ソフトクリームと猫

玄関に駆け寄ったわたしは大声でままを呼ぶ。

「ままーお客さーん」

わたしの声の数秒後、ぱたぱたという音と共にままが顔を出した。

 胸には蛍がしっかり抱えられている。

ままが顔を出したのを確認し、私はさっと後ろに下がった。

 「あらあら、可愛いお客さんね。」と言うままの声と「初めまして」というさくらさんの声を聞きながら、私はもう一人の小さな客人を観察する。

 年の近いあの子には注意しなくちゃいけない。今後色々な場所で接点を持つことが多くなるだろうから。

話の輪から投げ出されてしまった彼女は暇なのかつま先で地面をいじいじしている。

それが姉に見つかり注意されると、興味の矛先をわたしへと向けた。

 「なあお前何で全然話さないの?」

 不躾な質問に答えずに居ると、彼女は近くまで寄ってきた。

「ねえ、何で?」姉にまたも注意されるが、彼女の何で攻撃は終わらない。

なんで?なんで?なんで?ねえなんで?

一旦こうなった子供はなかなか止まらない。仕方なく私は口を開いた。

 「君はわたしと違って随分おしゃべりね。」

あまりのしつこさに子供らしさを忘れて率直な嫌味を言ってしまう。

しまったと思った時にはもう遅く、一緒に来ていたお姉さんの方はぽかんとしていた。

 やってしまった。

そう思うのと同時、隣りからうるさいくらいの大声が上がったのだ。

「ばあちゃんみてえ!」

 齢四歳の女の子に向かって何事かと思い、きっと睨みつけた彼女はついさっきまで土をいじっていた子とは思えない程、目をきらきらさせていた。




 ただいまーと言う元気な声が屋敷に響き渡る。

迎えてくれたお手伝いさん達もどこか嬉しそうだ。前主人が亡くなってこの屋敷も随分静かになっていたらしいから。

 お婆様が亡くなって半年、深月は随分元気をなくしていた。

元々お婆ちゃんっ子だった事に加え、両親は仕事で外泊が多い。

そんな両親の代わりにお婆様は私たちの親代わりをしてくれていた。

誕生日や記念日、大切な日はいつもお婆様と一緒だった。

だからお婆様が亡くなった時、深月の落ち込みようは凄かった。もう二度と笑わなくなってしまうんじゃっと本気で思った位だった。

 只、私たちを心配した両親が前よりも頻繁に帰ってくれるようになり、少しだけあの子も笑うようになった。

それでも毎日は一緒に居られない両親にわがままひとつ言わないあの子を見てこのままじゃ駄目だと思った。

父様と母様にお願いし、お婆様の屋敷に住まわせてもらえるよう懇願した。

 凄く無理を言っていたのは分かっていたけれど、私もお婆様と思い出の詰まったこの屋敷に留まりたかったから。

でも、改めて思った。この屋敷に来て良かった。

お婆様の残してくださった物もそうだけれど、今日会ったあの子は深月にとってきっと大きな存在になる。

何となくだったけれど、確信に近いそんな予感がした。

 深月はあまり人に心を許さない、警戒心の強い子だ。そんな深月が初対面であんなに慣れなれしいのは珍しい。

多分何処となくあの子がお婆様に似ていたからだと思う。

だから、深月もあんなにしつこく話しかけたんだろう。

 当の深月は鼻歌まじりにお婆様の本を読んでいる。お婆様はとても本が好きだった。

 以前三人で本を読んでいた時、本に飽きた深月がお婆様に話しかけ続けた。私は早くお婆様に続きを読んで欲しくて深月とけんかになったんだっけ。

懐かしい記憶。もうずっと忘れていたのに。

けんかを始めた私たちにお婆様は「深月は随分おしゃべりね」と言って頭をなでていた。

多分、あの子の言葉にその時のことを思い出したんだろう。

 懐かしくなって私も深月に駆け寄る。

私もあの時読んでもらったオズの魔法つかいをもう一度読みたくなったから。



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