魔族転生はわかったけど勇者の相手は残業代でますか?

うめき うめ

第1話 突然の異動

「もう嫌こんな世界……」


 何万回呟いたかわからない言葉が、自然と漏れてしまった。俺の名前は堂上どうがみ 育夫いくお。冴えない33歳独身のサラリーマン。今は会社からの帰宅路を、一人ぽつぽつ歩いている。時計の針は0時を越えたところだ。


 同期の間ではそこそこの早さで昇進し、有頂天になったのも束の間。


 中間管理職は地獄だった。


 人間の活動限界を超えているだろ、と思わせる広さの管理担当エリアを飛び回りながら、客からはクレームを連発され、忙しい合間を縫って「上司が」会議で使う資料を作成しては、小言を頂戴し、部下や新入社員に指導すれば、パワハラだセクハラだモラハラだと陰口を言われる始末。


 なーにがパワハラ、セクハラだうるさいよ。俺の方が何倍も酷い扱いで教育された自信がある。あぁ、思い出すだけで血尿出そうだ。あとモラハラってなんだよ。


 調べてみるとモラルハラスメントの略だった。社内的には真面目な事しか取り柄が無い俺が、モラルに反するとは思えない。


 大体、最近入社した連中は有給だの残業代だの権利は主張するくせに、やる気が全く無いじゃないか。どいつもこいつも腰掛けみたいで会社に対して執着なんて感じない。こんなすぐに辞めそうな奴等教育して意味あるのか?採用した人事は何やってんだ。


 そんなことを考えながら手帳を見て明日の予定を確認する。


 うわぁ……明日はあのアホ(課長)と一緒に客周りかよ。最悪だ。アホ(課長)は典型的なごますり人間で、ボケ(部長)と話す時は満面の笑みだ。揉み手しながら喋る奴がリアルにいるとは思わなかったよ。


 そして部下に対しては180度態度を変え、ボケ(部長)がいない時は高圧的に、いる時はねちねちと陰湿に責め立てる。


 明日も客周りの道中でそれを聞く破目になると思うと、胃がむかむかしてくる。


「ほんともう嫌、こんな世界……」


「規定回数に到達。転生を開始」


 え?と訝しく思う暇も無く、頭上から極光が降りる。


 俺は雷に撃たれ、死んだ。







 意識をを取り戻すと、辺りは暗闇。


「痛ってー……あれ、痛くない?」


 目の玉が飛び出るくらい(実際飛び出たかもしれない)の衝撃があったんだが……。


「詠唱の成功、おめでとう」


 闇の中から男の声と、パチパチと手を叩く音が聞こえる。


 目を凝らして(目はあるようだ)みると、そこには無表情で規則的に手を叩く、金髪碧眼の少年がいた。全身を白い布でくるんだ様な、妙な格好をしている。


 なんだこの子供は?というかここはどこだ?


「えーっと、キミは誰かな?あと、ここはどこなんだい?」


「私はアルデフロー。ここは異界を繋ぐ狭間の世界」


異界……?異界と聞いて、驚くより先に頭に浮かぶのは……


「もしかして生まれ変わるのか?」


転生。正直、ラノベの読み過ぎかもしれない。思わず自嘲してしまう。


そんな俺をよそにアルデフローと名乗る少年はあっさり告げた。


「あぁ、転生してもらう」


「……き、きたぁああああああああああああああああ!!!」


 俺は小躍りして喜んだ。ガッツポーズも5種類くらい決めただろうか。勿論子供の目の前で……。


「何故驚く?お前が異界転生の詠唱をしたのではないか」


「詠唱?そんな呪文みたいなもの、知らないんだけど……」


「何を言う。66666回も言ったではないか。《コナ・セカーイ・モウ・イヤー》と」


「何それ怖い……」


 まさかあれが転生の詠唱だったなんて……。というか66666回も言ったのか、俺。アホ(課長)のおかげだ!


 しかし、何かおかしいな。普通こういう時は白い世界と相場は決まってるんだけど?


 なんだこの不気味な空間は。


 そう訝しげに思っていると少年が近づいてくる。良く見ると、少年の口からは牙の様な鋭い歯が飛び出している。


 ビキビキっと音がしたかと思うと、少年の右手が変形し、異常に長い爪が現れる。左手には……なんだろう臓器の様なものを持っている。


「あのぉ……何か御用で?」


「お前の心臓を抉ってこの『核』を埋める」


「はぁ!?」


「向こうで生きる為に必要な措置だ」


 非常に嫌な予感がする。


「ちなみに私は何に転生するので?」


「勿論、魔族だ」


 うわぁぁぁぁ!そっちかぁぁぁ!!


 何という不幸……不運……馬鹿馬鹿っ!俺の馬鹿っ!詠唱が違うっ!


 くそ〜、落ち着け。落ち着くんだ。



 ……待て。


 待て待て。こいつ何て言った?心臓を抉るだと?


 そうしないと生きられないとか……、採用資格のハードル高すぎだろ。まさかブラック!?ほら、何か辺りも暗いし。


 様々な思考が脳裏をよぎっていたが、少年はおかまいなしに近づいてくる。


「ちょ、待っ……」


 無造作に右手を振りぬく少年。


 再び意識が飛んだ。







 気がつくと今度はベッドの中。


 脳が次第に覚醒し、胸を抉られた記憶が蘇る。手をあて、胸の辺りを確認してみた。


 特に異常は見当たらないな。あのガキいきなり抉りやがって……もう少し猶予的なものがあってもいいだろ?


 そういきりたっていると、バーンと扉が開けられ、誰かがやって来る。

 アルデフローと名乗る少年だ。こちらを確認して問う。


「良く眠れたか?」


 いやいやいや、それが人の心臓を抉った奴の第一声か?ふざけるな!


 ……などと怒るわけにはいかない。こう見えて俺も課長代理。部下を持つ身だ。


 ここは紳士の対応を見せようではないか。《育男紳士ver》。


「あぁ、ぐっすり眠れたさ」


「そうか。魔王様が呼んでいるから行って来い」


「は!?」


 あまりの展開に、あっさり《育夫紳士ver》が解除されてしまった。


 ちょっ、おまっ!魔王といえば恐怖の象徴。魔族のトップ。会社でいうと社長じゃないか!そんな奴に寝起きで会うなんて無謀にも程がある。まずは身だしなみを整えないと。


「ちょっと待ってくれ。顔を洗うから」


「ほう?何かの儀式か」


 少年が興味深そうに頷いている。


 暫く部屋をうろうろしてみたが、洗面台は無い。しかし、姿見を見つけた。


 ふぅーやれやれ、これで身なりをチェックできる。


 うんうん、寝癖は無いな。鼻毛もOK。肌の色艶も良い。気のせいか見た目も若々しい。


 うん……若々しいっていうか……若いよね?明らかに。


「おい!なんだこれ!?」


 アルデフローに問いただす。もはや《育夫紳士ver》は微塵も無い。


「お前の肉体はピーク時に再生してある。勿論、魔族仕様だ」


 当たり前だろ?と言わんばかりの顔でアルデフローが答える。


 ピーク時だって?魔族仕様ってなんだ?全然事前説明を受けてないぞ?


 福利厚生はちゃんと説明した方が良いと思うの……


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