第16話 〇〇で奴隷購入

 日が落ち始め、夜の闇が魔王城下町アデラートを覆い始める。それに呼応するかの様に魔族達も動き出し、統率された軍隊の様に東を目指す。


 俺はその流れに逆行して、奴隷市場を走る。懐にはきっちり250万マーク。


 そう、俺は250万マークを手に入れた。これでネネリを買える。


 どうやって金を工面したか?決まっている。


 会社から借りたのだ。


 即ち、給料の前借り。


 正直、この手は使いたくなかった。元々俺は真面目・勤勉の二枚看板のみで課長代理に成った男だ。そんな俺にとって「給料の前借り」なんて想像すらしない行為。もしそんな奴を見かけたら、心の中で侮蔑と嘲笑を贈っていただろう。


 そう思っていた時期が俺にもありました。


 勇者にんげんに体をズタズタに斬り裂かれた今、そんなことは毛程も気にならない。


 あの時、俺は元人間としての「何か」を壊されたのかもしれない。


 故に、即断即決、即土下座である。


 前借りするにあたり、ラウネー課長が出した条件は二つ。


 ①毎月の返済 10万マーク


 借金の定期返済である。俺の給料は15万マーク。差し引き5万マークで、毎月やり繰りせねばならないが、意外に苦では無い。家賃はタダだし、食費も殆どかからない。血成コーヒーがあれば、食事は食べても食べなくても良い。娯楽などは興味が無いし、暫くは馬車馬の如く働くのだ。


 ②週一度ラウネー課長の部屋に来る事


 お安い御用である。元々仕事の進捗等の報告に行くつもりだったので、条件になっていない。ラッキーだぜ。


 正直、拍子抜けする程あっさり借りることが出来てしまった。


 そんな訳で、お金を受け取りラウネー課長に頭を下げ、社を飛び出したのである。


 あのゴブリンの奴隷商の元に着いた時は、ゼイゼイ肩で息をしていた。


 爆走した甲斐あってか、店はまだ閉まっていない。俺は直ぐにゴブリンを呼び出し、目の前に金を積んだ。


「遅くなったが金は用意した。これでネネリを売ってくれ。」


「お客様なら、必ずいらっしゃると信じておりましたよ。少々お待ちください。」


 ゴブリンは恭しく礼をして、店の奥へ消えた。


 暫くして、ゴブリンがネネリを連れて戻ってきた。


 相変わらずネネリは可愛い。


 彼女は俺を認めると、一瞬驚いた様な表情をした後、俯いてしまった。


 あれ……?嫌われてる?前に会った時は寧ろ好印象だと思ったんだけど……。


「お客様、奴隷印は如何致しましょう?」


 彼女の表情の変化に心を奪われている俺をよそに、ゴブリンが問いかける。


「必要無い」


 俺は即答する。この世界の奴隷印に特別な効力は無い。ただその奴隷が誰の所有かを表すだけだ。そんなものをネネリの綺麗な肌にうつ必要性は全く感じない。


「畏まりました。では代金を頂戴します。ネネリ、お客様のところへ」


 そうゴブリンが言うと、ネネリはこちらへやって来て深々とお辞儀した。


「宜しくお願いします……ご主人様」


 ネネリの澄んだ声は、か細く震える様だった。




 魔王城かいしゃに戻る道すがら、少し寄り道をした。ネネリの服と靴を買う為だ。


 彼女の今の格好といえば、布に穴を開けただけの様に見える、服とは言えない代物を着て、裸足という有様。


 それはそれでアリ……いやいや、ちゃんとした物を着てほしい。


 手持ちの全財産は84,000マークと寂しい。更に借金250万マークを背負う身としては、無駄使いは許されない。


 しかし、これは必要経費。生活費より優先度は上である。


 なにせ、ボロ布一枚でこの可愛らしさ。服で着飾ったらどうなるか・・。うふふふ。


 俺は半ばスキップをしながら服屋に入ろうとする。


 「ご主人様、ここは……?」


 「服屋だよ?ネネリの服を買わないとね。あと、靴も買うよ」


 「服は着ておりますが……。それにお金が有りません」


 ネネリは真顔で聞く。本気の様だ。


 「それは布!もっと可愛……ちゃんとした服を着よう。お金は心配しなくていい。」


 「で、でも……そんな……」


 「いーから!」


 戸惑う彼女の腕を引っ張るように、店へ入った。



 服屋に入るとすぐに店員が擦り寄ってきて、流行りがどうの、お連れの方がどうのと五月蝿いが、全く頭に入らない。


 試しに着てみた黒のメイド服が、あまりにネネリに合いすぎて見惚れていた。漆黒の髪が服に溶けて、その妖艶さを醸し出している。まさに小悪魔。


 決めた。これを正装としよう。異論は認めない。金額は……ぐぬぬぬ……27,000か。買い!


 これで服は決まったが……あと一着、あと一着は欲しい。メイド服が黒だから……白だな。白のワンピース!これ、いってみよう!


 そんな安直な理由で選んだワンピースだったが……ベストチョイスだったかもしれない。白衣に身を包んだ彼女は天使としか良いようがなかった。


 神様、あんた、また設定間違っただろ。いい加減、《どっちもイケる》のはズルいよ。天使にも悪魔にもなるなんて……。



 結果


 ワンピース、18,000マーク。

 靴、10,000マーク。


 メイド服と合わせて、55,000マークの出費。

 残金 29,000マーク。


 生活費?まぁ……大丈夫だろ?


 唯一の気掛かりはネネリの表情が終始暗かったことだけだった。


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