第六章 夏と海とライバルと
第1話
「夏と言えばなんだと思う?」
眩しい。夏の日差しではなくて、春子のキラキラした目が眩しい。
ーー季節は八月、夏の真っ只中。二文字で言えば真夏。
「夏と言えば……」
コーラで喉を潤してから、山岸は思案しはじめる。正解はいくらでもある問いだ。だからこそ難しい。
海、花火、プール。
どれもまさに「夏」だがーー自分には遠い。プールも海も小学生以来行っていないし、花火大会に行ったのはもっと前だ。それを「夏と言えば」という質問の問いに使ったなら、山岸はもう何年も夏を味わっていないことになる。
せっかく質問されたのだから、世間一般で言われているものではなく、自分自身が感じる「夏」を答えたい。
夏。自分の中の夏ーー。
五分ほど経過した後、
「そうめんですね」
「そう、夏と言えば恋だよ!」
山岸が答えたのと、春子が『答え』を出したのは同時だった。お互いに顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
「お昼ごはんがそうめんばっかりになるんだよね。去年と今年は部活があってお弁当だから、逃れてたけど」
春子はバトミントン部の副部長だ。夏休み中も休みなく部活に励んでおり、目標であった大会が終わり、夏休みの中盤にようやくまとまった休みが得られた。そこで、山岸と二人で出かけているわけだった。
「恋……ですか。夏と言えば」
自分の中にはなかった答えだ、と山岸は感心する。
「うん。恋の季節なんだよ、夏は」
説明の必要はない、とばかりに春子は胸を張る。夏といえば恋なのだ、それは一足す一はかならず二になるのと同じなのだ、と言うように。
ここに
「そこで海ちゃんにお誘いがあります」
「は、はい」
「一緒に海に行こう! 男女で!」
「はい?」
「私じゃなくて、恋したいって友達がいてね。男女グループで海に行ったら、新たな恋が生まれないかなって」
人の恋って面白いじゃん、とぺろりと舌を出す。あの一件(第四章を参照)があってから春子は少し変わった。
前はすべてを善か悪かで考えていた節があり、発言に対して潔癖だったが、今はちょっと悪い冗談も言ったりするようになっている。
「私でよければ、是非」
「やったあ。じゃ、食べたら水着見に行こう」
待ちきれないと言わんばかりにポテト三本を一気に口に詰め込んだ。海ちゃんの水着選びたい、とはしゃいでいる。人前で水着を着ることを想像し、山岸は赤くなった。
「あ、先に来るメンバー伝えとくね」
ほぼ同じクラスの人だけど、と前置きしてから春子は一人一人名前を挙げていく。
「……で、最後に伊吹くん」
「えっ」
「意外だった?」
「い、いえ……」
「もし、海ちゃんが苦手とかあったらさーー」
「そ、そういうわけじゃないんです。いえ、むしろ、呼んでください」
彼を知らなければ、と思った。知って、亘理と二人で話し合えば、互いにいい除霊ができるようになるかもしれない。それに、彼が言った言葉も気になっていた。
「亘理家の落ちこぼれ」という言葉だ。山岸は亘理の過去を何も知らない。なぜ霊を祓えるのかも聞いたことがない。
その人物を知るのに必ずしも過去を知る必要はないと思っているので、特に聞かなかったし、亘理も話さなかった。もちろん疑問はあったが、あくまで同じ部活の部長と副部長であり、詮索するのもはばかられた。
これからも、亘理が自分から話すまで、聞いたり調べたりしないと決めている。しかし、尊敬する彼を、伊吹が落ちこぼれと呼んだ理由は知りたかった。
彼は何か亘理の家のことを知っていそうだった。もし不当な理由で亘理がそしられているなら助けになりたかった。
「私、楽しみです。すごく……」
それに、友達と海に行くという初めての体験に対して、純粋にワクワクした。
「うん……。何かあったら言ってね。海ちゃん」
春子はやはり伊吹が苦手なのではないか、と疑っているのか、心配そうに言った。
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