異世界群からの復讐2

 2話を同時に投稿しており、前話の続きとなっています。前話を未読の方は、そちらから読んでください。



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 【始まりの地】は、完全に崩壊した。

 その後には何も残らない。金髪女神の消滅と同時に、転生術式起動の杖も機能を失い棒切れと化し、金髪女神愛用の豪奢な椅子も砕けて霧散した。この領域の、金髪ロリ女神の神力に関する存在は完全に消滅し、神の奇跡とは無縁の空間に変化する。

 残されたのは、聖剣片手に佇む天道剣。


 「あまりにも呆気ない。こんなのが神か」


 そして、もう1人。

 

 「……天道、剣。お前」


 「神力の消失と共に、神に関する存在は全て無に帰すと想定していたのだが……惨めに立ち尽くす貴様は何故ここにいる?」


 金髪ロリ女神を目の前で失って、頭の中が真っ白になってしまいそうなのを堪える京平に、天道剣は怪訝に眉をひそめる。天道が訝しむ理由など、京平にとっては知ったことでは無い。だが敢えて、負け惜しみでもいいならこれが正解だろう。


 「あのアホ女神に頼まれた最後の仕事を、きっちり果たすためだろうな」


 そう、頼まれたのだ。

 普段は憎まれ口を叩きあっている金髪女神だが、彼女に頼まれて首を横に振ったことは無い。それは京平が彼女を信頼しており、彼女も京平なら叶えてくれると信じているからだ。だから京平は拳を握る。神の奇跡がないのなら、あとは己の体しか残されていない。


 「歯ぁ食いしばれよ、天道」


 「醜いな。互いの実力差は明白だろうに」


 天道の言うとおり、勝算なんて無い。金髪女神との攻防を見ていた限り、剣の腕自体かなりのものだ。京平自身が同様に剣を手にしても戦いにならないだろう。同じ土俵に立つ程度ではダメだ。天道クラスの天才と戦うのなら、京平の様な凡人はチートでも使うしかなかった。

 しかし、ご都合主義で何でもアリなチートとは、元来異世界への転生者に与えられる神の奇跡。本堂星翔の様な例外を除けば、その裁量はほとんど十三柱議会の意思に左右される。十三柱議会の気が向けば京平にもその機会はあるが、神の力が封殺されたこの空間では、もはやそれも期待できない。

 

 「笑いたければ笑えばいいさ。でもな、今逃げ出すわけにはいかねぇんだよ。託された分はきっちり果たしてやる」

 

 京平は、地面を強く蹴り駆け出した。

 そんな無手の京平にも、天道は容赦しない。最初から必殺の一閃。見てからの回避は不可能と判断した京平は、勘に任せて体を大きく傾ける。

 間髪おかずに、風切り音と斬撃が顔の真横を通り過ぎた。

 

 それを確認したと同時に、鼻っつらに衝撃が走り、視界には火花が散った。


 「……ッ!?」


 気が付くと後方に吹き飛ばされている。

 確かに剣は回避したはずだ。クロスカウンターを決めて、インファイトの肉弾戦に持ち込もうとしたのだがこの有様。状況が理解できなかった。


 「出血……それに骨があるのには驚いた。無ければ、今の一撃で女神と同様に砕け散っていただろうに……またしても俺の予想を裏切ってくれたな。なるほど、女神とやらに頼られるのも頷けよう」


 「くっ、何わけのわからねぇこと言ってんだ」


 「俺には、貴様の相手をする理由などなかったのだが……気が変わった。貴様が懲りるまで付き合ってやろう」


 天道は、1人で勝手に納得すると、握っていた聖剣を鞘に納めた。そして左手の拳を硬めて京平を待ち構える。天道が聖剣を納めて、京平と同じ土俵まで降りてきたのだ。


 「何を考えている?」


 「同じ人間として、失っていた情が移っただけだ」


 またしても天道剣の身勝手な理論だが、京平にとっては丁度いい。右上半身が吹き飛んだままの天道剣と、アザだらけで鼻血を流す京平の対峙。負った傷の深さは違えど、剣相手に素手で戦うなど、到底無理な話なのだ。

 半身を失った相手にようやく五分。

 

 「イプリデルの冬戦役を思い出す。ロナーナを殺したイプリデルと死闘を繰り広げたときも、最後はこうして拳で殴り合ったものだ。もちろんイプリデルとお前では、天と地ほどの差があるがな」


 これからどう動くか考えようとした矢先、天道剣は1人で話し始める。機会を伺っていた京平にとって丁度良かった。


 「さっきから繰り返してるイプリデルの冬戦役ってなんなんだ?」


 垂れてくる鼻血を拭いながら、無難な会話をすることを選択する。傷は天道剣のほうが圧倒的に深い。時間が経つほど京平は有利になる算段だ。

 

 「あれ程の大戦すら神々にとっては眼中にないのか。ともあれ概要は簡単だ。血月に住むイプリデル……奴に殺されたロナーナの仇を討つために俺が始めた戦争だ」


 無数にある異世界群の1つで勃発した戦争を全て把握できるほど、天上界は人材もとい神材が揃っていない。加えて、天道剣には言いにくいが、人一人など生死など、天上界にとっては些末な問題だ。


 「それで結果は……って聞くまでもないか。仇を討って、そのまま天上界まで乗り込んで来たんだな?」


 「ロナーナは、信仰深い愛娘だった……にも関わらず、神は少女1人救えない。そんなもの滅びたって問題あるまい」


 それで天道剣は《始まりの地》をブチ壊して侵攻してきたと言う経緯か。なるほどその発想は想像に難くない。だか、技術と実行力が脅威だった。何よりも、金髪ロリ女神か圧倒されて消失させられたのが、事の重大さを物語っている。


 「それで天上界を滅ぼす……か、転生者にしては大きく出たな。いや、スケールのデカさは主人公らしい。2桁番目異世界群の適正者らしい発言だ」


 「娘も護れない男は、主人公なんかじゃない。今の俺には復讐しかないんだよ……さぁ、時間稼ぎの戯言は十分か?」


 天道剣はため息を吐き、ぐるりと


 「は?」


 京平はその違和感に思わず首を傾げた。

 ? 傷を癒やす聖剣は、天道剣自身の神力拒否で能力を失ったのでは無かったのか? 


 「あぁ、この右腕か? そんなもの聖剣の力に頼らなくても……ましてや神力などに頼らなくても癒せるようにしてくるのが、天上界を滅ぼす重要な要素だろう」


 「そんな術が血塗れの第32番異世界にはあるのか?」


 神力を用いて傷を癒やす方法は、3桁異世界群でも存在する。しかし、今の《始まりの地》には神力が存在していない。端的に言うならば、地球で手術も薬品も使用せずに瞬時に身体を復元するのと同様の、本来不可能な異常。自然治癒では説明がつかない道理の外にある現象。


 キレイに復元された半身を眺める天道剣は、もう一度問う。


 「さぁ、時間稼ぎは十分か?」


 京平が時間稼ぎをしているつもりが、天道剣が万全になるのを許してしまっていた。


 「ッッッ!!!」


 悪態を吐く暇もなく、迫り来る天道剣に対して後退する京平。振るわれる拳を払いのけ、直後の蹴り上げを軸をずらして回避する。


 「幼き女神につけられた傷はもう癒えた。神1つと対峙してこの程度なら、八百万やおよろずでも対処できる。脇役には、そろそろご退場願おうか」


 掴み合いになるのを避けながら、2人は激しく攻防する。格闘術など無い。直感に任せて振るわれる肉弾戦の応酬。

 一見接戦しているようにも見えたが、1つだけ重大にズレていた。天道剣の傷だけ勝手に癒えていく。


 「くっ、神力を使わないその外法……」


 それは京平の埒外。

 つまりは天上界には無い叡智の1つ。

 

 「まさか……」


 嫌な予感が頭を過る。

 異世界群は天上界の管理下にあるため、そこで発生した技術ではない。天上界が転生者に与えるチートには似た能力があるが、天道剣には与えられていないはずだ。


 「ようやく気がついたか。イプリデルの冬戦役時、血月の三巨頭イプリデルから体得した秘術だ」


 天上界の管理が及ばない場所など、1つしかない。


 「そのイプリデルになんと言われた?」


 「異世界を監視し支配しようとしている神の世界があるとだけ」


 天上界の存在を知っている敵対世界は1つしか思いつかない。


 「天道剣……お前『あの世』に魂を売ったのか?」


 「復讐には憎悪が最高効率の燃料だ」


 その言葉だけで十分だった。

 天道剣は『あの世』に飲まれている。そうなれば、彼はただ復讐するために天上界に帰還してきた転生者では無い。天上界を滅ぼさんとする『あの世』の先兵だ。


 つまり金髪女神は『あの世』に討たれた。

 負けられない理由がまた増えた。


 「異世界に帰ってもらおうと思っていたが……『あの世』の使徒となったお前は、ここから出すわけにはいかなくなった」


 「元より俺はそのつもりだ。天上界を滅ぼすまで、俺に帰る場所は無い」


 絶対に、ここで天道剣を

 京平は固く決意する。

 『あの世』の使徒になることは、天上界にとって何よりも罪深い悪行だ。天道剣が聖剣を納めたのは手加減などではなく、悪に堕ちた自身を誤って斬らないための措置だったのかもしれない。

 

 すると突如ーー


 「見過ごせない存在を確認した」


 ーー脳内に直接響く声がした。


 直後、13の雷鳴轟音で始まりの地が震撼する。天上界十三柱議会の総員が、天道剣と京平を取り囲むようにして現れたのだ。


 「転生者でありながら『あの世』の使徒となった罪は重い。情状酌量の余地無し。消え去れ」


 有無を言わさずに告げられる言葉だけが流れた。懇願でも通告でも、命令でもない。それは確定事項。天道剣に向けて容赦のない《神撃》が放たれる。


 京平は、介入どころか口を挟む暇すら無かった。京平がアテにしていたのは、この戦力だが、まさかここまでとは思いもしていなかった。異世界群が蒸発してもまだ足りないほどの《神撃》が、天道剣に殺到しーー、




 ーー文字通り天道剣は消え去った。

 その後には、何も残らない。

 

  

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 



 「で、この状況はなんなんだ?」


 「なんだい京平。ボクがいなくて寂しかったのなら、泣いて抱きついてきても良いんだよ? 溢れんばかりの包容力で受け止めてあげよう!」


 ワハハーと笑いながら、すっかり元に戻った豪奢な椅子でふんぞり返るロリ女神。両手を広げて「おいでー」とほざく彼女の頭を叩きたい欲求を、グッと我慢して叫ぶ。


 「何が『あとは頼んだよ』だ‼ 思わせぶりに消えたくせして、実は実体化出来なくなっていただけってデタラメ過ぎるだろ‼」


 「なんだい、普通に考えてみてくれよ。もともとボク達神様ってのは、信仰から生み出される概念的存在なんだよ。それが神力によって実体化して動きやすくしたのが、今の状態ってワケ。神力を消失されたからって、概念ごと消えたわけじゃないんだから、生きているのも当然だろう?」

 

 金髪ロリ女神はご機嫌だった。


 「何よりも、京平かボクのことを慕ってくれていたっていう事実が、ボクの存在を確立させているんだ。ボクが本当に居なくなるのは、京平がボクのことを忘れたときだろうね」


 「なんだ……それは……」


 つまり「金髪女神に頼られたから諦めるわけには行かない」とか云々うんぬん言っていた時点で、金髪女神は存在していることが確定したというのか? 覚えている人がいる限り死なないとか、チート持ち転生者もびっくりのトンデモ能力ではないか。


 「とまぁ、概念として京平の戦いも見させてもらったし、天道剣が完全消滅したことで神力も回復したから実体化出来たと言うわけさ。いやぁ……ボクのためにあそこまで戦ってくれるだなんて、流石にちょっと照れるよねぇ」


 「……ちょっと待て」


 一部始終みてたのか?

 天道剣にボコボコにされて、最終的には全部天上界十三柱議会に持っていかれた顛末を……あの情けなさ全開の立ち回りを……全部?


 「待て待て……ちょっとだけで良い、シリアスを返せ。いらないなって言った俺が悪かった。ギャグ漫画的なオチは今いらないんだが!!」


 「ははは! 全く相変わらず素直じゃないね京平は。良いじゃないか、犠牲なしの大団円だよ。しかも『あの世』の使徒まで始末出来たんだ。今日はパーッと祝杯でもあげよう! 『京平は女神の事が大好き記念日だ』」

 

 「そんなこと1回も言ってねぇぇぇ!」


 叫ぶ京平と天真爛漫に笑う女神。

 《始まりの地》は相変わらず騒がしく。そして、犠牲者のことなど一顧だにしない加害者たちの日常は続く。

 世界がまた1つ騒がしくなった。

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