アイスクリームとあぶくの魚
曇天の中モスグリーンの車は走る。
先週のパパとの約束の通りわたし達は家族で出かけている最中だ。
目的地は水族館。この前言った通り。
事前にチケットを取り、ままリクエストの竜宮城へは片道十五分位。
楽しみで自然身体が揺れていた。
私も水族館は好きだ。
沢山の魚の中歩くのは海底遊泳みたいで楽しい。
実際海で泳ぐのは嫌だけれど、水族館なら溺れようもないし安心だ。
チャイルドシート卒業を許された私は上機嫌で座席に座っている。
あの窮屈だった座席を降り低くなった視線で窓の外を眺めた。
夏には見知らぬ光景だった場所も今ではすっかり見慣れてしまった。
もうすぐ着くだろう目的地を思いながら、自分の袖を引っ張った。
これで服が魔女服じゃなければもっと良かったのに。
わたしの今日の服装はままが作った魔女の服。
冬のクリスマス会の為、今日は試作品を着ている。
まま曰く実際に普段の動きを見ないと仕上がりが分からないらしい。
嘘くさい。実に嘘くさい話しだ。
全くの嘘だとは言わないが、折角作ったのだからクリスマス会だけじゃ勿体ないと思っていそうな気配がぷんぷんする。出来れば試着はこれっきりにして頂きたいものだ。
しかし悔しいのが、試作だというのに服が仕上がっているという点だ。
黒のワンピースには裾先にフリルがあしらわれ、優雅に波打っている。
胸元は控えめなリボンとボタンで彩られ、腰下からは切り替えが入っている。
その上に灰色のボレロと黒いリボンのついたポシェトが宛がわれ、仕上げは黒いエナメル靴。
たかが水族館に行くのにこんなにする必要が有るのだろうか。
ままの凝り性もこれに関しては困りものだ。
ぱぱに助けを求めようにもかわいいなあと笑い、あまり関わってこない。
本人は長袖のシャツにジャケットにジーンズという比較的ラフな格好なんだからずるい。
ひとつため息をつき、隣の蛍にちょっかいをかける。
お前も将来苦労するぞおっと突っついた。
楽しろうにきゃらきゃら笑う彼は知らないのだ。三才過ぎたら、着せ替え人形だぞ。
「もう着くから座って」
ままの声に従い座り直すと、大きな白い建物が目に入った。
ドーム状に形造られた水族館はテレビでも特集が組まれるほど人気らしい。
もし迷子になってもこの服装なら目立つから大丈夫だなと思っていたら、駐車が終わった。
ままが車を降りぱぱも続く、私もシートベルトを外して降りる事にした。
蛍をままが抱き、鍵をかけたら、さあ出発!
とはいかなかった。
入る前のお約束。
走らない、騒がない。
迷子になったら、入口のイルカの前に戻る事。
イルカの人形を確認し、ままとのお約束事項も確認して、ぱぱと手を繋いで中に入る。
中には沢山の人と沢山の魚がいた。
チケット取ってて正解だったなというぱぱの囁きに頷いた。予約してなかったら、一時間は待ったと思う。
ぱぱに感謝し、水槽を見て回る。水槽の中の魚はテーマごとに分けられてるらしい。
説明書きを読みながら回っていると、ぱぱが途中から説明を読み始めてくれた。
お気づかい痛み入ります。でも、これ位なら、私読めますよ?
心の声でぱぱに言って水槽に視線をそそぐ。沢山の魚は群れをなし、ぴしっと並んで泳いでいた。
「いわしかな?」
青く小さな魚はきらきら光って綺麗だ。私の問いかけにぱぱが説明板に目を走らせている。
「マイワシ。身体に黒い斑点があるのが特徴なんだって。他にもカタクチイワシとかウルメイワシってのが他の水槽にいるらしい」
ほうほうと頷きながら聞く、普段気にも止めなかったけれどイワシにも色んな種類がいるらしい。
イワシを追うわたしの目に説明板とは違う掲示が目に入った。
『十二時から飼育員さんの餌やり公開中!お魚を目の前で楽しもう』
手書きのポップはカラフルでとても可愛らしい。
魚やペンギンの折り紙が張り付けられ、中央水槽で公開中見に来てねと脇の吹き出しに書いてあった。
ぱぱに時間を確認してもらう。
「まだ三十分以上あるから大丈夫だよ」
楽しそうに言うぱぱに返事をし、案内板を探す。
中央水槽までは少し先だった。
だが、私個人としては餌やりより見たいものがある。
中央水槽手前、海の風船スペースと名を打つクラゲスペース。
私はこれが見たかった。
餌やりが始まったらクラゲスペースはすくだろうか。できることならふわふわ浮かぶクラゲを満足するまで眺めたい。
私の思いとは裏腹にぱぱは餌やりを楽しみにしているらしい。たまに腕時計で時間を見ている。
さてどうしたものか。海牛達を眺めながら考える。
上手く両方見れないかな。
青い海牛はひだをぴろぴろさせて可愛い。綺麗なドレスのお姫様。
恥ずかしい考えが浮かび、頭を振る。私もう良い歳じゃないか。
青い水槽に目を向けなおすとアクリル板に不自然な物が映り込んだ。
何だあれ。霧のような靄が一瞬見えた。
何か無性に気になる。
胸騒ぎが霧と共に現れ身体は霧の方に走りだしていた。
私、約束破ってばっかりだな。そうは思ったものの動く身体は止まらない。
あの霧の色を思い出す。
黒。
絶対に見失えない。
あれが何かは分からなかったけれど、絶対に見失ってはいけない。
「黒い子を見付けない」
言葉が頭に反芻するたび、前へ前へと頭が叫んだ。
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