第6話

 伊吹が離れているうちに相談して、海から退散することにしたらしい。仙堂から少年の話を聞いて、もう泳ぐ気はなくなったというわけだ。

 遊び足りない皆は近くのファミレスに移動することになったが、伊吹、山岸、亘理の三人は帰宅を選んだ。伊吹も来いよ、と仙堂に誘われたが断った。


 三人は駅に向かっていた。歩道の道幅の関係で、亘理と伊吹は並んで歩き、山岸は後ろからついてきていた。


「すまない、伊吹くん。結局、危険な目にあわせてしまったね。波を操る力を持っていたとは。もう少しで波に攫われるところだった」

「波を操れたのは、長い間海にいたからか、俺がよっぽど息子に似て見えて必死だったからか、その両方か……分からんけど。まあ、俺がぼんやりしてたのも悪かったから」


 伊吹は額の汗を拭った。蒸し暑く、歩いているだけで汗をかく。海が恋しかった。


「波に攫われそうになったとき、霊に向かって手を伸ばしていたけど、誰かを思い出したのかい?」

「は? なんで?」


 足を止めて、亘理を見る。彼は汗ひとつかいていなかった。


「だってこの前の君は、霊を軽蔑してたよね。そんな伊吹くんが霊にほだされそうになるなんて、彼女は君の、何か……心の柔らかいところに触れたのではないかと思ったんだけど」


 射るような眼差しが伊吹を捉えている。俺を暴くつもりだーー。カッと頭に血が昇った。


「……だったら何や、それがどうした? 馬鹿にしてるんか?」

「どうしてそうなるんだ。ただぼくは、君の話を聞きたいんだよ。どうして霊を嫌うのか……」

「理由は前、話したやろ。霊はこの世にいてはいけない存在や。どいつもこいつも早く消えればいい」


 Tシャツの首元を持って揺らし、風を入れる。汗でシャツがはりつく感覚が不快だった。


「基本的に霊には成仏してもらいたい気持ちはぼくも同じだよ。だけど、先程の彼女を見ても、霊は問答無用で祓うべきだという考えは変わらないか?」

「変わらんな。そりゃあの人が息子を見れたのはよかったと思うけど、被害者が出なかったのは運がええだけや。危険を冒さず、とっとと祓うべきや。霊なんて、同情する価値もない」

「……教えてくれないか。君がなぜそこまで霊を憎むのか」


 理由があるんだろうーーと、亘理は言った。振り返ると、山岸も伊吹を見つめていた。「あなたを救いたい」と訴えるような目で。


 伊吹の頬に冷笑が浮かんだ。


 気が変わった。そんなに知りたいなら、言ってやってもいいかもしれない。何も知らずに、亘理や伊吹の住む世界に介入しようとしている山岸の幻想を壊したくなった。救うだなんて、そんな事は不可能なんだよと、懇切丁寧に教えてやりたくなった。


「分かった。話すから、どっかの店に入ろうや。暑くてたまらんわ」


 伊吹は早足で歩き出した。

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