アイスケーキと女の戦い

「ふう」

心の中の黒い霧を吐き出すように深く深くため息をついた。

この憂いを晴らすには、甘ーい糖分か住宅地図が必要だ。

 しかし後者はなかなかお目にかかるのも難しい。

ままから最寄りの図書館を聞き、電話番号もゲット出来たので早速電話してみたのだ。

 結果は、お察しの通り。

近所の小さな図書館では資料として置いてなかった。

その後も調べた結果、大型の図書館であれば保管されているという事までは分かった。

しかし、ここにも問題はあった。

最有力の都内最大の書庫は年齢制限があり、その他の大型書庫も軒並み遠いのだ。

小学生ならいざ知らず、遠くの図書館まで幼児二人を連れて行ってくれるだろうか?

 きっと途中で疲れた蛍が愚図り出す気がする。

ままは三人では遠出をしたがらないし、ここ最近わたしに対する両親の信頼度も低い。

 これに関しては、心当たりがあり過ぎて言い訳も出来ないのだが。

カップを片手に溜息をつく、わたしに信頼の貯金があれば連れて行ってくれただろうか……。

 「どうしたの?」

掛けられた声に意識が眼前へと戻る。

薄緑のテーブルとピンク色の食器。

どれもプラスチックで出来た玩具は女の子が好みそうなフリルやリボンの模様が入っている。

 隣に座るあおいちゃんを見ると、心配そうに問いかけてきた。

「ちょっと欲しい物があって」

暗い顔をして答えるわたしに、かおりちゃんが近寄ってきた。

「欲しいもの?」

 手にはポットを持ち、腰にはフリルのエプロンを巻いている。

彼女は空のカップにお茶を注ぐふりをしながら、わたしの言葉の続きを待つ。

「うん。でも、高いから買ってもらえそうにないの」

「クリスマスにお願いすればいいんだよ」

と曇りない眼で言うあおいちゃんはサンタクロース肯定派。

「で、何が欲しいの?」

 焦れたようにかおるちゃんが言い、同調するようにえりかちゃんが頷いた。

彼女達はサンタクロース否定派。

最近の子は大人になるのが早い。

お茶会ごっこのカップを取り上げ、どくどくしいまでのピンクを眺めた。

女の子が好きそうな色。

「とうこちゃん、聞いてる?」

少し苛立ったようにえりかちゃんは言い、早く答えた方が良いなと口を開いた。

「住宅地図」

 ぽかんとするかおるちゃんに、首をひねるあおいちゃん。

唯一反応したえりかちゃんは顔を歪めてこう言った。

「何それ?」

住宅地図とはの解説を披露すると、三者三様に反応が返ってくる。

えりかちゃんは。

「とうこちゃんってやっぱり変」

承知しております。

かおるちゃんは。

「もっと可愛いものほしくないの?」

特に興味はございません。

あおいちゃんは

「地図ってそんなに高いの?」

ええ、それはもう子供にとっては。

 三人の反応を見るに、これが普通の反応だろう。

きっと女子高生に話したって似たような反応になると思う。

素知らぬ顔でカップを傾けるわたしにえりかちゃんが苦い顔を向けた。

「とうこちゃんはもっと女の子らしくした方が良いわ」

彼女なりの気遣いだろう。

女の子らしくリーダーシップがある。それが彼女なのだ。

「お洋服とかアクセサリーに興味ないの?」

「ないかな」

「じゃあ、男の子は?」

「えっと特には」

わたしの回答はえりかちゃんのお気に召さなかったらしい。

苦い顔は渋い顔に変わってしまった。

 まあまあと取り持つように、かおるちゃん達が間に入る。

でもっと前置きし、こちらを向いたお喋りさんは困ったようにこう言った。

「とうこちゃんも、春也先生に振り向いてもらうには頑張らなくちゃ」

何を頑張ると言うのか。

というより、今その話を言うのか。

あまりのタイミングの悪さに頭が痛くなった。

わたし達の近くには、ブロック遊びをするグループ。

 その中には春也先生大好きっ子のかすみちゃんの姿も在ったのだ。

止めておくれよう。

思うが私の心の声は届かなかった。

わたし達の会話に気付いたかすみちゃんは、仲の良いお友達を連れてこちらにやって来てしまう。

「何の話?」

かすみちゃんを中心に三人の女の子達が一列にこちらと対峙する。

 あーこれ昔もこんなの見たなあ。

何てのんきに構えるわたしとは違い、相手の表情は険しかった。

「かすみちゃん達には関係ないわ」

強い口調で言い放つえりかちゃんに、そうよそうよとかおるちゃんが同調した。

まずいなっと思い、動くわたしの手を誰かが握った。

 あおいちゃんだ。

目に涙を浮かべ、表情が強張っている。

明らかに怯えていた。無理もない、彼女はけんかや言いあいが苦手だから。

事が大きくなる前に納めてしまった方が良い。

あおいちゃんの手を優しく解いて、前に出る。

前線にいた少女達はどっちが早く好きになっただの、日の長さなんて関係ない等言いあっていた。

 わたしが出た事で一瞬静まり、その隙を狙って話しだした。

「ねえ、言いあいしたって春也先生は喜ばないよ」

わたしの言葉に相手が怯んだのを感じる。

よし、二撃目だ!

と思う前にかすみちゃんが頷いた。

「そうだね」

 この言葉で流れが変わる! 心の中でガッツポーズを決め、円満解決を祝った。

「勝負しましょう」

彼女の言葉が聞こえるまでは。

は? 言葉の意味が飲み込めずにあほみたいに聞き返す。

「今度のクリスマス会でどっちが可愛いか春也先生に決めてもらうの」

きっとこちらを睨み宣戦布告みたいに言う。

「良いわ」

わたしが待ってと返事をする前に、えりかちゃんが答えてしまった。

おいおいおいおい。

お互い数秒睨み合った末、あちらが踵を返いた。

歩き出したかすみちゃんは歩を止め、振り返る。

まともに彼女と目が合った。

「負けないから」

びしっと人差し指を突き立て、言い放ったかすみちゃんは直ぐに歩きだし廊下に出って行ってしまう。

その後をお友達が追いかけた。

 何という事だ。

茫然と立ち尽くすわたしの肩に重みを感じた。

右を向くとえりかちゃんが左にかおるちゃんが手を乗せて立っている。

右の彼女に視線を送る。

「大丈夫よ。わたし達も応援するわ」

今度は左に。

「任せて!」

左右からの熱い励ましに込み上がる気持ちがあった。

 声を大きくして言いたい。

私望んでませんけど!?

かくして、置いてけぼりのわたしを残して、冬の戦いが幕を開けた。

お願いだから、幕を下ろして。

願っても誰も応えてはくれなかった。




 


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