第5話 ネネリ

 あと25万マークを得るにはどの様な手を打つべきか。


「旦那……」


 どうする?どうする?俺。投了しちゃう?……ローンとか無理かな?


「旦那……奴隷をお探しですか?」


 羽生○人状態で集中している時になんだよ!?


 五月蝿いな!と鬼の形相で振り返ると、そこには小柄の男がいた。


 男は「ひっ!」と呻いて醜悪な顔を更に歪ませる。ゴブリンのようだ。


「何だ?私は今、対局中で忙しいんだ」


「も、申し訳ありません。奴隷をお探しの様に見えたので。もし宜しければ、ウチの商品を、と思いましてね」


 俺はチラリとそのゴブリンの店に目を向ける。残念ながら、そこは既にチェック済みだ。


 なるほど、確かに品揃えは良いが、俺が探す条件(美人)には合致しない。


「悪いが私の探している奴隷の条件には当て嵌まらないようだ」


 そう言って立ち去ろうすると、ゴブリンは怯まず言葉を返した。


「いえいえ、私共にはまだ目玉商品がございます」


 ニヤリ、と笑ったその顔は勝利を確信しているようだった。


 ゴブリンに招かれ露店の裏に回ると、そこには布で覆われたケージがあった。


 男が布に手をかけて、勿体振るかのように一拍おき、「サッ」と勢い良く布を引いた。


 現れたのは長い黒髪の少女。


 歳は少年になった俺と同じくらいか、少し幼いくらい。


 薄い布しか纏っていない為、華奢な体型がよく分かる。かと言って貧相という訳でもなく、歳相応の発育が見て取れる。


 シルエットは完全に人だが、脚の後ろに、悪魔的な尻尾が僅かに動いている。


 そして、そして……滅茶苦茶可愛い。長い睫毛に、大きな瞳。鼻は小さくスッと通っており、透き通る肌にピンクの唇が艶やかだ。


「何故だ?」


 俺は問う。


「何故、私がこのような(美人の)奴隷を探していると分かった?」


 ゴブリンが満面の笑みで答える。


「私もこの仕事を100年以上続けております。お客様の眼を見れば、どの様な奴隷をご所望か分かってしまうものです」


 なんと……俺の30年の目利きの眼を、100年の目利きに捉えらていたとは……。これがプロか。


「それにお客様は魔王軍に御関係ある方とお見受けしました」


「な……!どうしてそう思う?」


 俺は思わず動揺してしまう。別に問題は無いだろうが、見知らぬ地で不必要に情報を垂れ流すことは危険だ。


「いえ……背中にその証拠が……」


 慌てて上着を脱いで確認する。


 そこには「魔」の字を○で囲った刺繍が施されていた。


 ……これ大丈夫か?著作権的に。


 俺は何事も無かったかのように上着を着て、わざとらしく咳払いをする。横目で少女を見ると、少し微笑んでいる様に見えた。胸がドキドキする。


 スッと真顔に戻し、ゴブリンの方に向き直った。


「なるほど。よく分かった」


「え、えぇ。そんなわけでお客様が魔王軍の方とお見受けして、当店の目玉を見て頂いたのです」


 ゴブリンが「御覧下さい」と言わんばかりに少女に手を向ける。


 顔を向けると少女と目が合う。恥ずかしいのだろうか、少女は頬を染めて俯いた。


 あぁ、可愛い。


「彼女はリリムでしてね。名前はネネリと言います。何世代前かに人の血が混じっているのですが、見ての通り美しい顔をしておりましょう?その分、お値段は張るのですが……」


 それで軍関係者の俺に声をかけたわけか。


「いくらだ?」


「250万マークになります」


 馬鹿な。予算の2.5倍だと?そんな金どこから捻出できる?不可能だ。


 しかし、あの子を逃すのは……。あんなに可愛い子を前に、俺はスゴスゴ帰ることしかできないのか?


 くっそ~、金が欲しい!


 思わず地団駄を踏みそうな程の苛立ちを、ぐっと抑えて言った。


「すまない、今は手持ちが足りないんだ。厚かましいかもしれないが、必ずまた来るから、その子は売らないで欲しい」


 ここで全てをぶち撒けても、メリットは無い。金が無いことが分かれば、この男も態度を変えてしまう。ネネリを得る機会を失うだけだ。


 ここは出直す。社に持ち帰り戦略を練るべき。


「そうですか。しかし此方も商売ですからな。期限を設けさせて頂きます。1週間でどうでしょう?」


 期限を付けるのは奴隷商からすれば当然だろう。1週間は短いが……ここで安易に期限の延長を申し出れば足元を見られる。呑むしかない。


「分かった。宜しく頼む」


 俺はそう短く言い、踵を返した。


 去り際に見た少女は俯いており、その表情は伺えなかった。





 社に戻った俺は、自室で瞑目めいもくする。


 金を工面しなければならない。


 それも『250万マーク』だ。不足分の『150万マーク』ではない。


 何故なら彼女……ネネリは『俺の』奴隷にする。そう決めたのだ。


 獣人の少女とラミアのお姉さんも惜しい。経費で買ってしまいたい。だけれども、ここは我慢だ。自費でネネリを買うことは決めたが、この会社の金、100万は虎の子。250万の元手になりうるし軽々に使うことはできない。


 あと1週間でどうやって金を稼ぐ?100万マークを元手にギャンブルか?或いはバイト……1週間で250万稼ぐとなると、ヤバイ臭いしかしないが。


 困った時のアルデフロー先生だ。


 俺はアルデフローに自費で奴隷を買いたいことを伝え、金策の方法を訊いた。こんな時は素直に相談するのが吉だ。コソコソやって、大事になればリスクはでかいし、上司から何らかのフォローがあるかもしれない。


 まぁ、アルデフローは俺の直接の上司ではないのだけれど。


「金策か。短期となると、やはり賞金首を狩ることだな。勿論、1番高額なのは勇者だが、人族の有力者には軒並み賞金が懸かっている。魔族も裏切り者には同じ様に賞金が懸かっているが……当たり前だが、どれも危険だ」


 向かいに座る少年が淡々と語る。


「でしょうね。賞金はどの程度なんですか?」


 俺はカップに手を掛けなが問う。


「賞金額の幅は広い。勇者は億を超える者もいる。250万であれば人族の王国騎士団長クラスを狩らねばなるまい。勿論、人族の領域でそれは至難だ」


「騎士団長クラス……。私に勝てますか?」


「負けることはないが……ギリギリというところだろうな。貴様は魔族とはいえ、ベースが吸血鬼だ。戦闘力は高くない」


「そうですか、吸血鬼では仕方ありませんね……え?俺、吸血鬼だったの!?」


「あぁ、吸血鬼は真祖を除いて強力な者はいない。お前も無理はしないことだ」


 こいつ……そんな衝撃の事実をサラリと言うなんて憎たらしい。


「いや、ちょっと待ってください!そんなこと聞いてませんよ!それに吸血鬼なら……吸血衝動が無いのは何故ですか?」


 俺は異世界に来てから何も食べていない。それは魔族になったからだと思っていたが……。


 アルデフローは此方を指差し言った。


「飲んでいたからな。その《血成コーヒー》を」


 オゲー!これかよ!唯のコーヒーでは無いと思っていたけど、まさか血だとは……。味覚も吸血鬼仕様になっているということか?


 だめだ、混乱している。落ち着く必要がある。


 ふーっと深呼吸する。


 整理しよう。


 俺は吸血鬼。


 しかし食事はコーヒーで事足りるようだ。


 金が必要で、賞金首を狩りたいが、どうやら弱いらしい。人族の騎士団長クラスと良い勝負ができる程度。


 オーケー。落ち着いてきた。聞きたいこたはまだまだある。


「すみません、もう大丈夫です。しかし、重要なことは先に教えて下さい。」


「聞かれなかったからな」


 少年は澄まし顔でそうこたえる。


 ぐぬぬ……こいつ、確信犯じゃないか?


「わかりました。賞金首狙いは難しそうですね。他には?」


「稀少なアイテムを手に入れることだ。薬草や鉱物等が多い。報酬は、これもピンキリだが、賞金首程ではない」


「ふむふむ。そういった仕事は何処で斡旋してもらえるんですか?ギルド?」


「ギルドは人族のものだろう?魔族は魔王軍が斡旋している」


「なんだ。ウチの会社でやってたんですか。それならコネが効きそうですね」


 会社のコネを使えば、稼ぎの良い仕事を回してもらえるかもしれない。やっと希望の光が射してきた。


「いや、我が社ではやっていない」


「へ?」


「賞金や報酬型の仕事を斡旋しているのは第1と第6魔王軍だ」


 うん、それも初耳だよね……。


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