雨上がりとそして朝
苦しい息が出来ない。
ミルクの匂いは辺りに立ち込め、わたしの空気を奪っていく。
助かりたい一心でめちゃくちゃに手を伸ばした。手に何か当たる。
手の先の物を必死に掴み取る。
ミルク色のかたまりは転がり、うがーとひと声を上げた。
かたまりはわたしのよく知る弟、蛍だった。
蛍を引き剥がし、状況の確認をする。
ここは何処で今は何をしているのか。
わたしは自分の布団に横たえられ、眠っていたらしい。
ぱぱとままの布団は上げられ、私の布団だけが敷かれたままになっていた。
周りを見回して呆けていたわたしに蛍が再び襲撃をしてきた。
引き剥がす、近づく。引き剥がすを繰り返す。
今日はやけにしつこいな。思うわたしにひっつく蛍はパジャマのポケットばかりを狙っていた。
何か入っていたかな。ポケットをまさぐると中からころん。
飴玉がひとつ出てきた。
婦人に貰った飴・・・・・・。
まんまるの中の光はもう切れ切れにしか光らない。
光の点滅は今にも消えそうだった。
どうしよう。飴玉なのだから食べちゃいなよと言う自分と、ここぞの時に取っておきなよと言う私。
おまけに端からよもつへぐいと叫ぶ私もいて、頭のなかは大混乱だ。
私の考えをついたように蛍が再度突進してきた。
このままだと取られちゃう思うと同時に飴玉を口の中に放り込んだ。
やってしまった。
もっと考える事柄だったのに。
わたしの口の中に収まった飴玉は入った瞬間水になり、溶けて消えた。
ごくんという喉の音を終わりに包み紙だけが残ったのだった。
落ち込みで身体がずっしり重くなる。
なんということだ。
恨みがましく蛍を見てしまう。
もし使い道が違ってたらどうしよう。
後悔から、視界が歪む。駄目だ泣いたら跡が残る。
ままは目ざとい。普段泣かないわたしが泣いたとなれば、根ほり葉ほり聞かれるだろう。
今は誤魔化す元気も無いのだ。
要らぬ体力は使いたくなかった。
蛍を布団からどかし、畳んで端に寄せておく。それが終わったら、襖に向かい引き出しを開いた。
念の為記憶が戻った時と同じ格好をしておくことにしよう。
何が帰るための条件か分からないから。
Tシャツとキュロットを引っ張りだし、ついでに緑のカーディガンも一緒にだした。
季節はもう秋。半袖一枚じゃ寒すぎる。
薄手のタイツを選んで、さあ出来上がり。
今日の服装はコガネムシ。緑は気持ちを落ちつけるには良い色だ。
コーディネイトが決まったところで和室を後にする。
今は蛍と一緒に居たくなかった。
着替えてリビングに顔を出すとままが出迎えてくれる。
「具合はどう?」
心配そうに尋ねるままに大丈夫とだけ答えてテーブルに着いた。
すぐに朝食が出てくる。
月見うどんとお漬物。出されたうどんをそのまま食べる。いつも美味しいままのご飯も今日は気も漫ろで味がよく分からない。
本当に具合は悪く大丈夫なのと尋ねるままには、少し疲れただけだと答えた。
「じゃあ、今日はゆっくりした方が良いわね」
確認するように尋ねるままに、何でと尋ね返すと深月くん達の話しになった。
そうだ。今日遊ぶ約束してたなと今更ながらに思い出した。
行かなきゃ針千本だな。昨日の約束に笑みが漏れた。
深月くんがっかりするだろうな。
彼の笑顔を思い出す。あの笑顔を思い出すと断るのが申し訳ない気がした。
でも、今彼らに会って私は大丈夫だろうか。
彼らに会ったら婦人を思い出すだろう。
今はまだ気持ちの整理がついてない。会ってもきっと迷惑をかけてしまう気がする。
今日はままの言うとおり家でのんびりしよう。
そう結論づけて、ままに断りをお願いしておく。
わたしはまだ花屋敷の庭をみるのが怖かった。
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