第2話 辞令

 玉座の間、魔王の目の前で俺は平伏する。ピカピカに磨き上げられた床には、完璧に身だしなみを整えた男の姿が映し出されていた。


 服はスーツ。33のおっさんが着ていた頃は、何の見栄えもしなかったが、見た目17,8の俺が着ている様はまさに新社会人。


 いや、むしろこれから入社面接を受ける学生!ふふふ……この内定ハンター育夫と呼ばれた俺の実力をみせてやろうではないか。腕がなるぜ。


 と、息巻いていたが……俺の目の前で鎮座するこの魔王……滅茶苦茶怖ぇーよ。部屋に入る時に視界に入ったが、体の大きさはさほどでもないし、顔は不気味な面で覆われ表情は分からない。しかし空間を歪めんばかりの圧迫感がピリピリと肌を刺激する。薄暗い部屋の雰囲気も相まって、体が警告を発しているかの様だ。


 それに加えてこの沈黙。何か言ってくれ、頼むから。


 普通こういう時は、「面をあげよ」とか言うのが通例だよね?俺、さっきからずっと俯いたままなんですけど。まさかいきなり圧迫面接とは思わなかったよ……。


 しかしこんなことで挫ける俺では無い。最終面接、10人くらい居並ぶ役員の前で、必死で自己PRをした後に言われた「君の志望動機、ありきたりだよね?」という一言の絶望感に比べれば、なんということもない。


 このフレッシュな顔のスマイルで媚びへつらい、状況を打開してやる。なにせ媚を売ることに関してはアホ(課長)のお陰でマスタークラスだ。


 ここは前に出る!そう決心して顔を上げた瞬間


「バーンっ!」


 という勢いのよい音がして扉が開いた。


 二人の男女が現れる。


 男は筋骨隆々の毛むくじゃらの体に、猪の様な顔をしている。


 しかしそんなことはどうでもいい。


 問題は女の方だ。


 獣の様な耳に、白黒の尻尾、露出度の高い服で覆った胸は……超巨乳である。


 女が動くとバインバイン揺れている。何か古臭い表現だが仕方ない。だって本当にバインバイン揺れているんだもの……。


 これが異世界……圧倒的巨乳っ!


 俺が謎の敗北感に打ちひしがれていると、男女が口を開いた。


「「こんちはー」」


「は!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。


「どうした?」


 どこからともなく、声が聞こえる。ボイスチェンジャー使っているかのような不気味な声だ。


 これが魔王の声か?


「いえ、あの者達が魔王様に不敬な態度を……とっていると思いまして。」


「ほう……不敬な態度。あの挨拶がか?」


「はい、私のいた世界では、あのような態度をとれば即(会社的に)抹殺されます」


 その言葉に、男と女に動揺が走ったように見えた。


「なんと……そうか、お前は転生してきたのであったな?では向こうの世界の理には聡さといというわけか」


「はい、仰るとうりでございます」


 ここでニカッっと笑う。必殺の媚スマイルだ。


 魔王が思わずたじろいだように見える。ふふっ、効果は抜群のようだな。


「我々も勇者を滅ぼす為に、常に戦力を増強させねばならない。その為には、常識を覆すような……そう、異世界の知識を導入すべきと私は考える。」


「素晴らしいアイデアかと存じます。流石は魔王様。」


「そうだろう、そうだろう」


 乗ってきたな、魔王。ちょろい。どうやらアホ(課長)の奥義は完全に習得しているようだ。気づいたら自然と揉み手をしている。


「お前にはその手助けをしてもらおうと思う。その為にはそれなりの地位をやらねばな。元の世界ではどのような身分であった?」


「はい!課長代理です!」


 俺は即答する。一瞬「課長です!」と見栄を張ろうかと思ったが、何百回と言ったであろう台詞が自然と口にでた。実に恐ろしきは日頃の習性よ……。


「カチョー……ダリィ……?過酷そうな身分だな」


 惜しい!というかある意味正解!


「いえ、課長代理です!」


「課長代理か。それはどのような仕事をするのだ?」


「課長……部隊のリーダーの補佐です」


「なるほど……副長のようなものか。ならば今からお前はそこの女の部隊の副長……いや課長代理に任命しよう」


「ははっ!有難き幸せ!!」


 う、嘘だろ?何でまた異世界で課長代理をやらなきゃいけない?くそっ!部長くらいに言っておくべきだった!


 後悔で頭がいっぱいな俺に魔王は続けて言う。


「そういえば、お前の名はなんといったかな?」


「堂上 育夫です……」


「ドーガミ……クォ……呼びにくいな。ドミ……ク……。ドミニク。お前は今日からドミニクと名乗るが良い!」


「はっ!」


 ドミニクか。悪くないな。せっかく異世界に来たんだ。ロールプレイさせてもらうぜ。まぁリアルなんだけど……。


 その後、俺は魔王に会社の役職について、そして向こうの世界の秩序について語った。


 礼に始まって礼に終わるとか、真に強い組織は自由より秩序を重んじるとか、最近呼んだ自己啓発本から拝借した言葉をぺらぺら喋った。10年以上営業してい実力が遺憾無く発揮される。


 魔王は何が気に入ったかわからないが、なんと明日から魔王軍に会社の役職を適用するらしい。


 あいつ行動力あるな……。意外に良い社長になるかもしれない。




 玉座の間を辞し、俺は部屋に帰ってきた。この部屋は俺のものとして使って良いらしい。ここは魔王城の中。つまりこの部屋は社宅ということだ。


 なんか一気に現実感が増してきたぞ……。作りも良いしリラックスしてしまう。


 いかん、いかん、無為に時間を過ごしてはいけない。何事も最初が肝心なのだ。


 まずは挨拶回りだ。この挨拶回りでビッっと決めれば、「こ、この人デキる!?」と勘違いしてくれる可能性がある。


 手始めに直属の上司・・課長に挨拶すべきだ。課長の心をぐっと引き寄せれば今後の会社(魔王軍)生活も快適になるに違いない。


 課長……課長っと……どいつだ?


「アルデフロー、俺の上司……課長はどこにいらっしゃる?」


 ちょうど部屋に入ってきたアルデフローに聞いてみる。こいつ暇なのか?


「課長……隊長のことか。ラウネーだな」


 もう課長で分かるのか。適応はやいな。


「ラウネーさんね。どんな方だ?」


「女の牛人だよ。胸部が大きいからすぐ分かるだろう」


 げぇっ!あいつが直の上司だったのかよ。もっと偉いのかと思ってた。


 課長クラスで社長(魔王)にあの態度とは……。けしからん!実にけしからん巨乳だ!


 とはいえ上司は上司。どんなけしからん巨乳でもけじめはつけねばならない。きっちり挨拶しておこう。


 俺はアルデフローにラウネー課長の部屋を教えてもらい、彼女の部屋を訪れる。


 まずはノックだ。


「コンコン」


 ……。返事が無い。もう一度だ。


「コンコン」


 ……。やはり返事がない。



 そうか。魔族にはノックをするという風習が無いのだな。だから奴らも玉座の間にあんな風に現れたのか。


 ならば俺もそれに習おうではないか。「バーンっ」と登場してやるよ!


 意を決して思い切り扉を開く。


「バーンっ!」


 そこには全裸でストレッチをする女性がいた。


 勿論俺の上司、ラウネー課長その人である。


 俺はスッと目を細め遠くを見つめた後、そっと扉を閉めた。


 数瞬後、ラウネー課長の悲鳴が轟いた。


 俺は扉を背にし、だらだらと脂汗を流す。


 そうだ。落ち着け。落ち着くんだ。俺。素数は……途中で躓くから無理だ。何か他の物を数えて落ち着くんだ。


 巨乳でも数えるか?いや、すぐ終わってしまう。


 なんて馬鹿なことを考えている場合ではない。肝心な最初の挨拶で上司の痴態を見てしまったのだ。


 この件をネタにどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。強請り、たかり、いじめ……いや大事になれば懲戒処分もあるのか?!


 終わった……俺の異世界転生は早くも終わってしまった……。


 育夫先生の次回作にご期待ください 完


 連載が終了しかけたその時、扉が向こうから開かれた。


「あんた……何やってんの?」


「いえ、巨乳を数……ご挨拶に伺いました」


「挨拶……?何それ。必要あるの?つーか、部屋に入る前に魔力を出しなさいよ。」


 ラウネー課長は急いで服を着たようで、息が乱れている。恥ずかしかったのであろう、目は潤み頬は赤みがさしていた。


 この女、初見ではあの露出からして相当な尻軽女と思っていたが、案外純情なのかもしれない。


 やはり人は第一印象では決め付けられないということか。まぁ魔族なんだけど。


「魔力を出す……とは?」


「部屋に入る前に相手に魔力を伝えるのは基本だろうが!」


 むっ、そんな基本があったとは。あのガキ教えろよ。


「申し訳ありません。知りませんでした」


「わっ、わかればいいんだよっ……」


 間違った行動をした時は迅速に謝る。これがサラリーマンの鉄則。そうすればむやみに相手も怒ることは無い。ほら、ラウネー課長も面食らって言葉が出ない様だ。


「課長代理を仰せつかりました。ドミニクと申します。今後とも何卒お願い致します。」


 ビッっと姿勢を但し、腰を深く曲げる。


「あ、あぁ……宜しく頼む」


 ラウネー課長が動揺しながら答える。それを確認してから更に一礼し、俺は颯爽とその場を辞した。




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