第21話 出張

 魔王城かいしゃ奴隷市場しごとばの往復が続く。


 ともすれば、元の世界と変わってなくね?と首を傾げたくなる状況かもしれないが、俺の気分は全然違う。


 

 ネネリがいるだけでこんなに世界が変わるとは……。



 彼女はとても向上心が高い。元々、家事全般をこなすが、仕事の際は彼女も動向して俺の仕事ぶりを見て、時には質問してくる。


 先日は俺が頻繁にメモをとることにとても感心していた。


 直ぐに、自分もメモをとれるようになりたい、と相談してきた。彼女は字を書くことはできるが、長い間使うことが無かった為、メモのように咄嗟に書くことは難しいようだ。


 俺は日記を書くことを勧めた。毎日少しずつ書いて、字に慣れるには調度良いかと思ったからだ。


 城に戻ると早速日記にとりかかるネネリだったが、初めて書く為、どんな風に書けば良いか迷っているようだ。


 「誰かに話す様に書けばいいんじゃないかな?」


 そんな適当な俺の発言を「有難うございます!」と素直に受け取るネネリ。


 そして猛烈な勢いで書き始めるのだった。




 え……?まだ書いてる?


 俺が気付いたのは三時間後だった。彼女はまだ日記を書いていた。チラッと見ると、既に羊皮紙五枚に及んでいる。日記にはあるまじき超大作である。


 後で話を聞いたところによると、ネネリは「これまでの事」から書き始めたらしい。


 「今日のことだけで良いんだよ」


 そう言うと、彼女は真っ赤になって俯いた。それがとても可愛かったので思わず髪を撫でる。


 あぁ可愛い。ネネリの可愛さを綴るだけで短編が書けそうだ。



 『俺の悪魔が天使すぎる件』



 ……ありだな。


 思わずタイトルを付けてしまったが、ひょっとしてランキングとか入っちゃうんじゃないか?


 ネネリの可愛さだ。十分有り得る。間違って書籍化なんてしようものなら……。


 サイン練習しなきゃ。

 

 そんな事を夢想していると、使い魔専用ホールから赤い蜂が現れた。あれはラウネー課長の使い魔。蜂は猛烈なスピードで円を描くように飛んでいる。


 あの狂ったような蜂ダンスは部屋に来いということか。課長は本当に空気が読めない。


 仕方ない、行ってやるか。話したいこともあったしな。






 

 「出張だ。」


 ラウネー課長は開口一番そう言った。

 

 なので俺も即答で応じた。


 「お断りします」


 「うん、すまないが……えぇ!?」

 

 「なにか?」


 「いや、お前……断るとか有り得るのか?」


 「はい、元の世界でもNOと言える男で有名でした」


 勿論真っ赤な嘘だが、ラウネー課長は唖然としている。


 ふっふっふ。夜のミーティングによって課長に対して物怖じしなくなった成果がでているな。最初からそうだった気もするけど。


 まずは先制攻撃を仕掛け、相手を呑む。交渉の基本だ。


 「とはいえ私も部下です。課長には恩もありますしね。」


 「そんな態度には全く見えないんだが……」 


 「出張には行かせて頂きます。代わりに、お願いを聞いてください」


 ラウネー課長は盛大にため息ついた。


 「またか……。なんだ。言ってみろ」


 「私は奴隷六体のロルマを既に達成しています。そのことは課長もご存知ですね?」


 「あぁ……。こんなに早く集めるとはな」


 「つきましては、次のノルマに入ること、余った予算で他の奴隷を買うことを許可して欲しいのです」


 「今月のノルマは達成しただろ?まだ集めるのか?たしかに数は多ければ多い方が良いが……」

 

 「そうでしょう、そうでしょう。私は安く質の良い奴隷のみを仕入れます。そして余った予算で更に奴隷を買いたいのです。」


 「本当に変わった奴だな、お前は。……少し考えさせろ」


 そう言ってラウネー課長は瞑目した。


 (こいつが何故こんなにやる気なのか不気味だが……対勇者部は奴隷を寄越せと毎日五月蝿いし、軍に損が無いなら……問題ないか?)


 「まぁ……いいだろう。許可しよう」


 「有難うございます」


 良し。まずは一歩。


 俺は心の中で小さくガッツポーズをしながら、ラウネー課長の説明に耳を傾けた。







 出張先は城からさほど遠くない。往復二日。向こうで一泊して、都合三日の行程である。


 移動には乗用魔を使う。乗用魔は移動用の魔物で、魔王軍(わがしゃ)は陸、海、空それぞれ行路に対応した乗用魔を揃えているが、今回は陸路用を呼んだ。


 「空の方が速いんだけどな。対勇者部(しゃぶ)の奴らが使ってやがった。鬱陶しい」


 ラウネー課長がそう吐き捨てる。


 対勇者部は魔王軍の花形的ポジションである為、何かと優遇される。空用の乗用魔は彼らが占有していることが多いそうだ。


 「陸用の乗用魔が使えただけ良かったではないですか。そんなに乗り心地も悪くないですよ」


 そう言ってポンポンと座席を叩いて見せる。


 座っているのは荷馬車の座席だが、揺れは少なく、思ったより快適なのは本当だ。荷馬車を引く馬の脚が八本であることが、走行を安定させているのであろうか。


 「乗用魔のことはともかく、対勇者部を『しゃぶ』と呼ぶのはちょっと……。」


 「『しゃぶ』と呼んで何が悪い?」


 対面に座る課長が首を傾げる。


 「元の世界にそう呼ばれていた、いかがわしい薬がありまして……」


 「異世界にはそんな薬があるんですか?」


 別方向から質問が飛んだ。はす向かいに『浮かぶ』マミヤからだ。


 彼女は魔療に精通しているだけあって、異世界の薬に興味を持ったようだ。


 「麻痺させたり、気分を高揚させたり、幻覚を見せたり……薬というか、毒だな。」


 「便利……恐ろしい薬があるのですね。」


 何か不穏な発言をしかけたマミヤが感心した様子で頷く。


 「毒ねぇ。ますます対勇者部やつらにぴったりじゃないか」


 どうやらラウネー課長は対勇者部に対するストレスが溜まっている様だ。部門間の軋轢は世界が変われど不変で普遍らしい。


 


 今回の出張内容は挨拶と視察。


 魔王軍は常に人材を集めている。奴隷の購入はその一環だが、日々強さを増しているという勇者に対抗するには、それだけでは不足だ。


 そんなわけで人事部としては、各地の名のある魔族をスカウトしたり、とある部族と契約して、毎年優秀な若者を送りこんでもらっていたりする。


 今回はその後者。魔王軍と契約している部族(タンゴ族というらしい)への挨拶と、今年登用する若者の様子を見てくる……という内容だ。


 要は「今年も生きの良い奴、頼みますね?」と念押しに行くようなものだ。



 これは2課の業務なのだろうか?俺の業務からは、かなり離れている気もするが……。


 まぁ、名ばかりとは言え課長代理を名乗る身だ。それなりに広範囲な動きを求めらるのかもしれない。


 「タンゴ族というのは強い部族なのですか?」


 わざわざ契約するくらいだ。どれくらい強いのだろう?そう思って課長に聞いてみる。


 「あぁ。奴らは魔力の扱いに長けている。特に魔力を具現化する力……魔法が得意だ」


 「魔法!それは是非見てみたいですね。」


 「魔法を使うタンゴ族……あぁ、『魔タンゴ』のことでしたか。」


 ふとマミヤが呟く。


 「『魔タンゴ』?……もしかしてタンゴ族ってキノコですか?」


 思わず顔が引き攣る。


 「うん?キノコ属だが、何か問題あるか?」


 「い、いえ……。何でもありません。」


 笑顔で誤魔化そうとした……が、その微妙な表情の変化を見逃さない者がいた。


 「ご主人様はキノコがお嫌いなのですか?」


 ネネリである。


 そんな無垢な顔で見詰められると、嘘など言える筈も無い。


 「あぁ……実はそうなんだ」


 「そうなんですね。お料理の際は気をつけます!」


 そう言ってメモを取り出した。


 ほんまにええ子やでぇ……。


 俺がキノコを嫌いだと知っていて食卓にばんばん出したマイマザーにネネリの爪の垢を直飲みさせたい。


 

 ネネリを連れて行く事については迷った。


 (人の事は言えないが)非常に魔力量の少ないネネリである。外に出歩くのは危険という思いもある。


 しかし魔王城の中が100%安全かというと、そうとは思えない。


 主人おれがいない間に、ネネリに良からぬ事をする者がいないとも言えないのだ。



 それに今回は危険な任務でもないし、ラウネー課長やマミヤもいる。傍にいた方が安全かもしれない。


 というか傍にいて。お願い!



 そんなわけで、四人を乗せた馬車はアデラートから西、タンゴ族の村を目指すのであった。




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