もっとサクッと異世界転生させる方法ないの?



 「あい、いっちょあがり~……ふっ、また異世界転生させちまったぜ」


 今日も今日とて異世界へ転生することとなった哀れな被害者――少年A――をいてから、京平きょうへいは遅すぎるブレーキを踏む。労働による気持ちの良い汗を、首に巻いたタオルで拭ったところでトラック【ひき殺した少年少女を異世界へ転生させる強制転生装置】は停車した。


 ミッション達成。


 スクランブル交差点はやはり大混乱だが、そんな観衆の目をいちいち誤魔化さず、トラックと京平は始まりの地へと帰還(転移)する。

 ちょうど同じ頃に、轢いた少年Aの魂も【始まりの地】の門を叩くだろう。


 そんな転生者の行方を見届けるために、京平自身も【始まりの地】に向かうことがあるのだが、本日は少し寄り道していた。天界にある居酒屋だ。俗世にまみれており、昼間っから飲んだくれて潰れている神様もいる。

 そんなぐでんぐでんの神様は無視して、俺はさっそくジョッキを一気にあおった。


 「ク~~~っ、仕事のあとの一杯は格別だなぁ!!」


 ドンッとテーブルに叩きつけるまでの乱暴な動作が、京平の心をスカッとさせる。意味はない……意味はないのだが、偉丈夫いじょうふな戦神が同じようにしていたのを見て、憧れてしまったのだ。

 京平だって、まだまだ心は男の子なのである。


 それに京平の目的はそれだけでない。


 「うふふ、京平さんは良い飲みっぷりですね。さぁ、どうですかもう一杯? 今なら私が注いで上げますよ?」


 ホールの姉ちゃんが、これまた胸が大きくて京平のタイプだったのだ。名前はエーレと言うらしい。彼女は京平と似たような立場で、どこかの神様に仕えている従者らしく、何度か通うウチにすっかりと意気投合してしまった。


 「わっはっは、いいの? じゃあもう一杯注文しちゃおうかな!」


 この京平、いつになく上機嫌である。

 つい数分前に、いたいけな少年一人をひき殺したとは思えない能天気ぶりだが、いちいち気を病んでいてはこの仕事は務まらないのだ。だから京平は酒を呷って、エーレちゃんにデレデレする。徹底的にダメ人間を追求していた。


 そうやってドンチャン騒いで小一時間。

 いい感じに酔も回ってきたところで、京平は用事を思い出して天界居酒屋を後にする。


 「エーレちゃ~ん。またお話しようねぇ~」

 「は~い! いつでもお待ちしておりま~す」


 エーレは去りゆく京平に笑顔で手を振って、もう片方の手で小さくガッツポーズ。


 「(これでまた私に常連がついたわ……給料アップで今月の給料はウハウハよ!)」


 ――お金の亡者さんであった。





*****





 ――で、愛しのエーレちゃんの裏の顔なんて想像もしない京平は、千鳥足ちどりあしで【始まりの地】へと戻ってくる。すると笑顔で彼に向かって走ってくる少女がいた。


 「お~か~え~り~京平~!! ボクが指名した可愛い可愛い転生者がちゃんと来てたぞ~。今日は問題なく仕事できたみたいで安心だよ」


 「あぁ、ただいま……って、まとわりつくなアホ女神!」


 金髪でロリ体型な女神が、やはりサンダルをペタペタと鳴らしながら青年の腕に飛びつきぶら下がる。京平が仕えている……彼曰くアホな女神は、罵倒など無視して天真爛漫に続けた。


 「第三九九番異世界・ナプナトラリウムに適性のある子が見つかって良かったよ。あそこは全土が煉獄れんごく地獄じごくで『あの世』の奴らもビックリなS級難易度だから、これまでなかなか見つからなかったんだよね……って京平」


 快活に喋っていたロリ女神がムッと鼻をつまんだ。


 「おしゃけ臭いぞ京平」


 「さっき飲んできたからな。嫌なら離れていいんだぞ」


 「ムキーッ! ボクがアルコール臭いの苦手だからって、ガッツリ飲んでたのならそれは大きな見当違いだよ京平! 意地でも離してやるもんかい! 今日はベッドまでくっついて行ってやるからな!」


 女神は京平の背中をよじ登り、両手を首に、両足を腹に巻きつけてガシッと張り付く。さながら木にしがみつくコアラの様な有様なアホ女神。


 「だーっ! バカやめろアホ女神!! 俺と同衾したけりゃもっとおっぱい大きくなってから出直してきてくれ!」


 「キーッ!! これはもう徹底的に少女体型の良さってものを、体を使って教えなければならないみたいだねぇ京平!」


 ワーキャー騒ぐ女神と京平。

 これだけ拒絶しながらも、女神を強引に振り落とさないのは京平の優しさか。

 故に京平は必死に事態を収めようとする――だが京平自身は謝らないという方向で……つまり全部茶番であると理解した上で。


 「ちょいちょい! ちょっと待て、こんな事に女神の権限なんて行使しようとしてんじゃねぇ! 俺にもやらなきゃなんねぇ事があるんだよ」


 女神の権利とは、従者の行動を強制する神々に与えられた権限だ。使用にはそれなりの対価が必要なので、おいそれと行使できる筈もないのだが、万一されると京平には拒否権がない。そういう類のものだ。


 そんなわけで京平の最後の言葉に引っかかった女神は首をかしげる。


 「ボクと遊ぶよりもやらなきゃいけないことって何かな~~~???」


 「トラックの整備だよ。仕事道具だ、アレがねぇと異世界転生させられないだろう」


 「む、突然正論をブチ込むなんて京平は空気が読めないのかい?」


 ちょっと拗ねた様子の女神を優しく背中から引き剥がし、ため息をつく。取っ組み合いして口論しているのも、女神とのコミュニケーションの一環なので、京平としても疎かにするのは不本意なのだが、それとこれとは話が別なのだ。


 「とは言ってもなぁ。他に異世界転生させるバリエーションないのか? トラックばかりだと出来る仕事も限られてくるんだよ」


 彼の言うとおり、仕事の大半がトラックでの轢死であった。

 アレは大通りとか、ちゃんと舗装された道がないと使えない手段なので、必然的にターゲットが道路に出てくるのを待たなければなない。しかも大型だから、住宅街みたいな入り組んだ場所だとスピードが出せず転生させる事ができないのだ。


 「むむむ、言われてみれば京平の言うとおりだ」


 「だろ? もっとサクッと異世界転生させられる手段とかってないのか?」


 異世界転生させられる少年少女たち(ときどきオッサン)の気持ちなんて微塵も推し量らない京平は、無責任にそんなことを言う。つい先日、人妻相手に大泣きしたとは思えないほどの言い草だが、どちらも彼の一面であり「全く都合のいい性格をしているよな俺」と居酒屋のエーレちゃんに自分語りしていた。


 そんな京平の真面目(笑)な悩みを聞いた女神は、ペタンと豪奢な椅子に腰掛けて腕を組む。


 「う~ん、他の転生課の神様たちはどんな手段とってたっけな。ちょっと待ってよ……今、ボクの記憶を遡ってるよ」


 京平も考える。

 どこかで転生させる手段みたいなのを聞いた気がして、それで思い出したものにこんなのがある。


 「そうだそうだ! アレってどうなんだ……勇者召喚ならまどろっこしい真似せずに始まりの地に呼べるんじゃねぇのか?」


 「あ~、ダメダメ、ボクの専門じゃないよソレ」


 

 専門とかあるのかと、内心驚く京平をよそにロリ女神は続けた。


 「勇者召喚は、女神がわざわざ召喚するタイプもあるけど、基本的には異世界の現地人が任意で呼ぶものだからねぇ。天界は異世界人に召喚された勇者候補に、通行許可証を出して問題なく異世界へ送り届けるゲートみたいなもんなんだよ。そこに天界の意思ってのはあんまり反映されないんだ」


 勇者召喚とは、異世界における教会などが行う大規模魔術の一種だ。つまり勇者召喚における天界の比重が少ないのだ。そしてその際に働くのは、天界の転生課ではなく、地球と異世界を結ぶ門を担当する天門局の仕事らしい。


 いよいよ俗世めいて来た天界に呆れつつ、京平は本題に戻る。


 「じゃあ転生局で採用されてる転生方法って他にどんなのがあるんだ?」


 「やっぱり一番多いのは、交通事故や落下物による唐突な事故を装ったものが多いんだよね。ボクが採用して京平が運用しているトラックも、この分類に入るんだ。

 そして次に多いのは、殺人の被害者を見つけて転生させてやろうって近づくタイプだね。怨恨や愛憎で、お昼時のドラマも真っ青なドロドロ修羅場に巻き込まれた人たちを相手にする神もいるんだよねー。まぁ、一番コストが低いのはこのやり方じゃないかな?

 そんでこれもよくあるんだけど、人類側の混乱とか一切合切無視した超常現象で転生させたい少年少女を問答無用で始まりの地に呼ぶタイプ。隕石降らしたりブラックホールを生み出したり、空間を捻じ曲げてでも転生させる神もいるんだよ。召喚コストが馬鹿みたいに高いからボクはしたくないけどね!」


 とまぁ、わかりやすいものを単純に上げるとこんなものだろう。

 時には人外……更には無機物までも転生させるもの好きの神もいるらしいが、そういったトンデモ案件は……今回は誠に勝手ながら無視させて頂く。ロリ女神や京平の仕事相手は無垢なる少年少女たちなのだ。


 「そうそう! それとな京平! 間違った認識をされているかもしれないからついでに言っておこう。瞬きしたら~とか、扉を開けたら~とかは、転生じゃないからな! 勇者召喚とかと同じ転移系の部類だから!」


 「お、おぅ」


 生まれ変わりが転生で、そのまま異世界へ行くのが転移だという。なにやらこのロリ女神にも、転生させる加害者としてのプライドがあったらしい。


 「京平がそこまで言うなら、ボクもトラック以外で方法がないか考えてみよう。とは言ってもだよ京平、ボクは超常現象で杜撰ずさんに転生させたり、殺害された被害者にハイエナのようにたかって甘い汁だけ吸おうとしたりするようなやり方だけは採用しないって覚えておいてね」


 つまりこんなアホな女神だが、自分が転生させる人間は自分で選んで責任を持って殺すと言っているのだ。豪奢な椅子にふんぞり返る女神は、アホだがその矜持だけは人一倍……いや、神一倍に尊いものだと京平は笑って頷いた。


 「あぁ、それはなんとなく知っていたよ」


 幼い体つきのくせに、妙に大事なところで一本筋を通してくるところが好きだから、京平はこのアホな女神に仕えているのだ。

 しかしそんな恥ずかしい事が顔に出たら悔しいので、京平はひらひらと手を振ってトラックの整備場へと向かうことにした。

 今日、少年Aを轢死させた時についた血痕やへこみや擦り傷をきれいに洗浄しなければならない。女神が新しい仕事道具を用意してくれるなら話は別だが、これからもトラックには世話になる。日頃の整備は、京平の日課となっていた。

 そんなことを考えながら、京平は最後にこう零す。


「トラックについた血痕とか傷跡をするって、なんだか闇が深くないか……」


 まさか天界に来てまでこんな血なまぐさい雑事をするとは思ってなかった。


 そうつぶやく京平は、自身の仕事で少年少女が異世界に飛ばされている方がよっぽど『』という事にあまり気づいてい。


 まぁ、加害者ってのはどこの世界にいってもそんなものなのだろう。

 京平は美人な女神に鼻の下を伸ばしつつ、平和な天界を満喫していた。





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