人魚の夢
こんなに泣くのは久しぶりだ。
いつからか、泣くのが恥ずかしくなっていた。
彼女と別れてから、トイレで化粧を直し、今日の大本命に挑んだ。
本当はこのまま帰ろうかとも思ったけど、ここまで来て引き下がったら女が廃る。
大盛りのシーフードカレーを前に、スプーンを持って挑みかかっていた。
三人前はあるご飯にスパイシーな香り漂うルーがこれでもかとかかっている。
ルーから顔を出す魚介類たちは、見えるだけでもかなり入っている。
海老、いか、ほたて。
呟きながら白い山にスプーンを突き立てた。
そのまま魚介の旨みを閉じ込めた海と絡ませる。
大口開けて、大きく一口!
おっいしー。
ルーのスパイシーさに魚介の深みが加わって信じられないほど、旨みが引き立ってる。
ぷりぷりの海老に、噛むほどに旨みが深まるいか、ホタテは口の中でほろほろと踊る!
ごくごくと乳飲料を飲んで、また掻き込む。
こんな食べ方もう何年もしてなかった。
__最高!
大人になってから我慢していた事をこれでもかとしてやる!
彼女に会ってそう決めた。
山もりのカレーは半分消えたけど、まだまだスプーンは止まらなかった。
学生の頃はもっと食べてたもんね。
もう一度スプーンでカレーを掬う。
大口開けて、一口!
美味しい!
テーブルの上に広がったつまみをあてに、本日三本目のビールに手を伸ばす。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴り、勝手に開いた扉には古い顔なじみがいた。
「冴子じゃーん」
けらけらと笑って手を振ると、冴子は額にしわが寄った。
「あんたね。そんなになる前に呼びなさいよ。」
怒ったように言ってはいたけど、手にはしっかりコンビニの袋が握られていた。
「何買ってきたのー?」
「つまみ」
呆れときながら、酒のあてを並べる冴子とは高校からの付き合い。
あたしを初めて、激うま食堂の水族館に連れてったのも冴子。
「大体ね、うちに合い鍵忘れる?」
「仕方ないじゃーん。傷心だったのー」
婚約破棄された後、あたしは冴子の家に転がり込んだ。
奴が荷物をまとめるまでの三日間随分お世話になったのよね。
どんなに、呆れても怒っても最後は必ず力になってくれる。
あたしの最高の友達。
「それでどうやって家に入ったのよ」
「荷物まとめた糞野郎に会って、鍵を没収した」
「ここあんたの名義だったの……」
心底嫌そうに言う冴子に、家賃は相手が多く払ってたって言っても無駄だった。
「ねえ」
「何ー?」
「これ何?」
冴子の指さす先にはあたしの鞄に下がった黒いマスコット。機嫌はもう直ったらしい。
「あー、それ作ったの」
バックを手に取り、黒い人形を弾いた。
「そういう子供ぽいの嫌いだったじゃない」
いぶかしむ冴子にニヤッと笑って言ってやった。
「魔女は別なのー」
もしまた彼女に会えたら、きちんとお礼が言いたい。
__ありがとう。
「え、何?」
顔を上げた親友に突進する。
「鬱陶しい!」
引き離しながら、睨む冴子に再度抱きつく。
心からお礼が言いたい。
彼女にも、大好きな親友にも。
「冴子ありがとう!」
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