになるのです?」
「魔法を短期間で使えるようになるには『きっかけ』が必要です」
「『きっかけ』?」
「そうです。それは時に深い悲しみや怒りといった激しい感情、あるいは……『死』であったり」
そう言ってバジルはマミヤの方に視線を向けた気がした。
「そんなこと……急には……」
俺は言葉に詰まる。
「そうです。いずれにせよ一朝一夕では魔法は使えません。そこで、皆様にはコレを飲んで頂きます」
バジルはズイッと俺達の前に小瓶を差し出した。
う……何故か悪寒が走る。小瓶にはいい思い出が無い。
「これは『魔力水』と申しまして、皆様に『きっかけ』をもたらす貴重なアイテムです。これを飲めば、魔法を使えるかもしれません」
おお!と俺達を含め、周囲から自然と声が上がる。
「なるほど、族長はこれを探していたのだな。しかし、そんな物があるなら何故タンゴ族は使わない?」
ラウネー課長の質問はもっともだ。これがあれば十年も修行をする必要が無い。
「残念ながらこれはタンゴ族には効きません」
そう言ってバジルは小瓶の蓋を開け、俺の鼻元に近づける。
……!こ、この臭いはまさか!?
「お気づきになられましたか?これは我等が身を清め、湯浴みをした水を百年熟成させたもの。故に我等には効果は無いのです」
……。
俺はスッと挙手をする。
「どうした?ドミニク」
「課長、私は魔法を使えなくて結構です」
「へ?」
バジルが間の抜けた顔をしている。
「何故だ?」
「私が魔法を使える姿を想像してみて下さい。きっと私は魔法を好き放題使って、その力に溺れます。そしていずれは身を滅ぼすでしょう。それを未然に防ぐべく、己が持つ力のみで生きてゆこうと思います」
「そうか。立派な心がけだな」
「はい。有難うございます!」
「だが……」
ラウネー課長が身を低くして構える。
「却下だ!」
バッと課長が跳んだかと思うと、次の瞬間、俺は羽交い絞めにされていた。
「ちょっ、課長!何を!」
「駄目だ。これは命令だ」
課長が低く耳元で囁く。
「いや、無理……というか胸がっ」
そう、課長の巨乳がこれでもかと当てられている……が、そんな場合ではない。
「こ、こいつこんな時まで……。マミヤ!やれっ!」
「ご命令とあらば」
マミヤが小瓶を片手に近づいてくる。
「いやっ……ほんと!ごめっ……勘弁し……いやぁあああああああ!」
タンゴ族の村で俺の絶叫が響き渡った。
「け、汚された……」
俺は数度の嘔吐の末、ぼろ雑巾のようにへたり込んでいた。
「ドミニク、いつまで泣いているんだ。魔法の練習を始めるぞ!」
ラウネー課長は何故か生き生きとした顔だ。
こ、こいつ……いつか絶対ヒィーヒィー言わせてやる!色んな意味で!
「では、まずは私が見本を」
そう言ってバジルが何かを掬うように両手を差し出す。
「『ほのお』」
ボゥ!と彼の眼前に野球ボール大の火球が現れる。
間近で見ると確かに凄い。これは是非使いこなさねば。
あれだけの代償を払ったのだ。俺もやるぜ!
俺は深呼吸して魔力を集中させ、火をイメージし唱えた。
「出でよ!『ほのお』!」
……。
おかしい。何もでないぞ!?
「出でよ、等の余計な言葉は無い方が宜しいかと……」
族長が小声で言う。
は、恥ずかしい。皆の視線が痛い。
「そ、そうですか。では……『ほのお』!」
……。やはり何も出ない。
「『ほのお』!『ほのお』!『ほのお』!」
……。おい。話が違うじゃないか。
思わずバジルを睨んでしまう。
「ま、まぁ、向き不向きがありますから……。ドミニク様の場合は何か他のイメージの方が、良いかもしれませんし……」
ば、馬鹿な。あれ程の代償を支払ってそんなことって……。
俺ががっくり肩を落としていると、ラウネー課長が叫ぶ。
「『ほのお』!『ほのお』!『ほのお』!……くそ!出ないぞ!」
課長も火球が出ないらしい。いい気味だ。
「魔法の技は深淵ですからな。『魔力水』をもってしても、使うことは容易ではないということです。それ故、タンゴ族の能力は貴重にして……」
バジルがタンゴ族の優秀さについて語り始めた。なんだかむかついてきたぞ。
「『ほのお』」
ボゥ!
マミヤの掌にピンポン玉くらいの火球が浮かび上がる。
えぇ……あの人『魔力水』飲んで無かったよね?
「おぉ!さ、流石は軍の……いや、ゴーストと言ったところでしょうか。しかし、まだ具現化が甘いようですな。今にも消えそうな……。」
「『ほのお』」
ゴウッ!!
大火球が、ネネリの前に現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます