転生未遂事件


 「『本堂星翔を転生させろ』か。また随分と急な仕事の頼み方だな?」


 光も影もない一面黒の【始まりの地】で、京平は依頼書を眺めながら首をかしげていた。彼の目の前にいる金髪でロリな女神は普段「んじゃぁよろしく~」といった感じで仕事を投げてくるものなのだ。

 当の金髪ロリ女神は、少し珍しく真面目な顔をして答えてくれた。


 「それが、天上界十三柱議会の決定だからだよ京平。あそこの決定は天上界の総意だからね。ボクだって拒む理由はないし、何しろ目的ターゲット本堂星翔ほんどうきらとだ。覚えているかい? 平々凡々なごく普通の少年だよ」

 

 それを聞いて合点がいった。

 【天上界十三柱議会】は、京平たちが住む天上界を統べる十三柱の神々による世界の統治組織である。京平の上司である金髪ロリ女神のそのまた上司といった具合だ。京平の認識としては、なんだか偉い神様たちといったところか。【天上界十三柱議会】の決定は、天上界だけでなく無数に連なる異世界群にも影響を及ぼす重要な事項である。京平が意見する余地など無い。

 それに加えて、本堂星翔についても少し知識があった。少し前に金髪ロリ女神に頼まれて、転生させようとした少年だ。あの時は任務に失敗し、間違えて別の少女を異世界送りにした記憶がある。金髪ロリ女神の機転ゴリ押しで事なきを得たものの、肝心の本堂星翔は異世界送りに出来ていない。


 「そんなやつも居たな。だが改めて天上界十三柱議会が指名するほど重要人物だったのか? 女神も言ってた通り平凡な少年なんだろう?」

 

 「重要も重要……ウルトラ重要案件なんだよ。えっとね、ボクが前に転生させようと京平に指示したときは、本当に普通の少年だったんだ。天上界十三柱議会が思いつきで『異世界で覚醒とかすれば御の字だな』って程度の戯れさ」


 京平が思っていたよりも【天上界十三柱議会】はズボラなのかも知れない。

 少年少女を転生させようと言うのに、随分と適当な決定の仕方である。もしかしたら金髪ロリ女神も知らないところで重要な判断要素があるのかも知れないが、転生加害者としての認識は、京平も【天上界十三柱議会】もあまり変わらない。

 つまりは「いってらっしゃい、良き転生ライフを――」と笑顔で送り出せるということだ。そこに半強制した罪悪感など欠片も存在していない。


 「って事は、そのあとに何かあったのか?」


 「ほら、京平が転生用トラックで転生させるのに失敗しただろう? あの時にね。本堂星翔のラックが爆増したんだよ。それも神託でも授かったかのように唐突に……けど天上界の神々がただの少年にそれ程の奇跡を与えたりはしないものさ」


 「俺のトラックを避けられたのも、その奇跡のおかげだという事か?」


 「正確には、偶然通りかかった少女に運命を譲り渡して生き延びてしまうレベルの運という名の奇跡さ」


 つまりは本堂星翔を予定通り転生させられなかった事で、平凡だった彼は神をも驚愕させるほどの奇跡的な運を手に入れたということだ。


 「もしかして俺がミスったせいなのでは……」


 今の話から察するに、失敗しなければ本堂星翔は普通の少年だったのだろう。

 何かとんでもない失敗をやらかした気がする京平。当時は金髪ロリなアホ女神が能天気にも身代わりを異世界送りにしていたから笑い話で終わったが、あの時にすぐにでも戻って転生させておくべきだったか。そんな不安が脳裏をよぎる。

 しかし意外にも、女神からかけられた声には喜色が含まれていた。


 「いやいや、むしろ京平のおかげだよ! 京平が失敗したおかげで本堂星翔は転生者としても高い適正を示し始めたんだ。彼が持つ奇跡的な運が、2桁異世界でも通用するとの話も上がってきている。本堂星翔は大出生だよ!!」


 金髪ロリ女神は【始まりの地】備え付けの豪奢な椅子に腰掛けたまま、嬉しそうに足をばたつかせる。その様子を見てホッと胸を撫で下ろす京平は、改めて仕事を確認した。


 「それで今まで見逃していた本堂星翔を、改めて転生させようだなんて話が上がってきたわけか。ミスったはずの仕事が、でかくなって手元に帰ってきたわけだ」


 過去の失敗を帳消しにできるチャンスだ。

 金髪ロリ女神もご機嫌で、京平は気分がよかった。


 「それじゃあ、今度こそ本堂星翔を転生させてくるよ」


 「よろしくな~京平~!」


 女神の見送りを背に受けて、京平は颯爽と下界へと下った。





 ~~半日後~~



 


 「おかしい!!!!」

 「少年の持つ運が、吾輩たちの想像を遥かに超越していたということであろう」


 京平と黒猫Typeωは、河川敷の土手の上で頭を抱えていた。

 京平に至っては、地団駄を踏み叫ぶ始末である。彼は胸に抱いたずぶ濡れの黒猫Typeωの体を拭きながら「どうすればいいんだ~??」とぼやき続ける。

 本堂星翔を転生させようと7度の転生執行さつじんしたのだが、全てが失敗に終わったのだ。先日盟友となった《転生誘導用必殺黒猫》Typeωとも試行錯誤したのだが、尽く強烈な運によって回避されてしまったのである。しかもそれを当人が意識していない様なので心が折れそうになっていた。

 歴戦をくぐり抜けてきたであろ貫禄を持つ黒猫Typeωも、言葉の端に疲労が見える。やる事なす事全て裏目に出ているのだから仕方がない。


 「だけど諦めて帰るわけにはいかねぇんだよな」

 「無論だ。この仕事は、かの天上界十三柱議会から下されたもの……気軽に無理でしたと投げ出せるものでは無かろう」

 「だよなぁ。これほど苦労させられた転生者は他にいねぇぞ」


 これまでも京平自身のミスなどで転生出来なくなりかけた事故はあったが、あくまでも京平側のミスである。ましてや《転生誘導用必殺黒猫》なんてチート同然の便利道具を持ち出しても失敗続きなのは過去に経験が無かった。


 「黒猫~なんとかならねぇのかぁ?」

 

 抱いた黒猫Typeωに情けない声で問いかけるのは、これで何度目か。

 黒猫Typeωも妙案は浮かばないようで沈黙していた。

 

 「これまでの7回……トラックで轢けなかったのが本堂星翔の登下校合わせて4回。黒猫が体当たりして校舎の屋上から突き落とそうとしたのが1回。マンションのベランダから植木鉢の雨を降らせたが全て間一髪で避けられたのが1回。俺と黒猫が挟み撃ちして川に突き落とそうとしたのが1回……丸ごと失敗してこの有様だ。大丈夫か黒猫? かっこいい名前が付いているんだから、橋から滑って川に落ちたくらいで風邪をひかないでくれよ?」


 「吾輩は風邪などとは無縁である。しかしまぁ散々ではあるな……このままでは転生執行者としての名が泣くであろう。次で確実に決めたいところではあるが」


 京平の心配に、黒猫Typeωは問題無いと鼻を鳴らす。

 川から引き上げた時はボロ雑巾のようにズブズブだったが、幾分か調子を取り戻してきたらしい。しかし度重なる失敗で2人のプライドはかなり傷ついていた。黒猫の言うように、もうあまり時間をかけたくない。

 加えて時刻はもう夕方も後半だ。

 太陽は大半が沈み、空には月が浮かんでいる。

 金髪ロリ女神から貰った資料によると、少年は家族とともにマンションの一室を借りて生活しているらしく、晩ご飯のあとはゲームをしていて家から出ないらしい。外で通りすがりを装って転生を執行していた今までのパターンは使えない。

 

 「しかもそのマンション、オートロックで警備員付き……本堂星翔が住むのはそんなセキュリティバッチリの8階角部屋らしい。加えて両親はすでに帰宅しており、宅配に扮しても星翔本人は出てこない」


 「ほお、それは……」

 

 「そして薄々気がついているかも知れないが、俺たちが失敗するたびに本堂星翔の運気が跳ね上がっている。繰り返すほどに失敗する確率が上がっていくヤバイ状況だ。俺たちには後がない。さっき黒猫が言ったとおり次で確実に決めたい」


 一般人で、凡人で、ただの少年の癖して英雄を軽く凌駕する運を宿してやがる。内心京平は毒づいた。ついでに中指も立てておく。そうでもしないとやってられない。


 「しかしどうする? 今日中の決行は不可能にも感じられるが?」


 黒猫Typeωは京平に問う。

 京平は考えた。英気を養い明日に備えるのも1つの策だろう。しかし問題はさっきも言った通り、本堂星翔の運気が上がり続けていることだ。ここで京平たちが中断すれば、それすらも本堂星翔の強運が成した改変とも取れかねない。本堂星翔の転生が遅れるほど、本堂星翔は不死になる。

 

 「一刻の猶予もない。今夜中には転生を決行するぞ」

 

 「策がなければこれまでとは変わらんが、考えはあるのだろうな?」


 「もちろんだ。強引な手段だがアレなら何とかなるだろう……俺が直接手を下す。それが成功するように誘導と攪乱は頼んだ黒猫。お前が頼りだ」


 京平は立ち上がる。

 散々喚いた土手にはもう人はいない

 その静けさは、決意を固めるのに十分であった。京平は作戦を黒猫Typeωに伝える。 


 「了解。その転生、吾輩が力を貸してやろう」


 黒猫Typeωは力強く返事をし、颯爽と闇夜へと消えていく。本堂星翔転生作戦。京平と黒猫による8回目の正直が、揺るがぬ決意とともに始まった。




 ********




 月夜。

 夜景が一望できるビルの屋上で、京平はジッと時を待っていた。こんな時のために、ロリ女神から頂戴していた漆黒のローブが風になびく。落下耐性やら滑空機能が付与されたアイテムである。全身を覆う漆黒のローブ姿の自分に満足しつつ、見ているのは大通りを挟んで数軒向こうにあるマンションだ。少年はそこにいる。合図が有り次第、颯爽と月を背にして夜空を飛び、少年の元へと容赦なく降り立つのだ。


 そして時は来た。

 本堂が住む12階建てのマンションの屋上が、爆発し炎上したのだ。衝撃により窓ガラスは粉々に吹き飛び、吹き飛んだ瓦礫が大通りに降り注ぐ。全て黒猫Typeωの仕業であった。黒猫Typeωは死者は出ないよう調整すると言っていたので、マンションの住人達は今頃慌ててマンションの外に避難しようとしているだろう。

 ここからが京平の仕事だ。

 

 「とうっ!」


 ビルの上から華麗に飛び降りた京平は、女神に貰ったローブを操り滑空した。噴煙を目印に一直線に飛んで行く。下での騒ぎには目もくれず、降り立ったのは8階の本堂家ベランダだ。


 「転生局転生課!金髪ロリ女神直属の京平さま参上キーック!!」


 特に意味のない掛け声と共に、彼は蹴りを繰り出して窓ガラスを粉砕する。そこにはまだ、逃げ遅れていた本堂一家の姿があった。それが京介には都合がいい、本堂星翔本人がまだいるということだ。驚いた本堂星翔の両親は、何事かと京平を見た。そんな彼らに、京平は手をかざし唱える。


 「


 手にはめられているのは、これまたロリ女神支給の便利アイテム、暗示の指輪である。普段の仕事では使わないのだが、今回の件はロリ女神も気合が入っているらしい。秘蔵の便利アイテムコレクションが、次から次へと出てくる。

 そんなこんなで暗示にかけられた本堂星翔の両親は、京平には目もくれずに慌てた様子でマンションの外へと避難した。その効果はてきめんで、状況が分かっていない本堂星翔だけが部屋に取り残されていた。少年自身に暗示をかけた訳ではないので、彼は状況を理解していない。謎の男が窓ガラスをぶち破って入ってきたと思ったら、両親は少年を無視して逃げ出したのだ。


 「やぁ、少年。随分と手間かけさせてくれたな」


 京平の立ち振る舞いは、完全に犯罪者そのものである。下卑た笑みを浮かべ、少年ににじり寄る姿は悪鬼の如し。猟奇的殺人犯の目をしていた。

 とは言えそれは、本堂星翔から見た状況。京平自身は作戦が完璧に成功したことに安堵していただけである。作戦名は「マンション爆破して出てこられない本堂星翔を孤立させよう作戦」だ。よくもまぁ、こんな滅茶苦茶な作戦に黒猫Typeωが協力してくれたものだ。

 得難い戦友に感謝して、京平は最後の仕上げに入る。転生とは、ただ殺すのとはわけか違い、魂を一度天上界に贈り届け異世界へと繋げる工程だ。これには天上界特性の便利アイテムが必要となる。少し前に、乾司いぬいつかさという女性を転生させたときに使用したのと同じアイテム。


 「形状は手袋。手に嵌めて対象の魂を掴み取る優れものだ。痛みはないし、深い眠りに就くように一瞬で終わるから安心してくれ」


 ちなみにいつものトラックは、轢いた時の衝撃で魂を天上界まで吹き飛ばす物だ。【始まりの地】へと一直線なので、京平みたいな現場の従者にも手間がかからず優しい仕様なのである。その点この手袋は、直接魂を回収できる代わりに、天上界まで手続きをして送り届けなければならない。手間暇かかっちゃうのだ。

 そんなこんなで京平は、腰を抜かして動けない少年へと手を伸ばす。


 その瞬間――


 ――マンションがまたしても爆発により激しく揺さぶられた。

 京平のいる部屋にも火の手が伸びる。


 「なっ!?」


 驚愕に手を引っ込めて、京平は思考をめぐらした。このタイミングでの爆発は、黒猫Typeωと交わした作戦に無い。では一体何事か。


 「不味いぞ!」


 慌てるようにして飛び込んできたのは、陽動を担当していた黒猫Typeωだ。


 「何があった!? もう爆破は十分だぞ!」


 「吾輩も盲点であった。このマンション、違法か知らんが木造よりも延焼が早い! しかも爆弾を密造していたバカ共の拠点でもあったらしく誘爆した! ここも間もなく火に飲まれるぞ」


 「はぁ!? どうしてこのマンションに限ってそんなアホな……」


 不運にも程がある。

 そう言おうとして京平は気がついた。もしかして、これも本堂星翔の豪運なのか。そうまでして少年の運は転生を回避すると言う訳だ。

 京平は鳥肌が立った。今の爆発で本堂星翔は、8回目の転生を回避している。京平にとってミスが許されない局面でのコレは致命的だ。焦燥する黒猫Typeωがベランダの方から叫ぶ。


 「早く本堂星翔の魂を回収しろ! 炎に呑まれればお前も無事では済まないのだぞ!」


 「分かってる!」


 これが最後。

 京平は手を伸ばし、少年の胸に触れる。魂の回収には1秒もかからない。


 だが、その1秒すら待つことは許されなかった。


 崩壊を始めていたマンションがとうとう限界に達し、本堂家の天井も砕け落ちた。そのうち特に大きい破片がズドンと、京平と本堂星翔の間に突き刺さるようにして落ちてくる。少年の胸に触れた直後の出来事で、本能的な反射には抗えない。思わず手を下げ、身をよじるようにして破片を回避するのが精一杯であった。

 そして事態の深刻さに気がついたときにはもう遅い。本堂との距離は1メートルも無かったが、その間には突き立った天井の破片と、京平では到底覆せない運の差が出来ていた。

 

 「もう猶予が無い……離脱するぞ。吾輩たちでは、もうあの少年には届かない」


 崩壊と業火に飲まれるマンションを京平と黒猫Typeωは脱出するしかない。転生に9度失敗した今、本堂星翔の運は今日の始めとは比べ物にならないだろう。これ以上本堂に関われば、今度は京平の命が危うい。少年の幸運に殺される。迷って立ち止まっている暇なんて無かった。


 「くそっ、なんて日だ。豪運にも程がある」


 京平は悪態を吐きながら、黒猫に引っ張られるようにして天上界へと帰還する。

 その直後、本堂家のあるマンションは半壊した。マンションの被害は甚大だが、黒猫Typeωの暗躍により死傷者は0人、責任は全てマンションに拠点を構えていた犯罪グループの仕業ということになっている。もちろん神すら恐れる強運の持ち主である本堂星翔も、怪我一つなく生還していたと、後になってからロリ女神に聞かされた。


 こうして京平による転生は未遂に終わった。

 本堂星翔は、今日も運を上げ続けている。




~~蛇足~~

 


 後日【天上界十三柱議会】に呼び出された京平は、戦々恐々としながら【天上】へと向かった。説教でも喰らうのか、それもミスを咎められて職を失ってしまうのだろうか。そんな嫌な予感が頭の中をグルグル回る。

 しかし、京平にかけられたの思いもよらない言葉だった。


 『いやぁそれにしても、転生執行人にしてはよく頑張りはったねぇ? 私たちは、てっきり7回目くらいで諦めて帰ってくると踏んでいたんやけど……まさか9回とは驚いたわ! 若いのに中々根性あるやん見直したで』


 「え……? 諦めて帰ってくる?」


 『そりゃあ、あんな強運相手に転生執行できるだなんて、私たち誰も思っとらんよぉ。適当な理由で例の少年の運を、高めたろう言う話になってな。思ってたよりいい結果や! ホンマ、君はええ仕事してくれたわ。あとでボーナスつけとくよう言うとくから楽しみに待っててなぁ』


  え、運を上げるためだけに俺は仕事をしていたの? 転生……させる必要なかったの? と、ようやく気が付く京平は、唖然としたまま【天上】から退席する。その足で居酒屋に向かい、お気に入りのエーレちゃんに泣きついた。


 「俺が本堂に翻弄され続けた時間は何だったんだよぉう!! あんまりだぁ!!」

 


 


 


 


 

 



 


 

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