第3話 コーヒーブレイク

自室へ戻った俺は、しばしくつろぐ。寝起きからばたばた動いたから考える時間が必要だ。


俺の部屋は二十帖程の部屋が二つあり、一つは寝室として使っている。寝室には何故かベッドが二つ配置されていた。アルデフロー曰く、二人部屋しか空いていなかったらしい。


その恩恵で部屋が広いなら幸運と言えよう。


居間として使っている部屋に備えられていた椅子の一つに腰掛け、優雅にコーヒー(的な何か)を啜る。


その様はまさに、外回りの合間にスター○ックスで束の間の安息を得るビジネスパーソン。


いや、周囲の騒々しい声が無いだけ、さらに沈思黙考ちんしもっこうできるというもの。


しかし、なんであんなに混んでるんだ?ス○バ。


俺は考える。


何せ難問なのだ。時間はいくらあっても足りないかもしれない。


オイラーの定数やABC予想等の難問に挑む学者はこのような気持ちであったのだろうか?


 己の人生を賭けて、無限とも思える果てしない思考と試行の末に、それでも解決できないかもしれない。そんな不安を感じながらも、考えることをやめられない。


 酒や麻薬のような思考という中毒に犯されながらも、彼らはきっと幸せだったに違いない。思考の最中は笑みすらうかべていたのだろう。


 そんな彼らを、人は「愚か者」と指差すかもしれない。


 しかし俺はそうは思わない。例えそれが、己の欲求を満たすためであったとしても、全てをかけて人類の発展に寄与しようとした彼らを称えたい。


 彼らは人類史における「英雄」なのだ。


 ならば俺も魔族史に残る「英雄」を目指そうではないか。


 この究極の難問を解いて、魔族の未来に栄光をもたらすのだ。


 そう、この難問


『何故ラウネー課長は自室で全裸ストレッチをしていたのか』を。


 この難問を解くにあたって重要なものは一つだけだ。それは俺の記憶。これだけが解決を導く為に与えられたヒント。


 俺には瞬間画像記憶能力等という便利な機能は備わっていない。記憶は時間の経過によってぽろぽろと失われて行く。故に時間をかけてゆっくりと思い返す必要があるのだ。そう、細部まで……。


 思考の最中は、時折笑みがこぼれたかもしれない。前の世界であれば、会社でそのような笑みを浮かべようものなら女子社員から「うわっ、キモッ!」と罵られたであろう。


 しかしこれは数多あまたの学者を虜にしてきた思考の中毒。難問の解決という栄光の為に、必ず辿らねばならない道程なのだ。


 痴女だった。という安易な仮定に縋すがるのは愚かであろう。思考を放棄して魔族の発展は無いのだ。


 思い出せ……思い出すんだ……。あの瞬間を。


 視える……視えるぞ!


 ――しかしこいつ、胸でけーな。ありえないだろ。M字開脚をしている女を視て、何で真っ先に胸に目がいくんだよ。これが牛人の特徴なのだろうか。


 はぁ。いくら自室とはいえ、真昼間からあんな格好していると思わないだろ?それこそ神にも予測不可能というもの。ん、魔族だから魔王か?


 魔王に予測できないものが、課長代理風情の俺に予測できるはずも無い。


 これは不可抗力。そう、不可抗力なのだ。


 俺は免罪符(不可抗力)を得た気持ちでコーヒー(的な何か)を流し込む。


 すると、部屋へアルデフローが入ってきてこう言った。


「ドミニク、お前の正式な配属が広間に張り出されている。見て来るがいい。」


「マジで?いくいく」


 俺は考えることをやめた。







 M字開脚は牛人の伝統的ストレッチ方法らしい。アルデフロー先生が教えてくれた。真理とはえてしてこんなものさ。


 広間に着くと、魔族共がわらわら集まっている。


 そんなに俺の辞令を見たいのか?やはり異世界から来たということはビッグインパクトがあるようだな。


 きっと誰も彼もがちやほやするに違いない。これが時の人というやつなのかも。サイン考えなきゃ。


 そんなことを考えると、横からワニのような顔した2足歩行の生き物が脇目もふらずにこちらに突進してくる。体を覆う無数の鱗がうねうねと動く。


 リザードマンというやつだろうか。彼が傍まで来て立ち止まったので、俺は声をかけた。


「すまない、サインはまだ考えてないんだ」


「邪魔だ!」


 ぶべっ!


 リザードマンの腕で思い切り吹き飛ばされ、俺はもんどりうって倒れた。

どうやら魔族になっても痛覚は変わらないらしい。凄く痛い……。


しかしいきなり吹っ飛ばすとは。この世界ではこれくらい許容範囲なの?


 どうやら広間には俺の配属以外に新組織図が公開されているらしい。皆の目当てはそっちということか。ちょっと寂しいぞ。


 ヨロヨロと動き出し、目当ての辞令を見つけると、そこには血文字でこう書かれてあった。


「ドミニク 左ノ者、人事部 2課 課長代理の勤務ヲ命ズ」


 魔王、適応力たけぇ……。


 それにしても人事部とは具体的に何をするんだ。今まで営業一本でやってきた俺に勤まるのだろうか?


 そもそも異世界の知識を導入するとか言ってたことはどうなる?もっと違う部署が良いのではないか?


 早くも異動願いを出そうかな……。


 いや、その前にアルデフロー先生に確認するか。彼は重要なことの連絡は漏らすが、無駄なことは教えてくれるからな。うん、使えない奴だ。


 部屋にはまだアルデフローが居た。こいつは仕事をしなくて良いのだろうか?


「アルデフロー、人事部について教えてくれ。特に2課は何をするところだ?」


「人事部は人材の登用だ。戦力になる者、単純に強いか特殊な能力を持つ者を登用し、対勇者部等へ送るのだ。1課は年に一度の正規雇用の者の対応だな。2課は埋もれた人材を探すのが仕事だ。」


「なるほど。かなり会社っぽくなってるな。埋もれた人材ってどこから探すんだ?」


「ふむ……。まずはこの世界について話す必要があるようだな」


 アルデフロー曰く、この世界は魔族と人族が世界を二分しているようだ。平均的な能力では魔族が圧倒しているが、人族には一騎当千の勇者が複数いる為、均衡がとれているらしい。領土も《魔族区》、《人族区》と真っ二つに分かれており、基本的にお互い干渉しない。しかし最近になって、明らかに人族の勇者が増えているという情報があり、魔族としては戦力の拡充を迫られているところ、ということだった。


「ふむふむ。つまり人事部は重要な責務を担っているということか」


 俺はコーヒー(的な何か)を啜りながらアルデフローに話を促す。


「そうだ。そして2課の主な仕事は奴隷から有用な者を登用することだ」


「奴隷?魔族にも奴隷があるのか?何故奴隷から探すんだ?」


「奴隷は市場に溢れている。母数が多いほうが有用な者も多いだろう。それに安上がりだ。魔族とはいえ、対価が無ければ働かない。つまり金だな。その辺は人族と変わらない。奴隷には給与を支給するが、正規雇用の者に比べればはるかに少ない」


「ほんと、人間社会と変わらないんだな。因みにお前は何の仕事をしている?」


「私は人事部3課の課長だ。仕事は……お前の様な者の管理だよ」


 ……こいつも上司なの?












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