第17話 ネネリの秘密

 城門まで来て、ネネリが足を止めた。 白のワンピースが揺れる。


 どうした?と振り返ると、体を硬直させて恐る恐る聞いてくる。


「あ、あの……ご主人様はお城にお住まいなのですか?」


「そうだけどお……かしい?俺が軍の人間ってことは知ってるよね?」


「はい。ヤウダ……奴隷商とのお話を聞いていましたから。でも、まさかお城に住まわれる程の方とは」


 確かに城に住んでるのは役職者だけだな。役が無い者は、殆どが魔王城より北の居住区に住んでいると聞いた。


 一般の魔族は普段城に立ち入ることは無い。ただその威容を遠くから眺めるのみだ。そうした者から見れば、課長代理とはいえ、城に住むというだけでそれなりの権威があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ネネリはハッとして頭を下げる。


「も、申し訳ございません!ご主人様がお若く見えて、失礼なことを」


「全然気にしてないよ。(体は)18歳だし、そう見えて仕方ない」


 あまり恐縮させるのも忍びない。ここは《ドミニクスマイル》で彼女の不安を消し飛ばそうではないか。


「そんなに偉くもないしね。それに、ネネリもここに住むんだよ?」ニッコリ。


 その瞬間、彼女の表情は完全に凍った。


 え……。《ドミニクスマイル》が気持ち悪かったのだろうか。


「ど、どうしたの?」


「いえ、私の様な者がお城に住むなんて……。う、馬小屋でしょうか?」


「そんなわけないでしょ!俺の部屋だよ」


 そう言うと、ネネリは「そんな……」とか「でも」とか呟きながら、表情を暗くしてしまった。


 ……あっれー?俺の部屋が嫌なのかなぁ?




 城内へ入ってもネネリは所在なげにおろおろしていた。そんな姿もいと可愛い。


 とはいえ、そんな彼女をいつまでも愛でている程、俺も畜生ではない。


 美味しい食事と、湯船にでも浸かってリラックスしてもらおう。 予めマミヤには食事の用意をお願いしてある。


 部屋に常駐している黒い狐の使い魔に、マミヤへの連絡を頼む。使い魔は各部屋に必ず配置されており、主に社内の連絡手段として使われいる。


 命令を受けると黒狐は使い魔専用の穴へ吸い込まれるように消えた。


 しばらくして彼女は、ホテルのサービスワゴンの様な物に食事を載せて現れた。


「準備が整いました。どうぞ。」


 綺麗に皿を並べたマミヤが促す。料理は彼女が作ったのだろうか。テーブルには色とりどりの食事が並んでいる。正直、どんな食材を使っているのか、ましてや味等は全くわからない。何故なら、転生してからちゃんとした食事をとるのは初めてだから。


 吸血鬼たる俺は、血成コーヒーさえ飲んでいれば食事は必要ない。しかし、全く食べられない訳では無いし、味覚も変わっていない様なので食事を楽しむことはできる。


 ネネリが中々席につかないので、腕をとって座らせる。ぽかんとした顔のままで彼女が尋ねる。


「あの……私が食べて良い物はどれでしょうか?」


「全部だよ?」


 彼女は目の前の食事が自分の物であることが信じられないようだ。固まった彼女の為に、皿に食事をとり分 けてあげる。


 それで呪いが解けたのか、「申し訳ありませんっ!」と食事の載った皿を受け取った。


 奴隷暮らしはろくな食べ物が出なかったのであろう。ネネリは遠慮しながらも、少しずつ食事を始め た。


「おいしい……」


 ネネリの顔が思わず綻ぶ。


 やっと笑顔が見れた!


 俺は少しほっとして食事を始めた。


 ところが、食事を終えたネネリの表情は、城に入る前より更に沈痛なものになってしまった。


 もうこうなったらコレしかない!ということでお風呂を促した。世の女性でお風呂が嫌いな者はいないはず だ。


「ネネリ。お風呂に入っておいで。綺麗になるよ」


「ご主人様。私、やっぱり汚いですか?臭いですよね……」


 はぐぅーー!酷い誤解をさせてしまった!


「違う違う!ネネリは汚くないし、臭くない!例え臭くてもそれはそれで……いや、臭くない! それに……とても可愛い」


「可愛い……」


 ネネリは復唱するようにそう呟くと、堪えていたものが決壊するかの様に、ポロポロと涙を零した。


「ネネリ?」


「私は……偽っています。ご主人様を欺いています。ご主人様に優しくして頂ける程の価値はありません。」


 ネネリは何を言ってるんだ?君の様な純真そうな子がそんなことするわけ……。


 だけど。


 偽り。欺く。それは今、俺が最も嫌いな言葉だ。そうなったのは「ごく最近」だが……思わず眉間に皺が寄る。


「一体どうしたの?教えて」


 できるだけ、抑えた口調で問う。


「ご主人様は私のことを……可愛いと……そう仰って大金をお支払になりました。だけど……魔族の中で、 顔……ましてや人型の顔の違いを気にする者は稀です。本当は私に250万マークなんていう価値はありません。」


 あ……


 やられた……


 確かに、ロンは言っていた。


《魔族は目が腐ってるんじゃないか?》


 事実、誰もロンの変装を見抜けなかった。 魔族は人の顔の違いに疎かったんだ。


 あの奴隷商は、俺が奴隷の容姿を重要視しているのを察知して、一か八か吹っ掛けたのか……。普通の魔族相手には到底売れない高値で。


「私は奴隷商の命令とはいえ……それをお伝えしませんでした」


「でもそれは――」


「それにご主人様はこれをご覧になっておりません」


 ネネリは遮るようにそう言うと、おもむろにスカートをたくし上げる。彼女の真っ白な柔肌が露わになる。


「えっ?いやっ、ちょっと!ネネリ!」


 慌てる俺をよそに、ネネリは自らの太もも……足の付け根に程近い部分を指さす。


 そこには未踏の雪原を穢すかのように、無粋な数字が書かれていた。


「16……?」


「これが……私の魔力量です」

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