第15話 土下座

 目が醒めると、綺麗な女性が俺の顔を覗き込んでいた。夢だろうか。


 とても美人なのだが、夢にしては俺の好みとは少し違う。


 少し年上かな?勿論、十八歳の今の自分と比べての話だ。四角いフレームの赤いメガネに、キリッと引き締まった口元、アップにした黒い髪が、「できる女」感を最大限に演出している。


 そのお姉さんが尋ねた。


「大丈夫ですか?痛みはありますか?」


「はい……大丈夫です」


 それは本当だ。


 得体の知れない熱さで、夢の世界から強制送還され筈だが、今はそれが嘘だったかの様に何とも無い。


 気分も何かスッキリした様な、悪くない感じだ。


 強いて挙げるなら、この状況がマズイのではないか?何せお姉さんの顔は、仰向けに寝た俺のすぐ真正面……その距離約50cmにあるのだから。


 この距離で真正面に顔があるという事は即ち、お姉さんは俺に跨がった状態である事が推測できる。


 それは十八歳の健全な少年の体を持つ俺にとって、色々マズイのである。主に下半身が。


 自然と目がそちらに向いてしまう。しかし、そんな俺の心配は無用だった。何しろ、下半身が無いのだ。いや、俺のは無事。


 お姉さんは下半身が無かった。


 下半身にあたる部分は白い靄がかかっているが、時折「向こう側」が見えるので、そこに何も無いのは明らか。


 ゴースト……とかいうヤツ?


 お姉さんは俺に問題が無い事を確認すると、後ろを振り返る。


 その視線の先を見て、初めて他の者がいる事に気付いた。


 アルデフロー課長とラウネー課長だ。


 アルデフロー課長は相変わらず無表情だか、ラウネー課長は若干涙ぐんでいる。


 部下の為に泣くなんて、こいつ良いとこあるな……。


 ラウネー課長への好感度メーターがやや上昇したところで、お姉さんが自己紹介を始めた。


「初めまして。人事部3課のマミヤと申します」


「えっ?あっ、2課のドミニクです」


 思わぬちゃんとした挨拶に面喰らってしまった。


「はい、存じております。今後とも、宜しくお願い致します。」


「宜しくお願いします……?」


 何を宜しくなのか疑問形になりながら、アルデフロー課長達へ、説明を求める視線を送る。


「彼女は魔力治療に長けていてな。今後のお前の経過観察を兼ねて、私の役割を引き継いでもらう」


 アルデフロー課長の役割とは俺の監視。なるほど、理にかなっている。何故そんな人材が3課に居るのかは別として……。


「……そうですか。宜しくお願いします」


 改めてマミヤに挨拶を返した。


「挨拶はそれ位にして、聞こうか。何があった?」


 俺はゆっくり頷いた後、説明を始めた。






「馬鹿なっ!聖力と魔力同時にだと!?あり得ない!」


 ラウネー課長がかぶりを振る。


「ラウネー、同時ではないよ。そうだろ?」


 アルデフロー課長が俺に問う。


「はい。『勇者封じの小瓶』で聖力を奪った後に、魔力を使っていました。同時に使った訳ではありません」


「それが何なんだ?ヤバい事に変わりは無いだろう?」


 アルデフロー課長が静かに答える。


「同時に使うことはさほど脅威ではない。真に恐ろしことは、奴が隠していた力の総量だ」


「どういう事だ?」


「そもそも、聖力と魔力、その性質は真逆だが、根源たる力は同じと言われている。つまり、奴から奪った聖力も、後から放った魔力も、元々奴に内在していた力ということになる」


 そう言うと、アルデフロー課長は小瓶を取り出す。


「この小瓶には、既にC級相当の聖力が入っている。壊れなかったのは僥倖だな。」


「お、おい。じゃあ奴は……」


「あぁ。この小瓶に入った聖力に加えて、それと同等の魔力を放ったんだ。奴の真の力はB級以上と推測される」


「そ、そんな化け物が街中にいたのかよ……」


 ラウネー課長は呆然として小瓶をみている。


「小瓶が壊れなかったのは、ロンが途中で『力』を切り替えたからでしょうか?」


「だろうな。奴にしてみれば、小瓶にどれくらい聖力を奪われるか分からないんだ。咄嗟に判断したのだろう。その際、多少は弱ったようだが」


「ロンの場合はそれすら演技の可能性もありますが……」


 あのクソガキであれば十分あり得る。


 あいつはずっと笑っていた。笑いながら俺を斬ったんだ。


 ……しかし俺はズタズタに斬られた筈だが……。斬られた腕も元通りで、傷一つ見当たらない。吸血鬼の再生力とやらで治ったのか?それとも、マミヤの魔力治療のお陰?


「私はどうして助かったのでしょう?」


「それは答えられない」


 アルデフローが即答したので耳を疑う。


 あの、何でも答えるアルデフローが答えられないだと……?一体どんな事情があるんだ?


 とはいえ、一度言わないと決めたアルデフローを問い詰めても意味がないだろう。


 しばらくは心を落ち着かせる意味でゆっくりしよう。何せ此処は俺の部屋だ。何ならもう一回寝てしまうのもいいだろう。


 ん?


 寝る?


 待てよ……?何か重要なことを……。


 !!


 俺はベットから跳ね起きて、ラウネー課長に縋(すが)る。


「俺はどの位寝てましたか!!?」


「ひっ!?ま、丸一日……?」


 丸一日!間に合うか!?ギリギリか!?


 迷っている暇はない!


 俺はそのまま、流れるような動きで跪いた。


「ラウネー課長、お願いがあります!」


 転生後二度目の土下座だった。


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