第12話 決裂
俺の腕が……なんで……?
理解が追いつかなかった。
かつて己の手があった空間では、ピューピューと血のアーチが描かれている。
床に落ちた腕が自らのモノであると認識されると、痛覚が覚醒する。
痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!
眼前には目一杯に口角こうかくを上げた少年、ロン・アンベルト。その笑顔は「悪魔」そのものの様だ。
こいつは何だ!?この気持ちの悪い笑みのガキは!
「あはぁ……良い表情かおになってきたね、おにーちゃん。ヤる気が無いとか言うから拍子抜けしちゃったじゃない」
そう言いながら、ロンは左手を振る。「ピチャッ」と何かが床に飛んだ。俺の血だ。ロンはいつの間にか果物ナイフを持っていた。
あれで……俺の腕を斬ったのか?あんな物で……くそっ!馬鹿みたいに痛ぇ!
まるで心が読めるかの様にロンは言う。
「あはは。唯の果物ナイフだよ。でもね、こうすると聖剣になるんだ」
ナイフを握ったロンの拳が、光に包まれる。その光は徐々に拳からナイフへ移動し、やがて完全にナイフを覆った。金色こんじきに輝くそのオーラは聖力そのもの。魔族の俺にとって、これほど凶々しい物は無い。
「キレイでしょ?」
そう言って首を傾げる。ロンは不気味な笑顔のままだ。
「僕のお話どうだった?面白かった?」
「全部……嘘か!」
「そうだよ。僕はね、この街で狩りをしてるんだ」
「……狩り……だと?」
「そ!勇者はねぇ、どうやって強くなるか知ってるでしょ?魔族を狩るんだよ。ここは僕の狩場なんだ」
「街のど真ん中で……ふざけやがって!」
「あははぁ。魔族は目が腐ってるのかな?あんな変装で誰も気付かないの。でもね、たま〜におにーちゃんみたいな目が良い人がいるんだ。そういう人は、決まってあのエストとか言う建物から僕の元へ来るんだ。」
「だからあんな所で、遊びの真似事なんかしていたのか!?」
「真似事じゃあないよぉ。本当に遊んでいたんだ。僕の首に目が眩くらんで、ノコノコやって来る獲物を狩る『遊び』を。」
そう言うが早いか、ロンは聖剣と化したナイフで突きを繰り出した。目で追うことすら困難な不可避の一撃を受け、俺は胸を刺されたまま、壁に打ち付けられた。
「がっ……はっ!」
胸に刺さったナイフと、壁に激突した衝撃が再び俺の痛覚を刺激する。
あまりの苦痛に身じろぎしようとするが、身体からだを貫いて壁に突き刺さったナイフは、ピクリとも動かない。
痛え!痛え!痛え!
くそっ!早くこれを抜いて距離を……。
伸ばしたドミニクの左手は、直ぐにロンの右手に掴まれ、圧倒的な膂力りょりょくで押さえ込まれた。
「あははぁ。無理だよぉ。おにーちゃんの力じゃ」
ロンの不気味な笑顔が、目の前にある。
くそっ……。俺は馬鹿だ。何でこんな奴を……。罠だと分かっていたのに。危険だと感じていたのに。
馬鹿だ!大馬鹿だ!動けよっくそっ!
残った左手も完全に封じられ、ドミニクに出来ることは中に浮いた足をバタつかせ、足掻く事だけだった。
嫌だ!絶対に嫌だ!こんな間抜けな死に方!許さない!認めない!だから動けよっ!
「うーん、いい顔になってきたよぉ」
認めない認めない認めない認めない認めない!
ロンが腰からもう一振りナイフを取り出す。
動けっ動けっ動けっ動けっ動けっ!
「おにーちゃんと『遊ぶ』のは楽しかったよ。でも、もうお別れ。」
また死ぬなんて許さない!こんな死に方許さない!
ゆっくりとナイフを手にした左手を振り被る。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!だからっ!
「ばいばーい」
「動けえぇぇぇーーーーー!!」
ロンが右手を振り下ろすのと、それは同時だった。
自らへの怒りと生への執着が、33年の人生で積み上げた常識を凌駕りょうがした。
床に落ちた右手・・・・・・・が動き出す。
切り札はその指に摘まれたままだった。
「ポンッ」という拍子抜けする様な音と共に『勇者封じの小瓶』の栓が開いた。
ロンを包むオーラが竜巻に吸い上げられるが如く小瓶に喰われていく。
ロンは驚愕で目を見開くが、その表情はみるみる憔悴していく。
「なっ……に……そ……」
俺を抑えつけていたロンの手から、力が失われていく。
「どけっっ!!」
聖力を奪われ、完全に脱力したロンを、俺は思い切り蹴飛ばした。
左手でナイフを抜く。
「……う……ぐっ!」
鮮血が噴き上がる。
くそっ!痛ぇ!滅茶苦茶痛ぇ!
たけど……死ななかった!死ななかったぞ!
憎悪と苦痛と安堵が交錯する頭で考える。
血の量がやばすぎる。早くここを出ないと……。
「なにしてるのー?」
バッ、と声がした方に顔を向ける。
ログハウスの入口に立つのは、悪魔の子供、ネロンだった。
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