第八章 予知
第1話
同じクラスの
クラスのマドンナである彼女と、クラス一目立たないとも言われたことがある小野田が、話した事はほぼない。
毎朝、高校に行くまでの電車で、彼女は小野田と同じ車両に乗ってくる。会話はおろか、会釈する事もない。彼女が小野田を認識しているかどうかも分からない。たった二駅で、時間にすると十分にも満たない。しかし、その時間が毎日の楽しみだった。
小野田が莉子を好きになったのは、彼女が優しくて可愛いからだ。彼女が小野田の前の席になって、プリントを渡す時、振り返ってニコッと微笑んでくれた時から、好きになった。
誰にでも分け隔てなく接して、友達が多くて、勉強もスポーツもそこそこできる。そして、ものすごく可愛い。彼女はクラスの人気者だった。
いや、クラスだけではなくて、学校全体で見ても彼女はモテていた。春、一目惚れした三年生の男子が、入学したばかりの彼女に告白をしたという噂も聞く。
俺には、程遠い存在だーー。
夏休みが終わり、新学期の始まりの朝。電車に揺られながら、小野田は彼女の姿を瞼の裏に思い浮かべる。
大きな瞳が小野田を見つめる。チャームポイントのポニーテールが揺れている。
現実には、彼女に見つめられたことなどない。しかし、いいのだ。遠くから彼女を見ているだけで、満足だ。
電車が彼女が乗る駅に停車し、莉子が乗ってきた。小野田は息を詰める。
電車は少し混み合っている。莉子は、座っている小野田の前に立った。
ーーこんなに近くに。
新学期早々、ツイている。しかし、近すぎて顔を見ることができない。小野田はじっとスマートフォンの画面を見つめていた。
「君達、何年生?」
間近で声がして、顔を上げた。莉子の隣に、金髪の男が立っていた。同じ高校の制服を着ているが、ひどく着崩している。耳にはピアスもしていた。
所謂ーー不良だ。小野田の一番苦手な存在だった。
「オカルトは好き?」
「えっと……」
莉子は明らかに怯えている。
新手のナンパか? 助けなければーー。
「や、やめてあげてください」
「ん?」
「こ、怖がってる、から……」
小野田は声を震わせながら訴えた。男は目をぱちくりとさせた。
「悪い、ビビらせたな。恩人のためなんだ、許してくれ。……二人とも、興味あったらオカルト研究部に来て。面白い人がいるから」
と言い残し、隣の車両に去っていった。二人とも、何も言えず黙っていた。
電車を降りてから、莉子に腕を掴まれた。
「小野田君」
「はひィ?」
変な声が出てしまう。
上目遣いで、莉子が小野田を見つめる。頬が少し赤く染まっているように見えるのは気のせいか?
「ありがとう。勇気……あるんだね」
小野田はフリーズしてしまった。また学校で、と言って莉子は手を振り、先に歩いていった。
莉子に告白しよう。小野田の頭の中はそれでいっぱいになっていた。始業式の校長の話も長く感じない。上の空だからだ。
莉子は名前を覚えてくれていた。それに、あの表情……。
ーー俺の事を好きになったに違いない。
「おい、進めよ」
いつの間にか式が終わったらしい。クラスメイトにこづかれる。小野田が進まないので後ろがつかえているようだ。
「ご、ごめんごめん」
そんな態度を取ってられるのも今のうちだと、小野田は内心ほくそ笑んでいた。クラスのマドンナが俺のものになったと知って、吠え面かくといい。
その日の放課後、莉子を呼び出した。直接話しかける勇気はなかったから、手紙を下駄箱に入れた。
夏休み明けの一日目なので、授業はなく、課題の提出だけして終わる日だった。そのため、始業式が終わり担任が話をしているときに頭痛を訴えて教室を抜け出し、手紙を入れたのだった。
「話がある」ということを簡潔に書いた。告白を匂わすような事は書いていないが、年中告白をされている莉子なら、予想はついているのではないだろうか。
誰もいなくなった教室で、小野田は教室のドアを睨んでいた。
手紙に、自分の名前は書かなかった。卑怯だと思ったが、第三者に読まれる可能性も考え、書けなかった。
十分ほど経った頃ーー彼女は来た。
小野田を見て「あ」と言う顔をし、目の前に立った。
「あ、あの、松島さん……」
心臓が、痛いほど鳴っている。
『ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください!』
莉子はぼんやりした顔で小野田を見つめていたが、しばらくするとため息をついた。
『あのさ』
聞いたことがない、低い声だった。
『小野田君が私に告白して、勝算あると思ったの?』
『え……』
『ちょっとお礼言っただけで、勘違いしないでよ』
「ーーー小野田君? 大丈夫?」
莉子が、小野田の顔の前で手を振っている。
「え? え?」
「突然立ち尽くして……。小野田君がくれたんだよね、この手紙」
スカートのポケットから白い封筒を取り出す。
「話があるって。どういう話?」
ーーまだ、告白していない?
では先程の光景は、一体なんだったのか。極度の緊張状態で幻覚を見たのか。
「小野田君」
莉子が優しく微笑む。自分を安心させようとしてくれていることが伝わる。きっと、そうだ、幻覚だ。莉子があんなことを言うわけがないんだから。
「ーーずっと前から好きでした。俺と付き合ってください!」
幻覚と同じ台詞を言った、と気付いたのは言い終わった後だった。
莉子はぼんやりした顔で小野田を見つめていたが、しばらくするとため息をついた。
「あのさ」
聞いたことがない、低い声だった。
「小野田君が私に告白して、勝算あると思ったの?」
「え……」
「ちょっとお礼言っただけで、勘違いしないでよ」
「えっ。えっ、えっ、えっ、えっ!」
「な、なに? そんなに自信あったの?」
莉子が若干後ずさる。
「お、お、お同じ……」
「なによ。話済んだならもう帰るから」
莉子はそそくさと立ち去った。教室に一人取り残された小野田は、へたりと床に座り込んだ。驚きがおさまり、フラれたショックが後からやってきたのだった。
ーーそれにしても、さっきは一体、何が起きたんだ?
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