第2話
当日は快晴だった。砂浜は、夏の日差しで熱くなっていて、じっとしていると足裏を火傷しそうだ。みんな一目散に海に向かって駆けて行った。
「飛び込むと、心臓に悪いよ」
同じクラスの
「山岸さんは海に入らんの?」
「泳げないので……」
「なんや、名前負けやなあ。あっ、気ィ悪くせんといてよ。思ったことが口から飛び出る性分やねん」
「はい、大丈夫です」
歯に衣着せぬ物言いをすることは知っている。しかし、その割に腹が読めないとも思っている。何もかも本心でないような気がした。
「伊吹さんは、いいんですか?」
「だって、山岸さん、俺と話したくて来たんやろ? だからそばにいてあげようと思って」
伊吹の口元は笑みを形作っている。が、目の奥が笑っていない。山岸は慎重に答えた。
「それだけでは、ないですけど……その目的がないと言えば、嘘になります。気を悪くさせたらすみません」
「いや別に。亘理っちゅう先輩がついてきてなかったら、全然ええよ。山岸さんだけならウェルカムや」
でも、せっかく水着やのになと、伊吹がつぶやく。
山岸は、真っ黒なワンピースの水着を着ていた。ハイウエストで切り替えになっており、ウエスト部分のサイドにレースアップが施されている。それ以外には装飾や柄もなくシンプルな水着だった。
春子が、「海ちゃんは色が白いし大人っぽいからこういう水着も合うと思う」と言ってくれて、買ったものだ。山岸自身も、ほかのカラフルで可愛らしい水着よりしっくりきた。
ただ、丈が短く太ももが丸見えなのは、違和感がある。普段履いている制服のスカートの丈はくるぶしまであるのだ、足を露出することに慣れていなかった。無意識に、太ももを隠すように手を置いていた。
「海パンと水着で真剣な話するのも締まらんけど」
「すみません……あれ以来、伊吹さんと話せる機会がなくて」
「まあ、なあ。山岸さんはいっつも野次馬に追われてたし。聞いた話やと黒魔女やって呼ばれてたらしいけど、最近はあんまり怖がられてないみたいやな」
伊吹の目が意地悪く光る。山岸は見た目からよく怖がられて、中学時代にも似たようなあだ名がついていたし、高校でのあだ名も把握していた。
「金田さんと、話すようになったからかもしれません」
「あー。なるほど」
期待はずれの反応だったのか、伊吹はつまらなさそうに言って、その場に座った。つられて、山岸も腰を下ろす。砂が臀部につく感触がした。
「で、俺に何を聞きたいん?」
遠くで、春子達の笑い声が聞こえる。春子には事前に「伊吹と二人になった時はそっとしておいてほしい」と頼んでおいたので、しばらくは戻ってこないだろう。心配させないよう伝えておいたのだが、春子はそれを聞いてなにやらニヤニヤしていた。
伊吹の顔から笑顔は消えていた。怖い、と思った。
しかしーー知りたかった。
「亘理先輩のことを、知っていたようでしたけど……お知り合いなんですか?」
「いや、こっちが一方的に知ってるだけ。有名やねん、あの人の家」
あの人、という言い方はいかにも他人を指すようだった。遠い他人。
「除霊師の中ではやけどね。俺の家も、先祖代々除霊やってるけど、それ以上に歴史長いから。比べたら俺の家なんかまだペーペーよ」
淡々と話す。横顔は先程から表情が変わっていない。普段通りの涼しげな表情をしている。暑さも感じさせないような顔だ。実際、彼の額には汗ひとつ浮かんでなかった。
「ほんでそこの落ちこぼれや」
「落ちこぼれ、って……」
「幽霊が見えへんのやから。そんなん除霊師として使い物にならんやろ? なんか条件満たせば見えるみたいやけど、話にならんわ。さっさと祓うのが仕事なんやし。除霊は早い、安い、うまいの三原則や」
「普通は、見えるものなんですか?」
「……ツッコんでくれへんのやね。ーーうん、まあ、そうね。除霊師の家に生まれたもんは、基本的に幽霊が見える。霊感の強い女を選んで結婚してるからなあ。実際、亘理先輩もほかの兄弟は見えるみたいやし」
そういえば、弟がいるとーー過去に話していた気がする。あまり、詳しく聞いたことはない。
「じゃあ、伊吹さんもですか?」
「言ってなかったけど、答えるのは亘理先輩のことだけや。俺のプライベートはただで教えられへん」
「……でも」
「でももだってもへちまもあらへん」
「しかし」
「言い方変えてもあかんわ、アホ」
さすが関西人、軽快なツッコミである。いや、言っている場合ではないーー。
「私は、伊吹さんの……考えも知りたいです。なぜ、伊吹さんが部長を嫌っているかも」
伊吹の眉がピクリと動いた。ポーカーフェイスにヒビが入った。
「嫌いなんは、別に亘理先輩を、じゃない。亘理家が嫌いなんや。だから亘理先輩にも意地悪言いたくなるだけや」
吐き捨てるような言い方だった。
「伊吹さ……」
「質問タイムはこれでおしまい。いい加減暑いし、泳ぎに行くわ。浮き輪もあるし山岸さんも来たら?」
伊吹は浮き輪を小脇に抱えて立ち上がった。見上げると、ニコニコと笑っている。ああ、嘘の顔に戻っているーー。
「声に出てるねん。誰が嘘の顔や」
「す、すみません」
「もう、ええやろ。他人にここまで話すのはなかなかサービスした方や。あとなあ、亘理先輩からはさっさと離れた方がええよ」
「え?」
「おまけのサービス、忠告や。言うたからな」
ぷいと背を向けて海の方に向かっていく。山岸は慌ててその背中を追いかけた。
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