彼女の理想の異世界転生(?)
足元に、もう硬い地面はない。
風が全身を叩く。
そうしてから始めて下を見た。
地上25メートル。
そう、私は自宅のベランダから飛び出していた。
そうしてようやく彼女は、己の失態に気が付く。
死ぬことを覚悟して勢いよく飛び落ちては見たが、今更恐怖が胃の奥底からせりあがってきた。ベランダの手すりは届かない。支えるものなんて何もなく、バランスも取れずに頭から落下する。
だけどそれでいい。
これで、私の人生は終わり。
ようやく面倒なこととか色んなしがらみから抜け出せるのだ。
だけど中々地面にたどり着けない。走馬灯っていうんだっけ? 頭の中に
そんな
そして私の直下で停止したトラックから、青年が出てくる。
「(あぁ、ぶつかったらあの人にも怪我を負わせてしまうかも……そうじゃなくても転落してきた死体なんか見たら、びっくりするだろうなぁ。トラウマにならないといいんだけど……はぁ、私は死んでも他人に迷惑をかけちゃうのか)」
そんな事を考えていると、ふと気づく。
「(あれ? あの人だけ動きがゆっくりじゃない)」
スロー再生な中、唯一普通に動くその青年と目があって――
1
落下してくる少女の背後に、黒い影がこびりついていた。
あの世の『死』、そのものだ。
このまま死ねば、少女はあの世行き確定である。
ロリ女神が慌てて仕事を投げてきたから駆けつけてみたが、なるほど確かに事態は急を要すらしい。あの世の『死』はこの世を蝕む一種の呪い。天界の天敵である。
だから、京平は少し反則技をつかった。彼女の『死』までの時間を引き伸ばす。
「お、やっぱり不思議そうな顔をしているな」
トラックから降りた京平は、トンっと飛び上がって少女の隣にやってきた。
落下している真っ最中の少女の隣に寄り添うような形でだ。
「現在進行形で死に向かって突き進んでるとこ悪いんだが、ちょこっと話でもしないか?」
友人を喫茶店に誘うように、京平は囁いた。
突然現れて、しかも一緒に落下する京平を見て、少女がギョッと目を見開く。
どうやら挨拶はまともに耳に届いていないらしい。
だけど京平は構わず続ける。
「
「え、え……!?」
そりゃあびっくりもするだろう。異世界なんて
もしかしたら、中々地面に衝突しないことも疑問に思っているかもしれない。実はこの時既に、少女――恋紗――が飛び降りてからたっぷり一分は経っている。
「わかる。わかるぜ、いきなり異世界なんて言われても困るよな」
異世界転生の適正者は、およそ転生という言葉を聞いても最初は首をかしげるばかり。アニメや漫画でおなじみになって来た異世界転生だが、自身に起きると頭が真っ白になる少年少女は数多い。
「異世界転生ってのはな、死んだあともう一度人生をやり直せるシステムのことさ。恋紗ちゃんが今世を諦めたのだって、別に生きているのが苦しかったからじゃないだろう? 苦しいかったかもしれないが、それは根本的な理由じゃない。恋紗ちゃんに都合が良くなかったから、楽しいことが全然無かったから今死に向かっているんだろう?」
京平は、少女に語る。
転生に関して肝心なの『異世界転生したら、その世界を救わなければならない』という重要な使命は伝えずに、美味しいところだけ一方的にまくし立てていく。
「異世界転生をすればそれが叶う。恋紗ちゃんがしたいことはなんだ? それが叶えられる異世界に転生させて上げよう」
「え……、」
「やはり迷うよな。いや、迷ったほうがいい。地面にはもうすぐで激突するが、恋紗ちゃんの意志を尊重したい。考える時間は……もう少し必要みたいだから、サクッと伸ばしてしまおうか」
京平はもう一度カチカチカチと、何かをいじった。
すると景色が伸びる。
世界が歪んだ。地面までの距離が何倍にも膨れ上がる。落下時間はもう三分を超えており、少女の目にもようやく冷静さが戻ってきた。慣れてきたという方が適切か。
京平は恋紗の目を見て端的に告げる。
「しようぜ、異世界転生」
天界の広報にでも見られたらCMに抜擢されかねないほどの爽やかな営業スマイルで、京平は親指を立てて勧誘する。要するに「死んで俺たちに魂を預けろ」と言っているのだが、直接表さなければここまでクールに決められる事を、京平は最近知った。
そして少女の答えを待つ。
彼女は何を想ったのか瞼を閉じて難しい顔をした。唇を噛み締めて顔を伏せる。
その様子を見て、京平は流石に説明不足だったかと次の一手を考えていたが、その直後に考えを改めた。少女の口角が、少し上がった気がしたのと同時。
「異世界転生キターーー!!!!!!!!!!」
体は落下してるのに、テンションはいきなり雲を突き抜けたような叫び声が響いたのだ。
「これよこれ! 毎日毎日学校の行き帰りで自分語りして、いつでも異世界転生の導入に繋げられるように準備していたのに全然お呼びがかからないから不思議に思っていたのよねぇ。異世界での真名を考えたり、魔王と対峙した時の口上もバッチリ考えたりしてた甲斐があったってもんよ! ねぇ! あなたはどなた? 異世界はどこかしら!?」
まくし立てた恋紗ちゃんは、どうやらちょっとイタい少女だったらしい。
だけどこれは好都合だと京平は笑う。
「俺は女神の使いっぱしりだ。異世界に行く準備なら出来ている。あとは恋紗ちゃんが首を縦に振るだけ……本当にいいんだな? 大きな声で、OKかYesかハイ!で行くとしよう」
「ふっふっふ、なんの意味もなかった人生だったけど、最後の最後で大逆転! これからは私の時代よ!!」
そして恋紗は人生の最後に、人生で一番の笑顔と大声で宣言した。
「イエ~~~~ス!!!!!」
「いい返事だ。その夢、俺たちが叶えてやろう」
京平は恋紗の元を離れて一足先に地上へ降りる。異世界転生前の最後の仕上げだ。
「オーライオーライ! 時空を等速に戻すから、恋紗ちゃんはそのままトラックに突っ込んで天界行きな~!」
アクセルを踏み、少しトラックを前進させたところに、恋紗はまっすぐ落ちてきて――
2
「やぁ、無事に【始まりの地】にこれたようで何よりだよ。そのままだと『死』に取り憑かれてまっすぐあの世行きだったからね」
恋紗は気が付くと【始まりの地】に立っていた。どこまでも白が続く世界。転生予定者がやってくると【始まりの地】は光で覆われる。
恋紗は周囲を見渡して、その空間に唯一存在する豪奢な椅子と、金髪幼女のサンダル女神を見つけた。先ほどの声の主はその女神だ。
「あなたが女神様みたいね」
「そういう君は
ロリ女神は椅子に座ったまま両手を広げて歓迎する。
だがその笑顔は、転生者を歓迎する笑顔ではない。
京平は知っている。
アレは、あの世に先を越されなかった事を喜ぶドヤ顔であった。
「よし、君の望み通り異世界に転生させて上げよう。まずは、異世界へ行った時に君だけが持つ特別なチートスキルを選んでくれ」
椅子の裏で話を聞く京平は、ロリ女神の声音だけで何を考えているかわかる。
表情はウキウキだろうが、内容はかなり適当だった。
「おいアホ女神、転生者にはちゃんと優しく教えてあげるのがマニュアルだろう?」
「はぁ、何言ってんのさ京平。あの子は別に高い転生適正を持ってないんだよ? 『死』に捕まっていたからボクは助けてやっただけで、そうじゃなきゃ見殺しだよ。天界だってそうバンバンと転生者を送り出せるほど暇じゃないんだよ」
とまぁ、つまりはそういうことだった。
天界の天敵である『死』に冒されていなければ、少女は今頃普通に投身自殺しただけの儚い命であっただろう。それでは天界の方針として不都合なので、京平を駆り出し手を差し伸べただけ。ロリ女神の手続きからは、いかにも早く終わらせたいというオーラが滲み出している。
だけどロリ女神の思惑なんて露にも知らない哀れな少女恋紗ちゃんは、どうやら理想の展開に笑いが抑えきれないようだ。
「フフフ……異世界転生、チート能力に可愛い金髪幼女ちゃん……!! ウヒヒ、そうだここは一つ自分語りでも入れないと。いや、まずはチート能力の確認ね! ウヘヘ、この時の為に、昼夜ベッドに籠ってイメージトレーニングをしておいた甲斐があったわ!!」
「おっと、これは俺もとっとと異世界に送り出したくなってきだぞ……」
気味の悪い笑いを漏らしながら呟く恋紗に、京平は若干引きながら成り行きを見守る。
「そういう事なら話ははやい、さっそく君にピッタリな異世界を――」
ロリ女神はこういう手合いには慣れているのか、ポンポンと話を先に進めようとした直後。パチンと誰かの指が鳴る。
爆音と火焔が【始まりの地】を席巻した。
空気が震撼し、驚愕で京平は後ろにすっ転んだ。
「な、何事だ!?」
慌てて叫ぶ京平は見た。
フッと、指を鳴らしたポーズでドヤ顔を決める恋紗が爆発の真ん中に仁王立ちしている。
「これはすごいわ! うへへ、指パッチンだけで全てを破壊する究極のアルティメット破壊能力『爆炎に抱かれ永久の眠りにつけ――』……くぅ~!! 数々のイメージトレーニングと指パッチ素振りは無駄じゃなかったのね!!」
なんだか
だがいきなりぶっぱなされた京平としては、たまったもんじゃない。
何か一言訴えてやろうと、ロリ女神の座る椅子の裏から顔を出す。
「おい! お前――」
「京平今は下がってて、ボクがちゃんと言っておいてあげるよ」
ロリ女神に片手で静止され、京平は素直に引き下がった。
何やら真面目な雰囲気だったのだ。
「ウヒヒ……これで魔王も邪神も怖くない……あ、」
一人で盛り上がっていた恋紗も、流石に女神が硬い顔をしていることには気がついたらしい。
やっちまったとオロオロしだした。
「恋紗ちゃんって言ったっけ。うんうん、チート能力を得られて興奮する気持ちはわからなくもない。だけど、ボクが言いたいことはわかるかい?」
「あ……え、その。あの……」
見た目だけでは圧倒的に年下のロリ女神に告げられて、恋紗は言葉も出ない。
「あわわわわ」
混乱して涙目になる恋紗に、ロリ女神はたっぷりと間を取ってから、
「ぷっwww」
と思い切り吹き出した。
「わはは。ボクが怒っているでも勘違いしたのかい!? 違うよ違う。君のアルティメットなんちゃらだっけ? それが面白すぎて耐えられなかったんだよ」
「え? え……?」
「流石はイメージトレーニングの賜物だね! ぷぷぷ~、爆炎と爆発は凄まじかったけど、全部虚しいサウンドエフェクトと3DCGの織り成す大迫力の映像止まりだってことだよね! 見た目と演出は派手だけど、それじゃあ魔王どころか羽虫の一匹も殺せないよ」
椅子の肘掛をバンバンと叩いて爆笑するロリ女神の言動で、ようやく京平も理解できてきた。
「もしかして今の能力って、見た目と音だけってことか?」
あれだけ派手な
「わっはっは、いや~引きこもって考えていた決め台詞も見ものだったよ。うん、いいものを見せてもらった。それだけでも君を【始まりの地】に呼んだ苦労が報われるってもんだよ」
「あわわわわわ」
「というわけで君のチート能力も確定した! ではさっそく行ってもらおうか。第792番異世界ラフーラルへ」
混乱の中にある恋紗を無視しロリ女神は杖を取り出す。
トンと床を突き、問答無用で魔法陣を展開させた。異世界に続くゲートである。
「ちょ、ちょっと待って! 待ってください! チート能力の交換を! あの! ちょっと! こんなネタ能力じゃ、私どうやって無双すればいいんですか!?」
恋紗の体がゲートに溶けていく。
そんな少女の訴えは棄却する方向で決めたロリな女神は、やはり笑顔でこういうのだ。
「いってらっしゃい。良い人生を」
無責任に、満面の笑顔で、ひと仕事終えて達成感を噛み締めるように手を振った。
加害者はいつでもこんなもんだ。
こうしてまた異世界は、無垢な少年少女たちによって救われる。
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