第18話 怒髪天

「私の魔力は16なのです……。」


 俺の目の前でスカートをたくし上げ、泣いている少女……ネネリはそう言った。


 そして彼女は跪く。


「申し訳ございません……ご主人様。私は子供の魔力すら無い、できそこない。クズなのです。それを隠していました。ご主人様に優しくして頂く資格なんて、ありません」


 ネネリの涙はとめどなく流れ、ぽたぽたと赤い絨毯に吸い込まれていく。


 俺は落ちる涙を遮るように、彼女の頬に手を当てた。


「ネネリ、君は何も悪くない。君は……悪魔のネネリにとってはおかしいかもしれないけど……天使の様に可愛いよ。それだけで十分だ」


「でも……私の魔力は……」


「そんなことは気にしない。俺も……凄く弱いからね」


 あらん限りの力を顔に動員して《ドミニクスマイル》をキープしながらそう言った。


「そんなことより、ネネリ。このふざけた数字を書いたのは、あの奴隷商かい?」


 俺の腸(はらわた)は煮えくり返っていたのだ。


「えっ?あっ……はい。奴隷商です」


 あの畜生……俺のネネリになんてことを!


 ネネリの値段を吹っ掛けた事は良い。それは俺の無知が招いた代償。

しかしコレは許せない。こんな場所に……くそっ!


「他に何かエッチな嫌……なことをされなかった?」


「いえ……あまり興味がない様でした。商品ですし……」


「そっか……。良かった」


 安堵しつつも怒りは収まらない。


 ふん。その辺はプロということか。しかしこれで奴は、俺の『今すぐぶち殺したいランキング』でロン・アンベルトを抜いて堂々の首位に立った。


「次に会った時が奴の命日だな。」


「え……えぇ?」


 おおっと、思わず心の声が漏れてしまった。


「いや、何でもない。それより早くお風呂に入っておいで。コレも消さないとね」


 そう言って頬から手を引いて、彼女の太ももを指さす。


「奴隷暮らしで疲れているだろ?お風呂から上がったらお休み。隣のベッドを使うといい」


 そう、部屋には何故かベッドが二つある。二つあるからには使わねばならない。……誰だ?こんな設計にしたのは。責任者呼んで来い。


「ベッドなんて……そんな」


「いいかい。ネネリ。これは『命令』だよ?」


 彼女の濡れた瞳を見ながらそう告げる。


 やがてネネリは涙を拭って答えた。


「はい……。申しわ……有難うございます。ご主人様」


「うん」


 俺はその時、今日一番の笑顔ができたと思う。




 隣でネネリが寝ている。


 いや、正確には隣のベッドで寝ている。四文字加えるだけで、何故こうも違うんだ。


 どうしてこうなったのだろうか?今日まで色々シミュレーションを重ねてきたというのに。


 やはり、下手に最初から紳士的な対応をしてしまったのがいけなかったか?


 人一倍のエロい心を持ちながら、普段相手に優しく対応しすぎて、いざとなって狼に成りきれないという童貞特有のジレンマの様だ。


 やはりネネリは疲れていたのだろう。ベッドに入ってすぐにスゥスゥと寝息が聞こえてきた。


 それはまるで天使の調べ。心が洗われ、浄化されるようだ。


……魔族だけど大丈夫だよね?昇天しないよね?まじで。


 しかし、こうして彼女の穏やかな寝息を聞いていると、自分の行動は間違っていないと思えてくる。


 もし、今獣になってしまったら、俺は自分を止める自信が無い。すぐに彼女は身篭るだろう。その自信はある。


 多額の借金を抱える現状、子供が出来ても養育費が捻出できないのは確実。そんな無責任な行動はできない。堅実な魔生設計を描きたい。


 あとは……ネネリに嫌われたくない。


 そんな臆病な理由が少しだけある。あくまで少しだけだ。



 ネネリを無事迎え入れることができて安心したのだろうか。俺もいつしか眠りについていた。

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