猫と幕間

三橋トウコについて。

ぶっちょう面で愛想が無い、臆病、人が苦手。たまに笑ってるらしいが分かりにくい。

弟がいる。

婆ちゃんみたいに本が好き、婆ちゃんに少し似てる。甘いものが好き。

 後変な奴。これで全部。

俺がトウコについて知ってる事は少ない。

早くどんな奴か知りたくて色々試してみても、あんまり手ごたえがない。

こんにゃくみたいな奴だ。

 いつもふにゃふにゃしてる癖にたまに魔法みたいに欲しい言葉を投げつけてくる。

なのにこっちが近づくと、全力で巣穴に入って出てこない。そんな奴だ。

 俺の周りにはああいう奴はいない。

どうやったら、仲良くなれるんだ?

「なあ、博人。他人に気に入られるのってどうするんだ。」

昼間の書道の時間思い切って、友人に聞いてみた。

博人は数少ない俺の友人だ。

 変な奴で入園早々友達になろうと声をかけてきた。

無視したのに、諦めるどころかしつこく話しかけてきて、いつの間にか隣に居るようになってた。

 俺は変わり物に好かれるらしい。

変わり物の方が面白くて飽きないから、俺は満足してる。

その博人は持っていた筆を手から滑らせて盛大に落としていた。

「今何て?」

「だから、気に入られる方法だよ」

「嘘でしょ」

「お前人に気に入られるの得意だろ」

 博人は落とした筆を拾い上げながら狼狽してる。

「急にどうしたのさ」

「別に急じゃないけど」

そうだ、前から気に入られようと色々してきた。

只それが上手くいかないだけだ。

 俺の質問には答えず博人は動揺しつづけ、墨で濡れた半紙に手をついていた。

「だって深月、僕が友達になろうって言った時も、素っ気なかったじゃないか。それが急にどうしたのさ」

「おい」

「大体深月はいつも急過ぎるんだよ。仲良くなりたい子が居るなら、一言教えてくれたって」

「おい」

話が長くなりそうだなと呼びかけた博人は、まだ話は途中だよと眉を寄せた。

「手、墨だらけになるぞ」

「え、ああ!!」

ようやく自分現状に気付いて、叫んだ博人は教室の注目を一身に浴びる事になった。

 

 怒る博人に連れだされて手洗い場に向かう。教員には博人が上手く話しを作っていた。

やっぱこいつ人に気に入られるの上手いよな。

俺は口が悪くて、愛想も良くない。

だから、こいつの人当たりの良さは真似できない。

俺も博人みたいに愛想が良ければもっとあいつと打ち解けられるのか?

 そんな事を考えてたら、博人が俺を胡乱なものでも見るみたいに見ている。

「何」

「それで深月は誰と仲良くなりたいのさ」

「お前の知らない奴」

「深月、ぼくはね。深月が思うよりずっと友達が多いから大抵の子はすぐに分かるよ」

自信満々に博人は言うが、俺の家の近所の人間まで分かる訳ないだろ。

「信じてないでしょ」

「そうじゃなくて、この学園の人間じゃないんだよ」

 俺と博人が通う幼稚園は一貫のエスカレーター式で高校までは楽に進学出来るようになっている。

都内でも有名な学校らしいがあまり興味はない。

「学園の人間じゃないんだ?じゃあ何処の子なの」

 博人の質問に、言葉が詰まる。

あいつ幼稚園通ってるよな?それとも保育園か?

近所の人間だといえば済むだろう。だけど、言ったら博人は絶対家に来る。

こいつにはトウコは会わせたくなかった。

じゃあ何て説明する?

 俺にとってトウコは未知の存在に近い。

普段何をしているのか考えても、本を読んでいる位しか見当がつかない。

「知らない」

「え、じゃあどういう子なの?」

「多分大人しいやつ」

「随分あいまいだね」

 こいつの言いたいことは分かる。俺が博人の立場なら同意見だったはずだ。

只、この面白い物を見るような顔はどうにかならないのか。

お互い喋らなくて間が出来る。

博人は俺を見ていつもの食えない顔をしていた。

 このままだんまりを決め込むと、人心掌握術を学べないと踏んだ俺は嫌々話し始めた。

「・・・・・・引っ越し先の向かいに面白い奴がいたんだよ。只すげえ臆病なやつだからなかなか打ち解けなくて困ってる。」

「ふうん。深月が面白いっていう位だから変わった子なんだろうね」

「すげえ変なやつ。たまに魔女なんじゃねーかって思う」

実際トウコは変わり者だ。

異様に本に詳しかったり、行動自体が子供味が薄い。

かと思えば異様に子供くさくなる事もある。

とにかく変な奴だった。

その話しを聞いた博人はその子関わって大丈夫なのと言ってたけど、婆ちゃんに似てるし大丈夫だろう。

何よりかなりの小心者だ。悪さをするようには見えなかった。

 わざわざ遠回りをしてやってきた手洗い場にタオルを置いて蛇口をひねる。

ざああああという水音と共に博人は口を開いた。

「好きな物の話しから入って、ずっとにこにこしてれば仲良くなれると思うけどね」

「そんな簡単な奴じゃないと思うぞ」

「そうなの?」

「大人びてるっていうより大人みたいな奴なんだよ。多分あいつ漢字とかも読めてると思う」

「漢字って山とか川とか」

「いや、もっと難しいやつ」

 実際トウコといて気付いた事もある。

あいつは漢字だけじゃなく変な事に異様に詳しい。

大人だって知らないだろう事をぼそっと言ったり、かと思ったら日本地図の東京の場所が分からないと言ったりもする。

あいつの知識はめちゃくちゃだ。

「おもしろそうな子だね。僕も会ってみたいな」

 丹念に洗った手を拭く博人を見て後悔した。

こいつに言うんじゃなかった。

「ねえ深月、僕にもその子紹介してよ」

「嫌だ」

「良いじゃないか、減るもんでもないだろ?」

減る。こいつに紹介したら、確実にトウコと話す機会が減る。

嫌がる俺に博人は言い募る、こいつの今の顔は初めて俺に話しかけてきた時と同じ顔だ。

うんと言うまで離さない。

こうなったこいつは相当にしつこい。

自分の行動に後悔しながら、無駄なあがきと知りつつあがき続ける。

 少なくとも俺がトウコと仲良くなるまではこいつには絶対会わせねえ。


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