雨音の朝と最後のお茶会

陽気は穏やかで涼しくも熱くもない。

空は茜と青が混ざり、いまいち時間が分かり難い。

そもそもここに時間という概念は有るのだろうか。

 咲き乱れた花はバラ、パンジー、コスモス、サクラ、朝顔もある。

てんでばらばらの季節の花は美しく、ここが普通でない事を教えてくれる。

「さあさ座って」

この目の前のご婦人も普通じゃないという事にかけてはこの中一番だろう。

私の前に用意されたテーブルにはアフタヌーンティーのセットが置かれている。

今は三時なのか?私の視線がティーセットに向かう。

「大事なのは時間じゃないわ。お茶会を開く事が大事なのよ」

視線に気付いたのか、いたずらぽっく言うご婦人に何処かの茶会のいかれぽんちが重なった。

 わたしの好きな話。不思議の国のアリスに登場するお茶会を愛する変わり者たち。

今日は私も変わり者の仲間入りすることにした。

聞きたいことは山程ある。これが夢でも、聞かなくて後悔するよりましだと思ったのだ。

 掛けた席には私の分のお茶も用意してある。お茶には手を出さず、聞きたいことだけ聞くことにした。

私はよもつへぐいが怖い。

「あの、私のこの状態について何か分かりますか?」

私の質問には答えず、婦人はカップのお茶に口をつけた。

「折角のお茶会だもの少しお話をしない?」

そう言うと胸ポケットから三つ飴玉を出した。

「ここに三つの飴玉が有ります」

教えてくれなくても分かる。

 只、全く膨らんでいなかったあのポケットにどう収まっていたのかが気になった。

「あなたが私の質問に答えてくれるたびに、この飴玉をあげましょう」

私の顔が明らかに曇ったのが分かったご婦人はあらあらと困ったように微笑んだ。

「そんな顔をしないで頂戴。大丈夫、あなたにとってもご褒美になることよ」

ご褒美。私はその言葉に弱い見返りのない仕事は全く手に着かないが、報酬があるとなると別だ。

「その飴は私にとってご褒美になるということですね?」

確認のために尋ねた。

婦人が嘘を付くとは思えないが、大切なことだ確認せねば。

「ええ、もちもん。でも急がなくちゃ天候が変わる前に」

にっこりと笑ったご婦人が一瞬眉根を寄せた。

天候は今だ穏やかだ。ご婦人はなにを気にしているのだろう?

疑問は残ったが、目の前のご褒美の方が私の興味を引いた。

 分からない事よりも、目の前のご褒美だ。

「質問をどうぞ」

出来るだけ早く答えて自分の疑問も聞かねばならないチャンスはもう来ないかもしれないのだから。

「では、ひとつ目を。」

婦人の手が左はじの飴にふれ、つまみ上げる。

「深月とさくらは元気かしら?」

質問の内容に笑みがこぼれた。本当に仲が良いんだな。

「私が見る限りは元気だと思います。塞ぎこんで食事が取れないといった事も無いみたいですし」

少なくとも今日は二人とも、きちんと食事をしていた。

ままの出したサンドイッチを美味しい美味しいと食べていたし。

「そう。安心したわ」

嬉しそうに細まるご婦人の目はここに来て一番の優しい色を湛えていた。

「じゃあ二つ目の質問よ。深月とさくらをあなたはどう思う?」

二人について。一瞬どう答えるか迷ったけれど、報酬がある以上素直に答えようと思った。

私の答えを待つ間、彼女は二つ目の飴を突いて遊んでいた。

「さくらさんは優しくて穏やかで、年の割に凄く大人びてみえました。ご婦人にも似ているきがします。只・・・・・・。」

「只?」

ご婦人が手を止め、先を促す。

「深月くんを支えようとするあまり無理をしてないか、心配です。」

わたしはさくらさんが好きだ。

この世界で初めての友達。

優しくて、穏やか。本に対する知識にも長けていて多分頭も良いと思う。

だけど、彼女もまだ子供だ。誰かに甘えたいと思う時もあるんじゃないかな?

「そうね。さくらは頑張りやさんだけど、頑張りすぎるのがたまに傷。」

ふふっと楽しそうに婦人は笑う。

「深月くんについては・・・・・・。」

 途端歯切れが悪くなる。いくら正直といってもオブラートぐらいには包んだ方がいいかな。

考えが読み取られるように婦人と目が合った。

この人には本当に敵わない。

包み隠さず答えることにしよう。

「深月くんは、少し乱暴なところが有りますね。言いづらいですが私も初めは苦手でした。」

「じゃあ、今はどうかしら?」

問いに頷いて答える。

「嫌いだと思ってましたが、今は好きだと思います。もう一人弟が出来たみたいで」

答えを聞いた婦人はさっきより面白そうに私を見ている。

くすくすと笑いながら、深月は大変だわとおかしそうにしていた。

 やっぱりはっきり言いすぎたかな。決まり悪そうにする私に婦人は違うのよと否定した。

「深月はね、あなたの事が本当に好きだから。きっとあなたも深月も苦労するわね」

確かに、私は深月くんに気に入られているみたいだけれど、それで苦労するだろうか?

私の疑問を見て婦人は呟く。

「近くで見られないのが本当に残念だわ」

 声にはっとなる。そうだ、彼女は・・・・・・。

「では、最後の質問よ」

最後の飴にてがかかる。

「あなたは桃子ちゃんの世界の人たちは好きかしら?」

試すように見られる。

 雨の中消えた悩みが顔をだした。

「好きじゃなかったら、こんな想いせずにすんだんでしょうね」

思わず愚痴っぽくなってしまった。あわててすみませんと謝る。

「いいえ。あなたがこちらを好きになってくれたなら大丈夫よ」

 ご婦人の手の中の飴はひとつになり、さっきやより大きくなっていた。

どういう仕掛けだろう?

丸い球状の中には大きな光が瞬いていた。

「さあ、これがご褒美よ。」

こちらへ飴がころころと転がってくる。

しっかりと握り止め、光を覗きこんだ。

きらきら光る飴は宝石より綺麗だ。

夜空に浮かぶ一等星より強く瞬き続けている。

 「今度はあなたの番ね」

声に顔をあげた。婦人の顔色がさっきより悪い気がする。

「あの」

問いかけようとする私を遮るように彼女は話しはじめた。

「ええ、分かっていますよ。帰る方法が知りたいのでしょう?」

「知ってるんですか!?」

「ええ」

あまりの急展開に頬が熱くなる。やっと帰えれる。気持ちが急く私とは対象にご婦人はゆったりと答える。

顔色は先ほどとは違いピンク色をしていた。

気のせいだったのだろうか。私の考えに声が割って入った。

「でも、やり方もいろいろ有るから」

「えっと、一番簡単な方法でお願いします。」

私は昔から要領が悪い。出来るなら簡単な手順の方が有りがたかった。

「簡単な方法はあなたには、向かないんじゃないかしら」

「え・・・・・・?」

「簡単な方法はね。行う行動は簡単だけれど、その分辛い目に合うわ」

「辛い目とは具体的にはどういったことですか?」

私の問いにご婦人はカップへと目をやり、お茶を眺めたから話し出した。

「あちらかこちらを選ばなくてはならないし、帰った場所でも辛い目にあう事が多いのよ。辛い目は人に寄るけれど、無理やりに狭い道を通ろうとするようなもの。身体は傷ついて向こう側でも傷は残るわ」

 つまり強硬手段という事だろうか。簡単な分帰るリスクを大きいと。

それにとご婦人は続けた。

「あなたはまだ帰る準備が整ってないみたいね。条件が足りてないわ」

何と!?帰るには条件が有るのか。

こちらとあちらを繋ぐパスポートのようなもなだろうか?

「その条件はどうやったら、満たせるんですか?」

「今はまだ無理ね。あなたの行動だけで満たせるものでもないの。自分と他人が手順を踏んでやっと帰る条件が整うのよ。整って初めてあなたが帰りたいかが問われるの」

「それって、帰れるんですか?」

あまりの面倒さに心配になる。自分だけならともかく他人のアクションまで必要ならどうしたら良いんだ。

「帰れるわ。必ず条件は揃う。あなたがこちらに来れたのも、条件が揃ったからなのよ?」

 何と!?私は知らぬ間にパスポートを手に入れていたと。どうせなら片道切符ではなく往復切符なら良かったのに。

無い切符を求めて目がさ迷う。最後に行き着いたご婦人の顔色はやっぱり先ほどより悪い。

「大丈夫ですか?」

死人に具合を尋ねるのもおかしな話だが、婦人は本当に具合が悪そうだった。

「ええ。大丈夫よ。無理を言ってこちらに留まらせていただいたんだもの。これ位は仕方ないわ」

婦人の言葉から無理をしているのが分かった。

慌てる私に、にこりと笑い弱弱しく言葉を紡ぐ。

「あなたと桃子ちゃんは苦労するでしょうけど、私は会えて嬉しかったわ。最後にヒントをあげるわね。」

婦人の声はどんどん小さくなる。

「黒い子を探しなさい。あなたの帰り道の手助けをしてくれるわ」

 ゴロゴロゴロ。

さっきまでの陽気が嘘のように天候が悪くなってきた。

このままではいけない。

「あのとりあえず、屋敷に入りましょう」

言って駆け寄ろうと席を立った瞬間。

大輪の花が散った。

サクラもバラもコスモスも、みんなみんな枯れてしまった。

「っつ・・・・・・。」

花の雨で息が出来ない。婦人の姿を目で追うが、何処に行ったか分からない。

枯れた花園に散った花だけが舞う。

花に紛れて言葉が聞こえた。

「さくらと深月をよろしく」

 沢山の色は私の目を塞ぎミルク色の海へと投げ出した。

深く深く落ちて行く。

白は私を飲み込み、元来た場所へと押し流す。

花もカップもご婦人も皆白く変わってしまった。

残ったのは手に握る瞬きの明かりだけだった。

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