ソストクリームと積み木

青に赤に黄色。カラフルな積み木をそろりそろりと積み重ねていく。

物事は慎重を期さねばならない。前回のソフトクリーム事件で学習した私はあくまで幼児として暮らしながら、身の回りの観察を開始する事にした。

そろり。そろり。

どんなに万全に準備したところで、人生何が起こるか分からない。突然の下り坂にはご用心。

そんな心持ちの元、ここ一ヶ月を過ごした。

 ソフトクリームを落としたあの日は真夏のうだるような暑さとうるさい位の蝉の鳴き声がしたけれど、今は幾分か過ごしやすくなってきた。もうすぐ夏も終わるだろう。

記憶を取り戻して数日は、これは夢でその内目も覚めるだろうなんて軽く考えている自分もいた。

 しかし現実はいつだって非常だ。いつまで立っても夢は覚めないし、この目の前の光景はいつだってリアルで生々しい。

転べば痛いし、疲れて眠くもなる。

お腹だって減るし、ご飯を食べれば美味しくも不味くも感じる。

 幸いままは料理が上手なので不味いご飯など食べさせられる事はなかったけれど。

 そろりそろりと積み上げた積み木はもう随分と高く積み上がっている。この分だと手持ちの積み木はすぐに底をつくだろう。

 安定感重視で土台に力を入れたのが効をそうしたようだ。

最後の積み木を手に頂上に手を伸ばす。

これが完成したら上手く元に戻れる。

そんな願をかけながら背伸びをして半ば落とすように積み木を乗せた。積み木はカタカタと左右に小刻みに揺れた後、此処が私の場所ですよとでもいうようにしっかりと頂上に留まってくれた。

「やった!!」

 喜びの声をあげた瞬間。

ガシャン

私の喜びは音をたてて崩れた。弟の手によって。

 「あ……」自分でも驚く位悲しい声がもれる。これが完成したら本当に帰れるなんて思ってはいなかったけれど、願いが崩れる様はお前はもう帰れないんだよと言われているようで信じられない位悲しくなった。

 だけど私は大人だ。幾ら外見が幼児でも大人なのだ。

まだ小さな弟に仕返しをしようとは思わない。

 気分を変えようと帽子を被り積み木を片付けて外へ出た。

庭に向かいさっき迄居た和室へと目を向ける。

そこには弟の蛍が窓越しにわたしを追いかけようとガラスと格闘中だった。 

しかし窓はがっちりと施錠され幼児いたずら防止用のストッパーまでついている。無駄な足掻きなのだ。

 蛍は若干二歳にしてわたしを好きすぎるような気がする。

私が向かう所々についてくるし、なかなか泣き止まない蛍をわたしが抱くと泣き止む。

そんな事が繰り返される内わたしは蛍の世話ががりに任命されてしまった。勘弁してくれ。

子供は嫌いじゃないけれど、今はそれどころじゃない。

 そんなうさを晴らすべく私は近くの石で地面を掘り出した。

ざっく。ざっく。

小気味良い音と共に思考をめぐらす。

 どうやら、わたしのいるここは前の私の世界とほぼ同じらしい。

違う事といえば私が居たところより文明レベルが少し高い。

私の世界は2000年を迎える前に携帯電話があんなに小型化していなかったと思う。

この感じだとスマートフォンの到来もそう遠くないだろう。

 私としては有難い事だ。幼児のこの身体はスタミナが無い上に一人歩きが出来ない。

出歩く事自体はさして難しくはない。蛍が小さい今、ままはどうしても彼に構いきりになる。

その隙を狙えば良いだけの話だ。

 只それにはのちの大きなペナルティと幼児の一人歩きという些かリスキーな賭けになる。

一人歩きの末の誘拐エンドは流石に笑えない。本当に人生が終わってしまうのは避けたい。

 そんな薄暗い思考の波に乗るわたしの目の前に大きなトラックが横切った。

そのまま横切るかと思われた車は視界の隅で止まり、次々と新しいトラックが所狭しと並べられていく。

 ああそういえば今日お向かいさんが越してくるんだったな。

お向かいにはついこの間まで優しい老婦人と住み込みでお手伝いさんが二人住んでいた。

三人の人間が暮らすには些か大きすぎる屋敷は近所では花屋敷と呼ばれ季節折々の綺麗な花を咲かせていた。

 その屋敷の婦人が亡くなったのが半月程前。元々病弱な人だったらしいのだが、風邪を拗らせ肺炎にかかって亡くなってしまったらしい。

 近所のおばちゃんがそう言っていた。私も彼女が病気になるまでは何かと可愛がってもらっていたらしいのだが、おぼろげに優しい人だった事と、美味しいお菓子をもらっていた位しか覚えていない。

 申し訳ない話だが記憶を取り戻す前の話だ。幼児の記憶はおぼろげで頼りない。

手の中の石を握り直し、もう一度地面を掘る作業に戻る。

ざっく。ざっく。

いつまでも車を眺めてはいられない。私には元の世界に帰るという果たすべき使命がある。

ざっく。ざっく。

そうは思うものの、思考が上手く纏まらない。目の前の引っ越し作業がどうも気なる。

 聞くところによるとご婦人亡き後、花屋敷は親族の人間が住むらしい。あの優しげなご婦人の親族とはどんな人か。

 「こんにちは」

ざっく。ざっく。

「こんにちは」

集中しようとするあまり、掘ることに夢中になっていたわたしは話かけられていることに気付かなかった。

二度目に声をかけられてようやく気付き、顔をはね上げる。

その様は見るからに滑稽だっただろう。だけど、話しかけてくれた子は笑わずにいてくれた。

優しい子で良かった。

そう思った瞬間その子の後ろから笑い声が上がった。どうやらもう一人いたらしい。

わたしに話しかけてくれた子は笑い声の主をたしなめ、ごめんなさいねと困った顔をした。

 年は中学生くらいだろうか、茶色の長い髪に薄いピンクのワンピースを着ている。

小さな白い顔の中には優しそうな目と品のよさそうにカーブした口が収まっていた。

育ちって顔にでるんだな。

 そんなことを思いながら何処の子だろうと思考を巡らせてみるも、思い当たる節はない。

いっそのこと本人に聞いてみるかと思っていたら、相手から自己紹介してくれた。

「初めまして。柏葉さくらといいます。今日お向かいに越してきました。後ろのこの子は深月」

 言うと同時に押し出された子はわたしと同い年くらいの女の子だった。

また随分とタイプの違う二人だ。

どちらも美人に違いないが、例えるなら昼日中に咲く桜と夜桜くらいに違う。

お姉さんは優しく思慮深そうな儚げなイメージ。

方や妹はきゅっと上がったくりくりの目に勝気そうに笑う口元。黒い髪はばっさりと短く切りそろえられている。

なんというか猫っぽい子だ。

 だんまりのわたしにお姉さんが「お名前教えてくれる?」と優しく問いかけてくる。

それに対してうなずきだけで答え、桃子と短く言い玄関に向かって走る。

これ位で良い。私は下手に喋るとぼろが出る。ご近所付き合いはままの仕事だ。




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