第7話 身分証明

 外での癒しとは無関係に、エストの中は騒々しい。


 今も目の前で、ゴブリンとオークが何やら言い争いをしている。


「チビのゴブリンにはこの依頼は無理なんだよ!諦めて俺に譲れ!」


「ふざけんな!誰が能無しオークに譲るか!依頼を受けたのは俺なんだ!」


 依頼を受ける権利で揉めている様だ。聞こえる範疇ではゴブリンに理がありそうだが、揉め事は御免だ。スルーしたい。


 ・・のだけれど、通路を塞がれ進めない。ジャマだ。


 暫く待つが、言い争いは一向に終る気配はない。


 仕方ない……と、2人が睨み合う間を、体を小さくして通り抜けようとする。


「ちょっと失礼しまーす」


「なんだ?邪魔すんのか?ガキが!」


 ゴブリンが声を荒げる。


 哀しい習性なのだろうか。反射的に背筋が伸びてしまう・・


「いえ!そんな事は決し……」


 ゴンッ!


 俺の頭はオークの顎に、見事クリーンヒットしてしまった。


「ぐぉっ!!」「痛っ!」


 オークと同時に呻く。


 頭を抑えて蹲っていると、立ち直ったオークがズンズンやって来て腕を振り上げた。


「テメェ!ふざけやがって!」


「も、申し訳ありません!」


 俺は姿勢をそのまま土下座に移行したが、オークは御構い無しだ。


 あぁ、また殴られる。あのワニ男に続いて、短い間に何回吹っ飛ばされんだよ。沸点低過ぎなんだよ、魔族。やっぱりこの子供の格好が舐められるのか?髭でも付けるか?でも、髭似合わないんだよな……あれ?殴られない。


 恐る恐る顔を上げると、オークは腕を振り上げたまま固まっていた。


 うん?どうした?


 オークは怒りのボルテージを急激に下げて言う。


「な、なんだよ。軍のお方か。早く言ってくれよぉ。ぶつかって悪かったな。ささっ、通ってくれ」


 ……しまった。服を着替えてくるのを忘れていた。今回はこの魔王印の服のお陰で助かったようだが。


 ……何だろう。恥ずかしい。


「いえ、此方こそ失礼しました」


 ペコリとお辞儀して、そそくさと受付へ向かう。


 受付をしていたのは悪魔だろうか、二本の角が生えたセクシーなお姉さんだった。


「いらっしゃい。申し訳ないけど、身分を証明するものはあるかしら?」


「身分証が必要なんですか?」


「えぇ。普通は確認なんてしないけど、貴方の場合は・・ほら、 完全な人型じゃない?見た目じゃわかんないのよ」


「なるほど……」


 魔力解放では駄目なのか?身分証なんて持ってない……いや……癪だがまたコレに頼るか。


 俺はクルッとターンして背中を見せる。


「これでいいですか?」


「えぇ、結構よ」


 そう言ってお姉さんは微笑む。


 上手く行ったけど、毎回コレを見せるのは恥ずかしい。総務に名刺とか作ってもらおう。


「どういった依頼を探しているのかしら?」


「一週間以内に250万マーク稼げる依頼を探しています。ありますか?」


 お姉さんの表情が曇る。


「う〜ん、250万はちょっと難しいわね。1番高額なのはコレなんだけど……」


 そう言って羊皮紙を取り出す。


「ネーレ山脈でのグルテン鉱石の入手ね。手の平大で170万マークになるわ。でも、貴方・・飛べないわよね?」


「はい……。遠いのですか?」


「徒歩だと往復するだけで一週間はかかるわ。鉱石を探していたら、間に合わないわね」


 お姉さんは思案気に顔を傾ける。


 飛行能力か。そんな能力は勿論ないが、会社で調達できるだろうか?


 しかし、俺は本当に無能だな。


「他にはどんな物がありますか?」


 半ば自嘲気味になりながら聞いてみる。


「一週間となると近くの薬草採取とか探し物、壊れた家の修繕、依頼者の警護……そんなものかしら?でも、ここにあるものをかき集めても250万マークは無理よ。」


「そうですか……。」


「あとは……賞金首狙いになってしまうわね」


 そう言ってお姉さんは賞金首のリストを渡してくれた。


 リストはE級からS級まであり、各報酬はこんな感じだ。


E級 〜100万(騎士団長クラス)

D級 100万〜500万(高位神官、エッグ)

C級 500万〜1000万(英雄、強国の大臣)

B級 1000万〜5000万(英雄、国王、教皇)

A級 5000万〜1億(勇者)

S級 1億〜(勇者)


 なるほど、俺が戦えそうなのはE級までか。だが、250万を稼ぐには複数倒さなければならない。実力差が無い相手にこれは厳しい。


 ……うん?これは何だろう。


「このD級のエッグとは何ですか?」


「エッグは勇者の卵ね。勇者の資質を持ちながら、英雄の域にまだ達していない者よ。当然、私達にとって勇者の芽を摘むことの優先度は高いわ。英雄までになってしまうと手がつけられないしね。だから能力的にはE級であっても、D級相当の報酬が支払われるわ」


 ほうほう……とリストを眺める。


 リストには写真としか思えない様な、賞金首の顔が載せられている。


 どんな技術なんだ?はたまた特殊能力というやつか?まだまだ謎が多い。それにしてもこのリスト……


「これ……子供じゃないですか?こんな子供も対象なんですか。」


「えぇ、子供も老人も関係ないわ。重要なのは私達への脅威だけだから。」


 そりゃそうだけど……と釈然としない気持ちでリストをパラパラめくる。


 ふと、1人の少年が目に入った。


名前:ロン・アンベルク

クラス:D級エッグ

武器:片手剣・ナイフ

備考:姉を追って魔族領に潜入しているとの情報有り

報酬:320万マーク


 なんだろう……デジャブか?


 この子供はどこかで……いや、見た。見たぞ。確実に見た。それも、つい20分程前に。

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