異世界群からの復讐


 「そこで君には、593番異世界イヴァシィに行ってもらおう。異世界は任せたぞ少年……その””せいけん””で、サクッと世界を救ってきてくれよ」


 そんな金髪でロリな女神の一声と、杖が床を付く音で、転生術式は起動した。

 ここ【始まりの地】では、もはやお馴染みとなった転生の瞬間である。真っ白の空間を、更に上から塗りつぶすような白い光が瞬いて転生は完了した。

 こうして女神の加護を受けた転生者は、ここから異世界を救うため仲間やハーレムを作ってドッタンバッタン大冒険に旅立つのである。涙あり笑いありの人生が、未熟な転生者たちを待ち構えているというわけだ。


 しかし!!


 そんな与太話は、レーン作業よりも無味乾燥で手を抜いた対応をしている加害者たちには関係のないことである。


 「はい次ー、え? 今日の転生者って、さっきのパッとしない男の子で終わりなのかい?」

 「今日のも何も、転生者なんて数日に1人だろうアホ女神。魂を天上界に送るのだって楽じゃねぇんだ。俺の苦労も考えてくれ」

 「はぁ~~~暇ぁ、京平なんか面白いことしてくれよ」


 とまぁ、人生の一大転機をむかえた転生者を送り出す側なんて、こんなものだ。刺身の上にタンポポを乗せる仕事をする人が、その刺身の出荷先など一顧だにしないのと同様に、被害者の行く末など歯牙にもかけない。興味が沸くのは、むしろ互いの言動である。


 「いきなりフラれて出来るほど俺は芸人気質じゃねぇよ。それよりも何ださっきのは、聖剣とか言ってたけどそんな大層なモンじゃねぇだろあの剣」


 京平が気にしているように、女神が転生者に持たせた聖剣は伝説級の剣ではない。先ほどの剣には、邪悪をなぎ払う神聖なる切れ味も、闇を拭い去る神秘の煌きも、備わっていなかった。


 「そりゃあ、聖剣なんて代物を、たかが3桁異世界……しかも593番異世界攻略のためになんて用意できるわけないじゃないか」


 「じゃあさっき聖剣って渡した紛い物の正体はなんなんだ?」


 「清剣だよ、せ・い・け・ん。清浄のせいで、清なる剣さ。善も悪も真も偽も、まとめて等しく癒し続ける特殊な剣だよ。こっちは聖剣とは違って、ボクたち女神の神聖なる力をもってすれば低コストで生成できるからね」


 「ま~た意味のわからんアイテム作りに勤しんでたのか。だが、そういうのって経費で落ちるんじゃないのか?」


 金髪ロリ女神は【始まりの地】に唯一ある豪奢な椅子でふんぞり返りながら、チッチッチと指を振る。「わかってないなー京平は」と言わんばかりの表情だ。


 「3桁異世界ってのは、だいたい凡人以下でも余裕で生きていけるような、ぬる~い異世界なんだよ。本来ならチートアイテムとかいらないわけ」


 ムカつく顔した女神のほっぺでも伸ばしてやろうかとも考えたが、京平は一旦我慢する。京平は目の前のロリと違って大人なのだ。また別の機会に女神のほっぺは堪能するとしよう。今日の京平は、わがまま少女に振り回されるヤレヤレ系主人公だ。


 「だったらどうして清剣なんて渡したんだ?」

 「そりゃぁ、そうでもしないとあんな暇な儀式なんてやってられないでしょ。転生させることに使命感を感じているし、これがボクの生きる意味だけど、流石に毎回毎回毎~~~~回っ同じ事の繰り返しだと飽きるだろう? ボクなりに転生を華やかにする、ちょっとしたアクセントさ」

 「つまりなんだ? 暇つぶしで生み出した神造兵器を、適当な転生者にテキト~に渡してるってわけか。天上界の十三柱議会に怒られても俺は知らないからな」

 

 天上界を統べる十三柱議会は、天上界の意思決定のみならず、なんか色々している偉いところだ。異世界群を統治する中の、転生に関して重要なポジションにいる転生局長である金髪ロリ女神。彼女が適当な仕事をしていたら、十三柱議会から注意でも飛んできそうだと京平は考えていた。

 だけど、当の金髪女神は飄々と言う。


 「こんなことでは彼らは怒ったりしないさ。京平もこの前あっただろう? アレでいて冗談も通じるユーモアのある神々さ」


 「そういえば俺の事を見て、馬鹿みたいにゲラゲラ笑ってる女神が1柱いたな」


 ズバァァァァンンンンンンン!!!!!!!


 突如『京平の体が天から降ってきた【神撃】に貫かれた』。


 「ギャーッ!?!?」


 「ぷークスクス、馬鹿なのかい京平は。神を笑うだなんて天罰ものだよ? 冗談が通じる女神【仙郷】でよかったね。短気な【アルカディア】だったら今ので消し炭だよ? むしろ塵すら残さず、存在ごと消されていたかもね」


 「え、なにそれ初耳なんだが……陰口言うと天罰下るとか怖すぎる」


 何故か痛みも傷もないものの、その心に大きな恐怖だけを植え付けて過ぎ去っていた【神撃】に慄く京平。神に対してだけは、悪口は言わないようにしようと心に刻む。京平は、平和主義者なのである。そう、いたいけな少年少女(その他)を問答無用で天上界送りにしているが、至って普通に平和を愛する女神の従者だ。

 やれやれ、下請けは辛いぜ。


 「だからだねぇ京平。これを機会に、ボクに対する日頃の言動を改めたほうがいいと思うわけなのさ。わかるかい?」

 「え、それは無理な相談だろアホ女神」

 「ムキー! 天罰案件だよね。今の天罰案件だよねぇ!!」


 ふんぞり返っていた椅子から立ち上がった女神は、頬を膨らませてプンプン怒り出した。今にもポカポカとコミカルに殴りかかってきそうだったので、当然京平は逃げるを選択。【始まりの地】から脱出だ!


 「わっはっは! やれるもんならやってみやがれアホ女神! その可愛らしいちんちくりんな手足じゃ俺には届かないぜ!」

 「うわー! この完璧ないすばでぃをちんちくりん呼ばわりだなんて許せない発言だよ京平!! ……ッ!!??」


 女神はピコピコと鳴るサンダルで京平を追いかけながら、息を呑む。直後にその手をに振るった。口の中で【神撃】と唱えることも忘れていない。


 【始まりの地】が、に裂かれた。


 「うわっ! あぶねぇ!! 【始まりの地】まで両断することないだろう! 本当にアホになったのかロリ女神!!」


 「そうじゃない!! 下がってろ京平!!」


 「え?」


 いままでコミカルな怒り顔だったロリ女神が、ドスの効いた声で京平を無理やりその場に引きずり倒した。何メートルも離れていたのにも関わらず、間抜けに倒された京平は、いつの間にか女神の足元に転がっている。

 何事かと慌てる京平を、金髪女神は一瞥もしない。その視線は、真横に裂かれた【始まりの地】の裂け目から差し込む光に注がれている。金髪女神がいつになく警戒しているのが見て取れた。


 「なんだ……あれは?」

 

 光の中に1つの影。

 困惑を隠しきれない京平を、庇うようにして金髪女神は叫ぶ。


 「【始まりの地】を両断したのはボクじゃない! 来るぞ京平! 伏せていろ!」

  

 暗闇に覆われた【始まりの地】一面に、鋭い亀裂が無数に伸びた。【始まりの地】が軋み、漆黒は拭われる。崩壊まで一瞬だった。


 バキバキバキバキバキバキバキバキバキッッッ!!


 ガラスが砕け散る様な壊音と、突如現れた影から吹き荒れる爆風が【始まりの地】を席巻する。いつかの見掛け倒し爆発ではなく、正真正銘の命を刈り取る崩壊の嵐。

 しかも、ただの破壊ではない。


 「【始まりの地】は神の領域だぞ!? それを破壊出来る代物なんて限られてる」


 「……聖剣の仕業だね。ボクたち天上界が生み出して、転生者に授けるチートアイテムの筆頭……さっき言ってた清剣なんていうボクがお遊びで創った剣じゃない。間違いなく『あの世』すら薙ぎ払えるレベル……罪悪を断じて破壊するだ」


 金髪女神は険しく顔を歪ませる。その解説を聞いて、ふとありえない疑問が京平の脳裏に過った。聖剣を片手に、裂け目から【始まりの地】に踏み込んでくる人影は――つまり、聖剣を持つに相応しい人物。


 「俺たちが異世界送りにした転生者だってのか?」


 「その通りだ京平。しかも有象無象の3桁異世界転生者じゃない。2桁番台を冠する異世界群の中でも、特に攻略優先度の高い第34番異世界・血濡れの月。そこに送った転生者だ」


 本来ならば、転生者が再び天上界に戻ってくるなどありえない。前例はあるが、全て十三柱議会の裁量の元で行われてきた制限付きの出戻りだ。無断で、しかも【始まりの地】を破壊するほどの暴力を伴っての強引な侵入。十三柱議会が許すはずがない。

 金髪女神の発言によると、光の中から現れたのは2桁番台の転生者だという。以前に京平が失敗した本堂星翔の様な、ひと握りの優秀すぎる転生適正者が送り込まれるのが2桁番台の異世界群である。本堂星翔のような怪物でなければ攻略し得ない2桁番台異世界への転生者は、3桁番台の凡才の転生者とは違う。

 紛れもない天賦の才を、その身に有する人物が【始まりの地】にやってきた。

 金髪女神の警戒は、しかるべき態度だと言えよう。


 「あぁ、ようやくたどり着いたぞ」

  

 現れたのは、聖剣を手にした1人の青年。

 その眼光は鋭く、触れるもの全てを切り裂く威圧感を放っている。そのプレッシャーは、金髪女神すら圧倒する勢いだ。京平の記憶に、あのような青年を転生させた覚えはなかった。第34番異世界・血濡れの月に送り出した少年なら覚えている。幼さの残る知的な少年だったはずだ。それが、もはや見る影もない。鬼気迫る表情は、修羅へと落ちた者が見せる顔だった。


 「天道剣てんどうつるぎ青年、一体ここへ何をしに来たんだい? ここは人間の立ち入っていい領域ではないんだけどね」


 「その口ぶり、どうやら貴様が俺を異世界に送り届けた神様らしいな」


 「はぁ、全然聞いてないし。もう一度聞こう、何をしに……どうやってここへ来た?」


 転生術式を起動させる杖を片手に、ロリ女神はあくまでも冷静に尋ねる。

 だが、その手は痛いほど杖を握り込んでいるのが、京平には見えた。焦りか怒りかそれとも困惑か、理由は分からないが、ロリ女神が圧倒されている。

 それが、天道剣とかいう青年にも見えたのだろう。勝機と捉えた彼は、問答無用で聖剣を振りかぶりロリ女神に斬りかかってきた。京平の目に、彼の動きは映らない。常人離れした足捌きで、瞬間移動したようにしか見えなかったのだ。

 ロリ女神の金髪に触れそうなほど肉薄した天道は、そこで憎悪の篭った声で囁く。


 「ロナーナを殺した世界全てに、復讐を果たすためだ。お前ら神だろうと救えなかったのだから同罪だろう」


 「ロナーナは知らないけれど……なるほど、そういうカラクリなんだね」

 

 振り下ろされた聖剣を、その小柄さを活かして回避する金髪女神。

 直後、聖剣の通り過ぎた空間が、ズタズタに裂けていく。アレは京平にでもわかった。天道が持つ聖剣が、空間そのものを斬ったのだ。青年が【始まりの地】に侵入してきた方法も同様だろう。だが、結果が理解できても原因が分からない。あの聖剣は罪悪を断じる剣のはずで、神聖不可侵な【始まりの地】を斬れる理由にならない。

 金髪女神の表情からするに、その原因もわかっているらしい。


 「どういうことだ? 俺にも分かるように説明してくれ」


 薙ぎ払われる聖剣。振り上げられる聖剣。心臓を貫くように突き出される聖剣。時には聖剣の柄による不意打ちの殴打。その全てを紙一重で交わし、杖で払い除けながら、金髪女神は叫ぶように答えてくれた。


 「拡大解釈だよ京平! まさに天道が言ったとおり、彼はボクたち天上界を悪と断じている。裁くべき罪だと断定して、聖剣の効果対象に無理やりねじ込んだのさ!」


 つまり《断罪の一刀》が、罪悪しか斬れないのであれば、斬りたい相手を罪悪認定すればいいわけだ。そうすれば、聖剣は無類の強さを手に入れる。今まさに、それで金髪女神は押されていた。


 「存外理解が早い。腐っても女神というわけか。だが、何をしたところで、貴様らが死にゆく運命にある事は、イプリデルの冬戦役の時に決まっているのだがな」


 ロナーナといい、イプリデルの冬戦役といい、こちらの分からない単語を並べるのはやめていただきたい。そもそも天道は、京平らと会話する気がさらさら無いのだろう。彼の瞳には復讐しかなかった。そうして見ているだけしか出来ない京平の目の前で、もう何度目になるだろうか。天道が放った致命の横薙ぎを回避して、女神はようやく隙を見つけた。

 

 「恨み言は、異世界を救ってくれたらいくらでも聞いてあげよう。それが君の使命であり、義務なんだよ。さぁ異世界へ帰るといい……【神撃】――」


 空間を斬った聖剣を横目に、金髪女神は【神撃】を唱える。

 神聖力を具現化させて一本の槍と化す【神撃】は、時空を無視して対象に突き刺さる。少し前に京平が喰らったのは、その低出力モードとでも言えばいいだろう。だからあの時は警告で終わったが、今の金髪ロリ女神が手にした【神撃】は、間違いなく天道の魂を異世界へと再度吹き飛ばすだろう。集約する力には、有無を言わせぬ輝きがあった。異世界群の果てまで照らす光の帯が、小さな女神の手のひらに握られている。これが女神。天上界の一翼を担う神の力。

 これならいけると京平は確信した。今日の女神は輝いている。後でいっぱい可愛がってやろう。

 だが、

 しかし、

 そこに滑り込んでくる声が聞こえた。


 「――神力拒否。全ての異能は無へと還る」


 「なっ!?」


 驚愕の声を上げたのは、果たして女神か京平か。

 集約していた【神撃】が、最初から無かったかのように霧散したのだ。

 それだけではない。【始まりの地】が軋み始めた。何かが決定的に崩壊を始めたと、京平は悟る。青年の言った神力拒否は無関係ではないだろう。

 

 「ここの空間一帯の神力を無効化した。なぁ神様よ、俺が何の策も持たずに、神域に踏み込むとでも思っていたのか? それこそ片腹痛い。そんなお前たちに、5歳のフィユーでもわかるレベルの問題だ。神力を無効化する技術……俺はどこで手に入れたと思う?」


 天道青年の言葉に、余裕が見えてきた。

 当然だ。神力を無効化したということは、神力そのもので構成されている女神の身すら危ういのだ。金髪女神はいつ蒸発してもおかしくない。幸いなのは、その効果が【始まりの地】内で留まっていることだろう。天上界全体に広がっていれば、最悪天上界全体が崩壊する。

 金髪ロリ女神も、そこのところは当然認識しているだろう。その上で、冷静な分析は止めていなかった。すぐさま天道の問題に対する解答にたどり着く。


 「くっ……聖剣の解析までしていたのかい!? なるほど、聖剣を構成しているエネルギーを調べて、純度100%の神力だと気がついたと言った具合だろうね。その神力を逆算して、無効化する術式に組み込んだというわけだ。人間にしては大したものだよ。流石は2桁番台の転生者だ。だけどね、それは同時に聖剣の効力も無かったことされる訳なんだけど――ッ!」


 言うやいなや、金髪女神は【】を放った。


 「えっ!?」


 京平の口から素っ頓狂な声が出た。

 領域外からの一撃。本来ならば不可能な攻撃が、天道剣の右上半身を吹き飛ばしたのだ。音はない。そして天道からは血も出ない。ただ復讐に燃え歪めた表情を貼り付けた瞳が、金髪女神を睨めつけている。


 「……チッ」


 舌打ちしたのは金髪女神の方だった。

 

 「これは……流石の俺にも予想外だ。空間に存在する無尽蔵の神力を停止すれば、神など塵よりも価値のないモノへと霧散すると思っていたが……自らの体を構成する僅かに残った神力を削って【神撃】とやらを放ったか。だが残念だな。貴様の命を削った一撃では、俺の半身しか削れなかったわけだ」


 天道剣はほくそ笑む。

 その目の前で【神撃】の行使により、残る神力を使い果たしたロリ女神が膝をついていた。奇襲の一撃が、ロリ女神に残された最後の手段であったため、ロリ女神にはもはや打てる手立てが無い。


 「それでは、大人しく散って貰おうか。聖剣に残された神力は枯れているが、今の貴様ならばただの棒きれ同然の剣でも両断できよう」


 天道剣は、警戒を解かずに聖剣に力を込める。神力が無くても剣は剣。以前の鋭さは失われているが、人の作り出す名刀よりも切れ味は良い。首などひと撫でで飛ぶ。そんな必殺の聖剣。振り上げられた剣は止まらない。

 このままではマズイ。

 これ以上似合わないシリアスなんか懲り懲りなのだ。

 なのに金髪女神は、何かを託すかのような瞳で京平を見て――

 

 「――京平。あとは頼んだ」


 今更、京平が手を伸ばしても届かない。

 決断が遅すぎた。天道剣を侮っていた。天上界の介入を期待してしまった。何よりも、あのロリ女神に頼りすぎた。

 

 「これは、俺の復讐の序章に過ぎない」


 天道剣の聖剣が、金髪ロリ女神を消し飛ばす。その後には何も残らない。


 世界が1つ、静かになった。




 


 

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