第2話

 パーティー当日の夜、ぼくの家の前に馬車がやってきた。父様が先に乗り込み、続いてぼくが乗る。亘理家から遣いに出された馬車だ。この馬車で亘理家に向かうのだ。


「普通に車で行きたいんやけどなあ」


 父様は小声で言ったが、ぼくははじめての体験にワクワクとしていた。


 馬車で二時間ほど揺られ、ぼくがうとうととし始めた頃、目的地についたことを運転手が告げた。馬車から降りてのびをする。

 亘理家は洋風の造りだった。丘の上に建っている。屋根が尖っていて、この前読んだ小説の、吸血鬼が住んでいる城とそっくりだった(本の表紙の絵だ)。


 父様が言うには、今の当主に代わってから、大胆に改築したらしい。父様が子供の頃は、瓦屋根の家だったという。


 城の後ろには、大きな満月が浮かんでいた。案内役についていき、門を通過する。


 会場はすでにたくさんの人で賑わっていた。立食形式らしく、ドレスやタキシードを来た人でひしめきあっている。もちろん、ぼくも父様もタキシードを着ている。


 外国人が大勢いて、何だか異国に迷い込んだみたいだ。ぼくは少し緊張していた。父様が知り合いに声をかけられ話している間、天井のシャンデリアを眺めていた。大きくて、きらきらとしている。


 しばらく、同じようなことが繰り返された。父様は顔が広いようだ。


 ようやく落ち着いて二人になった時、父様はぼくの手を強く握った。父様の顔を見る。目線の先に、ビュッフェの食事を大量に乗せたトレーを持ったメイドがいた。


「律」


 父様が何を言いたいか分かり、ぼくは頷いた。父様が手を離した。人の間を縫い、メイドの背後に着く。


 ーー父様は、亘理家のメイドが同じようにトレーに食事を乗せて運んでいくのを、去年、見かけたという。


 メイドは会場から出て、どこかへ去った。誰に食事を運んでいるのだろうと父様は疑問に思った。亘理家の者は、父親、母親、長男や親戚も含めて会場に全員いるはずだった。


 ぼくは、そのメイドの行き先を解明するよう、父様に命じられていたのだ。


 小さくて目立ちにくいし、まずいところに侵入したのが見つかっても子供のいたずらで済むだろうと話していた。


 父様は亘理家の術を欲しがっている。亘理家の秘密を暴く事で、その術に近づけるのではないかーーと、考えているらしい。


 メイドは扉を開けて会場から出た。やや距離を空けてぼくは追う。扉は廊下に繋がっていた。


 廊下は静かだった。先程まで騒がしい場所にいたので、より静寂が感じられた。メイドは迷いなく進んでいく。そして、突き当たりにある扉を開けた。素早く扉は閉められ、中を見ることは叶わなかった。


 ぼくは少し悩んでから、一旦パーティー会場に戻ることにした。行き先は大体分かったから、メイドが戻ってきてから探索することにしようと思ったのだ。


 会場に戻り、メイドが消えた箇所を睨んでいると、十分もしない内にメイドは帰ってきた。手元から、トレーは消えていた。


 ぼくは人目につかないよう慎重に移動し、先程の廊下に出た。


 気分が高揚して、いつの間にか走り出していた。メイドの行き先を突き止められたことが嬉しかった。


父様の役に立てる!きっと褒めてもらえる!


 突き当たりの部屋に入る。部屋には、家具ひとつなかった。壁も天井も真っ白な部屋は、まるで病院を思わせるが、ベッドがないから、病院でもないなとぼくは思った。ただただ不気味だった。まるで、必要じゃない部屋みたいだ。物置でもない。


 息を整えながら、探索していると、部屋の奥の地面が凹んでいることに気付いた。目をこらすと、薄暗い闇の中に、階段が続いているのが見えた。地下に繋がっている。


 上から覗いただけではどこまで続いているかわからない。


 この前読んだ小説をまた思い出してしまった。吸血鬼の城の地下には、ケルベロスがいた……。主人公は頭を食べられそうになるんだ。挿絵も随分、迫力があった。


 足がすくんだ。ぼくは己を奮い立たせるため、父様の顔を思い浮かべる。期待を裏切りたくない。


「ぼくは祝福された子だ」


 口の中でつぶやく。使命があるから、こんなところで死なない。


 足元が見えないので、片手を壁に当てて、転ばないよう慎重に、一段一段、階段を降りていく……。

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