ソフトクリームと緑の約束

今の私の心は初めてエメラルドの町に来たドロシーのように晴れ渡っていた。

というのも、さくらさんと深月くんはかなりの読書家らしい。

ご婦人の影響からか幼いのに随分色々な本を知っていた。

さくらさんは私の明るくないジャンルにも精通しているようで、色々教えてもらえたのが良かった。

 私にもこんなお姉さんが居たらなあ。

ついつい羨ましげに深月くんを見てしまう。

ばちりと目が合いすぐに視線を逸らしたが、相手の視線はこちらに突き刺さる。

 気まずい。こちらから見ていたとはいえ見つめられるのは居心地が悪かった。

意を決して話しかけるかと思った矢先、相手が先に口を開いた。

「おまえさ、そんなに本が好きなら遊びに来いよ」

「え?」

よわよわしい声が洩れた。何を言われるかびくびくしていた私に思いがけないお誘いがかかる。

「良いの?」

あまりの嬉しさに声が震えた。さくらさんの顔を窺うと、彼女も笑顔で頷いてくれる。

やった。好きなだけ本が読める!

他人の家である以上頻繁にお邪魔は出来ないが、一日だけでも本に囲まれることがたまらなく嬉しかった。

うれしい。

只それだけの感情が身体を満たしていた。

とっさに深月くんの手を取る。彼は驚いた顔をしていたけれど、嫌がらずに握り返してくれた。

「約束」

私の言葉に小指が絡む。

「破ったら針千本な」

私に新しい友達ができた。ずっと年下の男の子。

仲良くできると良いな。



新しい友達は驚くほど気が合った。

本好きということも然ることながら、やさしく穏やかな性格のさくらさん。

気が強く、いたずら坊主かと思っていた深月くんは思いの外優しい良い子だった。

この子たちとなら上手くやっていけそう。彼女達の存在に一縷の望みがみえた。

嬉しい気持ちでわたしは浮つく。

ふわふわふわふわ。

そんな背中を誰かが見ている。

もの凄く視線を感じた。

恐らくこの部屋の外。目の前にいる二人は楽しそうにお喋りをしている。

怖いながらもおそるおそる振り返る。さっきまで閉まっていた襖が微妙に開いていた。

よくよく目を凝らして見ると、向こう側の瞳と目が合った。

「ひっ・・・・・・」

あまりの気持ち悪さに声が漏れる。その声を耳ざとく深月くんが拾ってしまった。

「どうした?」

聞かれても答えられない。だって自分の家族が覗き見してて怖いなどと言ったら、引かれてしまうかもしれない。

 いや、絶対に引かれる。折角、気の合う人間を見付けたのだ。引かれたくない。

わたしはなれない作り笑いを作ってトイレと言って襖に近づく。

さくらさん達に見えないぎりぎりのラインまで襖を開け、体を滑り込ませた。

そして、覗き見の犯人を糾弾すべく素早く振り返ったのだ。

しかし、下手人ことぱぱはままに連行される所だった。

 お縄を頂戴されたぱぱはきつい灸を据えられ大きな背中を小さくして退散していった。

おさらば!

次郎長も真っ青なおかっぴき事、ままは下手人を見送ってからお皿を渡してくれる。

「重いから気をつけて」

お皿のうえには真っ白なパンに挟まれたサンドイッチとフルーツサンドが乗っていた。

お菓子の準備に時間がかかったのはこういう事か。

もうすぐお昼も近い。出来合いのお菓子をそのまま出すのは、ままの性格上嫌だったようだ。

「朝の残り物で悪いけれど」

ままはそういって笑ってたけれど、十分だと思う。

残り物と言ってもパンは新しく用意され、朝に使いきらなかった卵とハムとレタスが挟まっている。

黄色、ピンク、黄緑の色どりが綺麗にぴっちりと収まっていて食欲をそそる。

フルーツサンドはお手製ゼリーの中身入れたみたいだ。

ゼリーと一緒の苺、みかん、バナナが入っていた。

「おいしそうだよ?」

わたしの言葉に安心したのか満足そうに頷くと、襖を全開に開いてくれた。

これで転ばないだろう。

開いた襖に、さくらさんが寄って来てくれる。サンドイッチのお皿を受け取り代わりに運んでくれた。

追加の飲み物と二人のお土産のマカロンも並ぶ。

 ふっとテーブルを見て思う。

ティーパーティみたいだな。

春の日差しの中行われたお茶会を思い出す。

今日の本はオズの魔法使い。

お茶会の相手は変わってしまったけれど、またこうしてお茶会が開けた事に私は胸が熱くなった。

 二人にこうして会えたのはあのご婦人の魔法だったんじゃないかと思う。

本当にあの人はオズみたいな人だ。沢山の仕掛けでここにはない魔法をつくるのだ。

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