アイスクリームと始まりの音
暇になってしまった今日一日何をしよう。
食事が終わり、二階に上がった私はぼんやりと考えていた。
二階に続く階段には幼児用の柵が有るため、蛍は上って来られない。
頬づえをついて考える。
足りない条件はと一体何なのだろうか。
婦人はここに来たのは私自身が条件を満たしていたからだといった。
でも、ここに来る前の私はお世辞にもきちんとした人間とは言えなかった。
きちんと働いていた時期もあった。でも、来る直前の私は無職だったのだ。
そう無職だ。
日がな一日やることっと言ったら、お手伝い程度の家事と本を読むことくらい。
そんな暮らしを半年近く続けていた。
職を探すでもない私に両親が何も言わなかったのは前職を辞職した後、私が信じられない位体調を崩したからだと思う。
予兆はあった。長く風邪が治らず薬で誤魔化しながら働いていた。
でも、一カ月も経ったころには誤魔化しはもう効かなくなっていた。
当たり前だ。体調がおかしいと気付いてたのはもっと前だったのだから。
退職してからも体調は治らず、体重はみるみる減っていった。
もしかしたら、このまま治らないんじゃないかという気持ちが湧き始めてようやくまた病院に行く気になった。
そのころには、一日一食になっていた。
病院の診断は腸閉塞。
といってもなりかけだったが。
長いストレスと風邪がたたり私の腸は縮こまってしまったらしい。
仕事が忙しかったとはいえもっと早くに医者にかかれば良かったと悔やみ、前の職場は潰れろと呪詛を吐いた。
腸閉塞とは腸が閉塞して排便や食事接種が上手く出来なくなる病気だ。
完全に腸が閉塞してしまうと、入院を余儀なくされ、徹底した食事管理が行われるらしい。
なりかけで良かったと思う。
死ぬ想いをして病気は完治し、喜び出かけた矢先にまた病気になった。
気が狂うかと思った。
そんなことを繰り返し繰り返しして気付くと年が明けていた。
新年早々久しぶりに会った友人にはあまりのやつれ具合に大丈夫かと心配された。
前の私は兎に角ついてなかった。
何処かで呪いでも掛けられたのかと本当に思った。
もしあの経験の中に条件を満たす項目が有ったのだとしたら、御免こうむりたい。
そんなに何度も病気になっては精神が持たないだろう。
苦い記憶に身体が震える。
病気は怖い。私はこれをきっかけに健康志向に目覚めたのだった。
こうして考えてみると、前の世界の自分よりこちら側の世界のわたしの方が幸せなのではとも思う。
でも、私はここに来る前の自分を案外気に入っていた。
要領が悪くて他人と付き合うのが下手。
勉強にも興味がなかった私は大人になってから随分苦労していた。
それでも、自分の好きな事を見付け良い友人にも恵まれた。
親友と呼べる人間もいた。
そんなささやかな暮らしが結構気に入っていた。
苦労の返しは有ったけれどそれだって、今までの私の行いから起きていることだ。
嫌ならば挽回の努力をすれば良い。
そう思っていたのだ。
こんな人生と思う事はあったけれど、だからといって全て無かったことにしてやり直すのは違うと思う。
私はあくまで私で勝負がしたいのだ。
そう思っていたのだが、私は園児になってしまった。
帰る目途も立たずヒントは黒い子を探せと言った婦人の言葉のみ。
全く本当についてない。二十数年でも苦労したのだ。
また人生をやり直すなんて御免だ。
やり直すにしてもせめて前の自分に区切りを付けたい。
私は死んだ訳じゃないと思う。転生した覚えもなければ神様にだって会ってないのだ。
かってに身体を変えられても困る。
誰にでもなく愚痴をこぼす。
早く家に帰りたかった。こちらの世界に留まる程に帰り難くなる。
今でさえこんなに頭を悩ませているのだ。
私の気持ちがあちらとこちらで逆転しきる前に帰る目途をたてたかった。
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