第22話 タンゴ族

 タンゴ族の村は『フンゴウンゴ区』の森の中にある。『フンゴウンゴ区』は第3魔王軍領の最も西に位置する区で、更に西に進むと第4魔王軍領に入る。


 区、とはいってもそのほとんどの面積が森で占められており、大抵の魔族が住むには不便な為、そこで暮らす者は少ない。


 その数少ない者達であるタンゴ族は、大木を寝床として群れをなして生活しているようだ。


 その大木が目の前にある。


 三十メートルは下らないだろうと思われる大木が何本も屹立し、お互いが複雑に絡み合って一つの巨大な塔を築いていた。


 俺達はその塔……タンゴ族の村を前に、足踏みしていた。


「なんダ?お前達は?許可ガ無い者は通す訳にはいかない!」


「いや~、ですから先程から言っている様に、第3魔王軍の者ですよ。本日はご挨拶に参りました。」


「お前なド知らない!見たことガ無い!……それに、お前は人間臭い。怪しい。帰れ!」


「だ~か~ら~。」


 そんな問答を繰り返していた。


 



 村が見えてきてすぐに、タンゴ族二名に馬車を止められた。なんだか興奮した様子で


「とまれぇーー!」


 と叫んでいたので、


「ここは私にお任せあれ!」


 と、颯爽と馬車を飛び出し挨拶をしようと近づいたらこの有様である。


 ネネリに良いとこ見せようと思ったのが裏目にでた。


 

 タンゴ族はキノコの化け物だ。身長は一メートル程だろうか。とってつけたような手足に、窪みとしか思えない目と口がある。


 その化けキノコがまくしたてる。


「臭い!臭い!人間臭い!かえれ!かえれ!」



 帰れコールも鬱陶しいが、体の繊維がうねうね動いて気持ち悪い。


 ……だからキノコは嫌いなんだ。


 大体俺は人間臭いかもしれないが、お前らはキノコ臭いんだよ!


 特にさっきから五月蝿い方!お前からは大嫌いな椎茸の臭いがして、鳥肌立っちゃってるよ!



 俺のリミットブレイクが近づいた時、


「まだ通れないのか?」


 馬車からラウネー課長が顔を出した。


 その瞬間、化けキノコ共が繊維を伸ばし、ビッと敬礼する。


「これは失礼しました!ラウネー様!ドうゾ、お通りくダさい!」


 そう言って道をあける。


「おう、ご苦労様。」


 課長は馬車から手だけを振って答えた。



 なんだこの扱いの差は。


 俺がキノコを嫌いな様に、奴らも俺のことが嫌いなのかもしれない。とりあえずタンゴ族の第一印象は最悪だ。



 後ろを振り返ると、化けキノコは俺の顔見てペッと唾を吐いていた。


 ……だからキノコは嫌いなんだ。


 


 タンゴ族の村へ着くと、ぞろぞろと彼等が現れる。どうやら俺達のことを待っていた様だ。なのに何故足止めされた……。俺だからか?


 大勢のタンゴ族の中から、傘が白っぽい者が進み出て声をかけてきた。


「ラウネー様、お待ちしておりました。遠方よりのお越し、感謝致します。」


「おう、一年ぶりだな。遠路といっても一日でこれる距離だ。気にするな。」


「有難うございます。して、こらちらの方は?」


「部下だ。特にこいつは私の後任になるかもしれん。宜しく頼む。」


そう言ってラウネー課長に自己紹介を促す。


「ドミニクと申します。どうぞ宜しく。」


「これはこれは。族長のバジルです。今後とも是非宜しくお願いいたします。」


バジルは体を目いっぱい曲げてお辞儀した後、パンっと手を叩いた。


「さぁ、お堅い話はこの辺にして、奥にどうぞ!宴の用意はできております!」


「おう、それは有難いが……私達も遊びに来たわけではない。今年、軍(うち)に入る奴はもう決まっているのか?」


 ラウネーの問いに、バジルの目が光った(ような気がする)。


「フフ……ラウネー様、その件も含めて、奥でお話させて頂きましょう。」


「そ、そうか。わかった。では宜しく頼む。」


 バジルに案内されるまま、俺達は大樹の中……彼等の住処に入った。



 タンゴ族の若者にとって、魔王軍へ入ることは憧れの道。なにせ魔王の庇護下に入るというステータスと、高給が約束されている。彼らはその高い能力から、奴隷とは異なり正規社員の幹部候補生なのだ。


 その為、毎年志望者が殺到し、一名の狭き門を争っている……という様な説明の後、バジルは本題に入った。


「今年は、皆様の目でお連れする者を決めて頂きたいのです。」


「ほう……、村中を見て回ればいいのか?」


 ラウネー課長が酒を片手に笑う。


「まさか……、その様なお手間はかけさせません。村の中で最も力がある者同士の戦いをご覧になって頂きます。」


「なるほど。勝った者を軍に連れて行くということだな。」


「その通りです。そして戦う二名は既に選んでおります。おいっ、奴らを呼べっ!」


 バジルがそう言うと、お付のタンゴ族がバタバタを駆けて行った。



 しばらくして、二名のタンゴ族が現れ、村長の傍らで跪いた。


 「彼らが今年の候補です。見ての通り、二人とも非常に屈強な体と魔力をもっています。」


 「ほ、ほう。」


 バジルがそう誇らしげに紹介するが、他のタンゴ族と何が違うのかさっぱり分からない。ラウネー課長も同じようだ。


 「こちらがローエングリン。そしてこっちがオルトルートです。」


 「ほ、ほう。」


 だから違いが全くわからん!ラウネー、適当に相槌うつな!


 

 俺はチラリとネネリとマミヤに目配せする。彼女達はふるふると首を横に振った。やはり違いがわからないらしい。


 一つ提案しとくか。


 「バジル様。彼らにとって今回の戦いは今後の生き方を決めるとても重要なもの。万が一にも間違いは許されません。何か彼らを識別するような物を持たせてくれませんか?」


 「おお、ドミニク様。我々の為にそこまでのご配慮……感謝致します。では……。」


 そう言って辺りを見渡して、木の壁に無造作に刺さっていた赤と青の羽を手にとった。


 「調度いいものがありました。この赤い羽をローエングリンに、青い羽をオルトルートに付けましょう。」


 「なるほど。有難うございます。」


 バジルは赤い羽をローエングリンに渡した……ところで顔を上げたローエングリンが俺の顔をまじまじと見る。


 あれ……もしかしてこいつはさっきの?


 「先程は……失礼しました。」


 そう言ってローエングリンが深々とお辞儀した。


 

 やっぱりそうか。まぁ……謝るならいいさ。唾を吐いたことは忘れないけどな。






 宴も終わりに差し掛かり、俺は席を中座した。吸血鬼になろうとも出るものは出るのである。木の住宅は元日本人の俺には懐かしくもあり快適だが、トイレが外にあるのは困りものだ。


 小走りになりながら隣の木へ移動しようとしたその時、


 「~~~~」


 どこからか、タンゴ族の声が聞こえる。


 どうやら目的の木の近くで二人のタンゴ族が話しをしているらしい。


 話……というか一人が怒鳴っているな。


 「だから言ってるだろ!言う通りにしろよ!」


 「いや……ダけド……。」


 「つべこべ言うな!デないとお前の家を潰してやる!俺の家はそれくらいデきるゾ!」


 「そ、そんな……。」


 「お前の可愛い妹も奴隷ダ!嫌なら言うことを聞け!」


 「く……。」


 「わかったな!明日はちゃんと負けろよ!」


 そう言って《青い羽が刺さった》タンゴ族はドスドスと去って行った。





 厄介なところを見てしまった。


 だからキノコは嫌いなんだ。






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