ソフトクリームと花束

カチャカチャと食器を洗う音が響く。

朝食の後、件の深月くんがどんな子なのか気になるらしいぱぱにいつまでも彼の事を聞かれた。

しかしそんなにあの子と親しい訳じゃない。

会ったのだって二度程度だ。そんな私に彼の何を語れというのか。

 最終的に面倒になった私は、ぱぱしつこいと言って軽くあしらう事にした。

本日二度目の絶望を背に今はままのお手伝い中だ。

ままが食器を洗いわたしが拭く。

カチャカチャ。キュッキュッ。カチャ、キュッキュ。

 「ねえまま」

「何?」

深月くんの話題で思い出したことがある。

「昨日遊ぶ時間決めなっかったよね」

「蛍が愚図っちゃったからね。お昼過ぎたら一度、お向に行ってみようか」

ままとの会話にぱぱが聞き入っているのは分かっていたが、無視する事にした。

キッチンの置時計を見る。時刻は十時半を少し過ぎていた。


 ピンポーン。

家のチャイムがなる。

「宅配かしら?」

手を拭き、玄関に向かうままを目だけで見送った。

玄関が開いて来客とままの会話が漏れ聞こえてきた。すぐに宅配じゃないことに気付き、わたしも玄関に向かう。

向かう途中ぱぱと目が合ったので、適当に逸らしておく。

悲しそうな顔をされたけど、今来られるときっと面倒くさいから仕方ない。

 向かった玄関には予想通り、口の悪い男の子とそのお姉さんがいた。

「すみません。早くから」

「良いのよ。ほら、上がってって」

さくらさんは恐縮しきりですみませんと何度も謝っていた。多分弟を止めきれなかったんだろう。

かくゆう弟はわたしを見付けるなり、にかっと笑い。

「遊びに来たぞ!」

と元気に言った。相変わらずのわんぱくっぷりだ。

 二人を和室に促し、ゲームボードを引っ張りだす。

お菓子出すわねと言うままにさくらさんが詰まらない物ですがと何か渡していた。

お姉さんは大変だ。

 折りたたみ式の机を出し、座布団をセッティングする。

中のひとつをぽんぽん叩きここに座れと合図した。

言われた通り座った悪がきは、あたりをそわそわ見回している。

 初対面でも思ったけど、本当に猫みたいな子だ。

大きな目はくりくりしていて好奇心で一杯。嬉しそうに笑う口元さえ形よく整っている。

黒い髪はふわふわで血統書付きの子猫はこんな感じかなと思う。

飼うのは別として見る分だけなら楽しいだろう。深月くんは猫じゃないが。

私が見ているのに気付いた深月くんは背負っていたリュックを下ろし、いたずら前の子供みたいに笑う。

 おいおい、何する気だと身構えるわたしに彼は鞄の中身を抱え出した。

ジャーン。

効果音でいうとこんな感じだろうか。

その手の中には普及の名作オズの魔法つかいが収まっていた。

おおおおおおおおお!?

あまりの事にテンションが上がる。

まさかこんなに早くにこの名作に出会えると思ってなかった。

しかもハードカバー!ハードカバ-だ!!

子供のお金だとお高くてなかなか手がでない。

それが、今目の前にある。生唾ものだった。

 普段のわたしでは有り得ない素早さで彼に近づき、じっと本を見つめる。

「やっぱり。おまえ好きだと思ってさ」

彼の言葉に全力で頷いた。

その通りです。よくお分かりで。

オズは私のランキングベストファイブに入る位好きな本だった。

流石ご婦人のお孫さん、分かってらっしゃる。

「姉ちゃん読んで」

「はいはい」

深月くんの言葉でさくらさんが近寄って来てくれた。

自分でも分かるくらい顔がにやけている。

「じゃあ、始めるね」

今から、最高の時間が始まる。大好きなオズの世界。

私は心のそこから深月くんに感謝した。


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