第23話 ローエングリンとオルトルート

 翌朝、ラウネー課長に昨夜のあった事を報告した。ついでに俺の意見も添える。ただ報告するだけに留まらないのができるビジネスパーソンというものよ。


 昨日の内に報告を済ませなかったのは、課長が酔っ払っていたからだ。今も若干酒臭い。


 それでも頭は冴えているのか、課長は俺の話を静かに聞いた後、


「わかった。後は任せろ」


 そう短く応えて部屋へ戻った。


 ちなみに昨日は俺が一人で寝て、彼女達は三人同室だった。俺はネネリと相部屋を主張したが、課長にあっさり却下された。酔っ払っていたくせに、急に真顔になるなんて卑怯だ。


 彼女達三人が昨夜どんな会話を交わしたのか、非常に気になるところである。



 身支度を済ませ部屋へでると、バジルが既に待機していた。


 「おはようございます。皆様お揃いになられましたら、舞台へご案内致します。」


 舞台か……それっぽくなってきたな。



 

 その舞台は、村から五分ほど歩いた場所にあった。巨木を切り倒した(どうやって切った?)跡……切り株をそのまま使用するようだ。切り株と言っても直径三十メートル程もありそうで、元の木の高さを考えると恐ろしいものがある。


 周囲には既にギャラリーともいうべき村人達が集まり、がやがやと騒々しい。


 「なぁ!ドっちガ勝つと思う!?」


 「オルトルートさんに決まってるダろ!凄く強いんダゾ!」


 「ローエングリンさんの方ガ上ダよ!」


 「オルトルートさんダって!」


 数人の子供(少し小さいから子供だろ……たぶん)が集まって、どちらが強いかで盛り上がっている。彼らにとって、軍への「候補者」というだけで憧れの的なのだろう。


 「僕も大きくなったら軍に入る!」


 「お前は無理ダよ!俺ガ入る!」


 「いいや、俺ダ!」


 

 今日の俺達は試験官。有望なタンゴ族の若者二名の運命を握っているのだ。気を引き締めねば。



 なーんて固く考えてもしかたない。一度やってみたかったんだよね、採用試験の試験官。それに勝負と言っても所詮キノコ同士の戯れ。ゆっくり見物するかぁ。






 「『ほのお』」


 ローエングリンが天高くかざした右手を振り下ろすと、中空に生まれた七個の火球がオルトルート目指して隕石の如く降り注ぐ。


 先に飛来した三個の火球を危な気なくサイドステップでかわしたオルトルートだが、そんな彼の動きを予期していたかの様に、残りの四個の火球が彼を四方から襲う。逃げ道は無い。


 「『こおり』」


 オルトルートが左手を水平に振ると、突如彼の足元から氷の障壁が現れ、火球を防いだ。


 オルトルートはその左手をローエングリンに向け、クイッとその繊維の先端を持ち上げる。


 今度はローエングリンの足元から氷が伸びる。但しその切っ先は鋭く、正確にローエングリンの傘を狙っていた。


 ローエングリンはすんでのところで体を仰け反らせ氷を回避するが、氷は彼を追うように生成される。


 ローエングリンは数度のバク転で襲い来る氷の刃をかわすが、氷の生成スピードは徐々に早くなり、ついにその切っ先が、未だ中空の彼を捉えようとしていた。


 「『ばく』!」


 ローエングリンは体を中に浮かせながら、右手を地面を叩くかのように振り下ろす。次の瞬間、彼と舞台との空間に閃光が走ったかと思うと「ドンッ!」という音と共に爆発が起きた。


 ローエングリンは爆発の反動を利用して更に後方へ飛び、氷を回避したのだった。


 一瞬の静寂。そして、


「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」


 歓声が巻き起こった。






 え?何これ?レベル……高くね?


 俺は開いた口が塞がらなかった。


 「やるなぁ、あいつら。」


 ラウネー課長は腕を組みながら、しきにり頷いている。その顔は満足気だ。


 「お二人共、お上手ですね。」


 マミヤは眼鏡をクイッと上げ、表情を変えずにそんなことを言っている。


 おいおい、これ見て驚かないのかよ。やっぱり俺弱いの?


 恐る恐るネネリに顔を向けると、彼女もぽかーんとしていた。


 あぁ、良かった!仲間がいた!やっぱりネネリは俺の心のオアシスだね!



 「どうですかな!我が村の戦士達は!」


 バジルもご満悦である。


 「あぁ、良くここまで育てたな。」


 ラウネー課長が答える。


 「有難うございます!あの二名は特に優秀でしてね。本来、タンゴ族には弱点の火魔法をあそこまで扱うローエングリンと、それを咄嗟に氷で防ぎ、反撃に転じるオルトルート。どちらも甲乙付けがたいのです。」


 バジルはまくし立てる。


 「なるほどなぁ。」


 「他の魔法も使えるんですか?」


 マミヤが抑揚の無い声でバジルに問う。


 「えぇ!勿論使えます。ただ今回は使わないでしょうな。」


 「ど、どうしてですか?」


 珍しくネネリが口を開いた。首を傾げるしぐさが可愛い。


 バジルはコホンを息をついて話始めた。


 「魔法とは想像の力です。その想像を何度も変えることは、魔法使いにとっては好ましくありません。例えば、水の魔法を使った後に火の魔法を使えば……その威力は通常より格段に劣るでしょう。急に対称的な物を想像するのは難しいですからね。」


 ほ~、面白い。ラウネー課長やマミヤの様子を見ると、彼女達は知っていたようだが。


 「そうだったんですか。では、しばらくはこの火と氷の応酬は続くわけですね。」

 

 ネネリが納得顔で頷いていると、バジルはゆっくり首を振った。


 「いえ、じきに決着でしょう。」


 そう言って舞台を見るように促す。


 そこには巨大な白銀の剣にとぐろを巻く火蛇の姿があった。




 



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