第25話 部下
「あなたはオルトルートさんに確実に勝てるという自信が無かったのでしょう。私達がタンゴ族を見分けられないという事を知って、一計を案じたわけです。」
俺は傘を震わせ平伏するローエングリンを前に、淡々と話を続ける。
「私達の誰かが中座する機会を待って……トイレへの道は一つだけでしたからね……芝居を始めました。自身に《青い羽》をさしてオルトルートさんに成り代わり、別の誰かにあなたの役をやらせたのでしょう。」
「なんと!そんな事を……しかしドミニク様は何故それを?」
呆然とした状態からいち早く脱したバジルが、驚きながらも疑問を口にする。
「バジルさんの疑問はごもっとも。私はタンゴ族を『見分ける』事はできません……ですが、『臭い』はわかります。特に彼の臭いはしいた……独特ですからね。」
ローエングリンの傘がビクッと一際動く。
オルトルートは自身の臭いを確認しているのか、キョロキョロと落ち着かない様子だ。周りを見渡せば観客も同じ様な動きをして臭いを確認していた。
「ド、ドミニク様には我々の臭いがおわかりとは。魔族で我等を嗅ぎ分けられる者など、久しくおりませんでした。」
「そうですか。それはローエングリンさんにとっては不幸でしたね。ま、彼の失敗にも助けられたんですが……。」
「「失敗?」」
バジルとネネリの声が被る。
「あ……失礼しました。」
頬を染めて俯くネネリ。
全然OK。可愛いからもっとやってくれ!
「そうです。私はローエングリンさんの臭いしか分からないのです。つまり……彼がオルトルート役を演じなければ、私にはその違いを嗅ぎ分けることはできなかったでしょう。」
「なるほど!しかし、ローエングリンはどうしてそのようなことを?」
「彼の運命を決める芝居……それもあの短い間に考えたものです。恐らく彼はその大役を人任せにできなかったのでしょう。だから自身の《赤い羽》を他人に渡し、自分は《青い羽》を傘に刺した……。そういうことです。」
「オルトルートに勝ってしまえば、脅しに屈しなかった者として評価を高め、負けた時は何らかの情状酌量……再試合や反則勝ちが期待できる。どっちに転んでも良い手だ。」
課長がうんうんとしきにり頷く。
「そういうことですか……しかしそうなればこやつの処分は……。」
バジルがその視線をローエングリンに移そうとした時、彼から嗚咽が漏れ出した。
「う……うっ……も、もうし訳、ゴザいません。ド、ドうしても……うっ……勝ちたかったのデす。妹ガ……妹ガ……。」
そんなローエングリンの嗚咽を振り払うように、バジルの怒声が轟く。
「馬鹿者!タンゴ族の恥さらしめが!」
「ヒッ!も……申し訳ゴザいませんっ!!い、妹を養うためにドうしてもっ……。」
「そんなことは関係ないっ!これで軍の方のご不興を買えば、お前はどう責任をとるのだ!」
そう言ってローエングリンを一蹴したバジルは、こちらに向き直って深々と頭を下げた。
「このようなこととなり、大変申し訳ございません。この者は一族から追放致しますので、どうかお許し下さい。」
バジルの審判が下り、舞台は静まり返った。静寂の中で、ローエングリンの泣き声だけが虚しく響いた。
「課長、聞きましたか?追放ですって。」
「あぁ、聞いた。我々はついてるな。」
「いやぁ、本当ラッキーです。」
「へ?」
俺とラウネー課長の会話に、バジルが素っ頓狂な声を上げる。
「実はな、我々はローエングリンの能力を高く評価したのだ。」
「は?」
「魔法は勿論、あの短時間で策を弄する知力と、大胆さ。そして己のみを信じる臆病さをな。」
「は、はぁ。」
課長の説明にもバジルは理解が追いつかない様だ。
「つまりはこういうことです。」
俺はつかつかと平伏するローエングリンの前へ出ると、その傘にポンと手を置き、満面の笑みでこう言った。
「ローエングリン君。きみ、採用。」
俺とラウネー課長は事前に話し合っていた。
『もし、ローエングリンが負けた場合、両方を採用しよう。そしてその時は、負けたことを理由に彼の給料は値切ろう』
勿論、二名が高い能力を持っていることが前提だ。
そう考えていた所に、バジルから思わぬ追放令が出された。
部族を追放されたローエングリンは妹を抱え、途方にくれるしかない。そこで我々が「採用」という救いの手を差し出す。当然給与は安くする。
タンゴ族は扱いに困る厄介者払いができ、ローエングリンは無事就職できる。そして軍は格安で優秀な人材を確保する。
なんというwin-win-win。
そんな説明をネネリに懇切丁寧にしてあげると、
「やっぱりご主人様は凄いです!」
と、目をキラキラさせていた。俺はこの為に仕事をしているのかもしれない。
バジルが俺達の機嫌を取ろうとしたのか分からないが、どうしてももう一泊してくれと頼むので、その日も村で泊まることになった。
夜までにはまだ時間がある為、昨日の宴会場で俺達は今日の出来事を振り返っていた。
暫くすると、一人のタンゴ族がトコトコと俺の目の前にやってきた。
鼻につく臭いがする。ローエングリンだ。
ローエングリンは俺の前で立ち止まると、バッと勢い良く平伏し、傘を地面にこすり付けた。
おぉ……俺以外が土下座するところ初めて見た。
「ドミニク様!この度は大変な無礼をしデかしたにも関わらズ、寛大なご配慮、有難うゴザいます!」
「……俺は何も。決めたのは課長だよ。」
「いえ!ラウネー様から、私を採用するよう進言したのはドミニク様と伺いました!」
俺は思わず課長を睨む。彼女は明後日の方向を向いてしらん顔だ。
こ、こいつ……。余計なことを。
「この大恩!お返しするにはこの身の全てを捧ゲたく!ドうゾ、軍への同行のゴ許可を!」
げぇ……好感度が滅茶苦茶上がってしまっている。これだから嫌だったんだ。というか近い。臭い。
「おお!いいんじゃないか!」
ラウネー課長が急に会話に入ってくる。
何を言っているんだこいつは!
「ドミニクは調度部下がいなかったな。探す手間も省けていいじゃないか!」
「いや、それはこれからじっくり吟味して……。」
「そんな事を言ってどうせ女を捜すんだろ?ならコレでいいじゃないか!」
ローエングリンをコレ呼ばわりしながら、課長は名案!と言わんばかりにまくしたてる。
「なぁ!お前達もそう思うよな?」
「課長がそう仰るならその様にすべきかと。」
マミヤが即答する。
「私は……他の女性よりは……そちらの方が……。」
ネネリは消えそうな声で同意する。
「ネ、ネネリ!?」
「も、申し訳ありませんっ!ご主人様!」
「これで決まったな。」
ラウネー課長が勝ち誇った顔で見下ろす。
「ローエングリン!今日からお前はドミニクの部下だ!」
「ははっ!ありガたき幸せ!」
ローエングリンはもう一度傘を地面にこすりつける。
こうしてローエングリンが俺の部下になることが決まった。
どうしてこうなった?
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